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打開策
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薺ちゃんは口から血を垂れ流す私を見るなり、直ぐにポケットティッシュを手渡してくれた。しかしその目線は天井やら、床やら、私の口元やらとキョロキョロ忙しく動いていた。目の前に広がる状況を飲み込むのに時間がかかっている様子だった。
「大丈夫? 他に怪我してない?」
「あ、ありがとう。頭、ぶつけたくらいかな」
心配する薺ちゃんをよそに、口をティッシュで抑えながらシェイムリルファの件を白状するタイミングを考える。やはり帰り道に誰もいない場所で、こっそりと話すのが一番無難なのだろうか。
「ねえ、まさかこれって莉々が」
「え?……うん。なんか魔法、失敗しちゃって」
失敗、で間違いない。恐らく魔法自体は成功していたのであろうが、一切コントロール出来ていないという点、教室の破壊という点では、間違いなく大失敗だ。
「今日、一緒に帰ろうね」
「い、いいよ。勿論いいんだけどさ、それ今言う?」
「実は、大切なお話がありまして……」
「お話?」
薺ちゃんが首を傾げ不思議そうな表情を浮かべたその時、始業のベルが鳴り響く。
「あ、やば」
「ごめん。私がトロトロしてるから」
「いいよ、いいよ。今はそんな事よりコレだよ」
「だよね」
確かに訓練に遅れて教官にお叱りを受けるよりも、この教室の惨劇をどうにかしないと、より大変なことになる事は目に見えている。
だけど私は陥没した床の直し方や、天井にポッカリと空いた大きな穴を塞ぐ方法なんて、習った事も聞いた事もない。当たり前っちゃ当たり前で、当然といえば当然だ。
私達は魔法少女候補生であって、大工さん見習いでは無いのだから。
薺ちゃんなら或いは、なんて淡い期待を少し持ったが、そんな事を期待されたっていい迷惑に違いない。
仮に薺ちゃんが床や天井の修復方法を知っていたとしても、そもそも一時間やそこらで元の形に戻す事なんて不可能だろうし。
魔法で時間を巻き戻せればとも一瞬考えたが、そんな教本でしか見た事のない高等魔法に期待する事はすぐに諦めた。
つまりこの状況は、もうどうする事もできない絶望的な状況という事なのだろう。
血を拭いながら打開策を考えていると、薺ちゃんが少し悪そうな笑みを浮かべながら驚きの提案を持ちかけてきた。
「ねえ、逃げちゃおっか」
「……えっ?」
私は思いもよらぬその一言に、口を抑えていたティッシュを落としてしまった。
「に、逃げる?」
「ちょっと、落ちたよ。しっかりしてよ」
薺ちゃんの口から発せられたとは思えない台詞。優等生の薺ちゃんからのまさかの提案。このボロボロになった教室を放っておいて逃げるとは、随分と大胆な事を思いつくものだ。
「訓練はさ、怪我をした莉々を救護室に送って遅くなったって言えばいいし」
「うん」
「そもそもこの教室にいなかった事にしちゃおうよ」
「……いいの、かな?」
薺ちゃんはわたしの手を引きながら「いいの、いいの」と笑っている。そして救護室に行こうと戸惑う私を連れて歩き出す。
教室から出る際に誰かに目撃されたら、あっという間にバレてしまう為、二人で廊下をキョロキョロと見渡し、誰もいない事を確認してから足早に教室から抜け出した。
不幸中の幸いだろうか。この時間は遠距離魔法の訓練の他にも、何かしらの訓練が行われている時間帯である為、救護室までの道のりでは誰ともすれ違う事は無かった。
コン、コン、コン、と救護室の扉をノックする。しかし、中からは返事がしない。二人で顔を見合わせ、もう一度ノックをするもやはり返答は無い。
「開けちゃおうか」と薺ちゃんは静かに救護室の扉を開けた。
「……失礼しまーす」
消毒液の匂いが広がる救護室に足を踏み入れ辺りを見渡すと、おかしな事に誰の姿も見当たらない。救護室には回復を専門とする魔法少女が常時待機している、はずなのに。
この施設では魔法少女候補生の訓練での怪我や、急病等があった場合にすぐに治療を施せるよう、必ず一人は魔法少女が待機しなければならない決まりになっている。
魔獣に対抗しうる唯一の手段、魔法少女。その候補生を育て上げるこの施設において、候補生を不慮の事故や、病気で途中退場させる事などもっての他なのだ。
厳しい訓練や、専門的な座学の影にはこういったケアも最高のレベルで用意されている。
なのに、見当たらないのだ。その魔法少女が。
「……お手洗い、とかかな」
確かにその可能性も多いにあるのだが救護室にはトイレも完備されている為、明かりのついていないトイレを見る限り、その可能性も少ないだろう。
電気をつけない方が落ち着くという変わった習性を持つ魔法少女であるのならば、また話は変わってくるが。
状況を理解が出来ないままに救護室の中で立ち尽くしていると、ギシッとベッドが軋む音が聞こえてきた。誰もいないはずの救護室で。
二人同時に、音のした方へと視線を送る。心無しか薺ちゃんは警戒態勢をとっているようにも思えた。その姿を見て私にも一気に緊張が走る。
もしかしたら誰かがベッドで休んでいるのかもしれない。勿論、その可能性もある。むしろ、その可能性の方が多いくらいだ。なんなら救護室で待機していなきゃいけないはずの魔法少女がサボっているだけなのかもしれない。
だが、簡単に楽観視出来ないのには理由がある。そう、魔獣の存在だ。施設自体には結界が張り巡らされている為、施設内での魔獣の発生や、侵入は基本的に防げるようになっている。
しかし、寄生型の魔獣が外部からの雇われ回復魔法少女に既に寄生をしていて侵入して来る場合は違ってくる。
すり抜けてしまうのだ。結界を。魔法少女を隠れ蓑にして。
昔、実際に同様の事が起きて施設内で魔獣による被害が出た時があるのだ。それは死者一名、重症者五名の尊い犠牲を出してしまう魔法少女養成施設開設以来の大事件だった。その事を知るからこそ、薺ちゃんは警戒体制を取ったのだろう。
その事件後は、より一層と施設の警備は強固のものとなったのだが、魔獣というものはこちらの予想を上回る行動を度々とってくる。
人の思念により産み出される魔獣。その思いが強ければ強いほど一筋縄ではいかない魔獣がこの世に産まれ落ちる。
怒りや妬み、憎しみと嫉妬。愛憎、侮蔑、憤怒、恐怖、軽蔑、後悔、屈辱、そして絶望。
数え上げたらキリがないと思えてくる人間の負の感情から産まれる魔獣は、思いの強さでその姿も能力も変わってくる。まさに千差万別。強固な結界をすり抜ける事くらいは容易く出来る魔獣が産まれてくる可能性だって多いにあり得るのだ。
「……カーテン、開けるね」
本当は、今すぐに救護室を出て異変を知らせに行くのが正解だと思う。カーテンを開ける、という選択は薺ちゃん位に優秀な候補生だからこそ取れる選択だ。
今すぐにここから出よう、という一言すら言えない情けない私は薺ちゃんの行動をただ見ていることしか出来なかった。
薺ちゃんが一歩、また一歩とベットの方向へ近づく。そしてカーテンに手をかけようとしたその時、ドサッという音と共に、血塗れの腕が地面に転がり落ちた。
「う、腕!?」
流石の薺ちゃんも、思わずフラフラと後ずさる。私に至っては声も出せずに、青ざめて硬直する事しか出来なかった。
「莉々、やばい。魔獣だ。一度ここから出よう」
「う、うん」
言われるがまま急いで救護室の扉まで戻り、扉に手を掛ける。しかし、動かない。まるで溶接されたように扉は固定されてしまっていた。
「開かない!? 薺ちゃん、開かないよ!」
「……本当にまずいかも。これ多分、魔獣の特殊領域に入ってる」
特殊領域。一度引きづり込まれると出る事が難しいとされる高位の魔獣が繰り出す閉鎖空間。まさかとは思ったが、しかし考えれば考えるほど血の気が引いてくるのを感じる。
消えた魔法少女、転がり落ちた腕、閉じ込められた空間。悪い材料が揃いすぎている。
再び、振り返ると窓から差し込んでいた光が消え、外の景色は闇に染まっていた。もう、ほぼ確定と言っていいだろう。残念ながら、ここはまさしく特殊領域の中だったのだ。
最強の魔法少女の代理を任された翌日に、人生最大の命の危機にさらされるなんて。だけどこの時、死を間近に感じた瞬間。焦る気持ちとは裏腹に、何故か頭のモヤモヤが晴れるかのようにクリアになる感覚に陥った。
そして如何にしてこの場を切り抜けようかと、全ての思考を集中させた。
特殊領域を破る方法は二つ。魔獣を倒すか、特殊領域の結界を上回る魔力で破壊するか。
私はステッキを取り出した。いつの間にか鞄に入っていた、シェイムリルファのステッキ。
そして静かにステッキに魔力を込め始める。特殊領域を破壊する為に。
「大丈夫? 他に怪我してない?」
「あ、ありがとう。頭、ぶつけたくらいかな」
心配する薺ちゃんをよそに、口をティッシュで抑えながらシェイムリルファの件を白状するタイミングを考える。やはり帰り道に誰もいない場所で、こっそりと話すのが一番無難なのだろうか。
「ねえ、まさかこれって莉々が」
「え?……うん。なんか魔法、失敗しちゃって」
失敗、で間違いない。恐らく魔法自体は成功していたのであろうが、一切コントロール出来ていないという点、教室の破壊という点では、間違いなく大失敗だ。
「今日、一緒に帰ろうね」
「い、いいよ。勿論いいんだけどさ、それ今言う?」
「実は、大切なお話がありまして……」
「お話?」
薺ちゃんが首を傾げ不思議そうな表情を浮かべたその時、始業のベルが鳴り響く。
「あ、やば」
「ごめん。私がトロトロしてるから」
「いいよ、いいよ。今はそんな事よりコレだよ」
「だよね」
確かに訓練に遅れて教官にお叱りを受けるよりも、この教室の惨劇をどうにかしないと、より大変なことになる事は目に見えている。
だけど私は陥没した床の直し方や、天井にポッカリと空いた大きな穴を塞ぐ方法なんて、習った事も聞いた事もない。当たり前っちゃ当たり前で、当然といえば当然だ。
私達は魔法少女候補生であって、大工さん見習いでは無いのだから。
薺ちゃんなら或いは、なんて淡い期待を少し持ったが、そんな事を期待されたっていい迷惑に違いない。
仮に薺ちゃんが床や天井の修復方法を知っていたとしても、そもそも一時間やそこらで元の形に戻す事なんて不可能だろうし。
魔法で時間を巻き戻せればとも一瞬考えたが、そんな教本でしか見た事のない高等魔法に期待する事はすぐに諦めた。
つまりこの状況は、もうどうする事もできない絶望的な状況という事なのだろう。
血を拭いながら打開策を考えていると、薺ちゃんが少し悪そうな笑みを浮かべながら驚きの提案を持ちかけてきた。
「ねえ、逃げちゃおっか」
「……えっ?」
私は思いもよらぬその一言に、口を抑えていたティッシュを落としてしまった。
「に、逃げる?」
「ちょっと、落ちたよ。しっかりしてよ」
薺ちゃんの口から発せられたとは思えない台詞。優等生の薺ちゃんからのまさかの提案。このボロボロになった教室を放っておいて逃げるとは、随分と大胆な事を思いつくものだ。
「訓練はさ、怪我をした莉々を救護室に送って遅くなったって言えばいいし」
「うん」
「そもそもこの教室にいなかった事にしちゃおうよ」
「……いいの、かな?」
薺ちゃんはわたしの手を引きながら「いいの、いいの」と笑っている。そして救護室に行こうと戸惑う私を連れて歩き出す。
教室から出る際に誰かに目撃されたら、あっという間にバレてしまう為、二人で廊下をキョロキョロと見渡し、誰もいない事を確認してから足早に教室から抜け出した。
不幸中の幸いだろうか。この時間は遠距離魔法の訓練の他にも、何かしらの訓練が行われている時間帯である為、救護室までの道のりでは誰ともすれ違う事は無かった。
コン、コン、コン、と救護室の扉をノックする。しかし、中からは返事がしない。二人で顔を見合わせ、もう一度ノックをするもやはり返答は無い。
「開けちゃおうか」と薺ちゃんは静かに救護室の扉を開けた。
「……失礼しまーす」
消毒液の匂いが広がる救護室に足を踏み入れ辺りを見渡すと、おかしな事に誰の姿も見当たらない。救護室には回復を専門とする魔法少女が常時待機している、はずなのに。
この施設では魔法少女候補生の訓練での怪我や、急病等があった場合にすぐに治療を施せるよう、必ず一人は魔法少女が待機しなければならない決まりになっている。
魔獣に対抗しうる唯一の手段、魔法少女。その候補生を育て上げるこの施設において、候補生を不慮の事故や、病気で途中退場させる事などもっての他なのだ。
厳しい訓練や、専門的な座学の影にはこういったケアも最高のレベルで用意されている。
なのに、見当たらないのだ。その魔法少女が。
「……お手洗い、とかかな」
確かにその可能性も多いにあるのだが救護室にはトイレも完備されている為、明かりのついていないトイレを見る限り、その可能性も少ないだろう。
電気をつけない方が落ち着くという変わった習性を持つ魔法少女であるのならば、また話は変わってくるが。
状況を理解が出来ないままに救護室の中で立ち尽くしていると、ギシッとベッドが軋む音が聞こえてきた。誰もいないはずの救護室で。
二人同時に、音のした方へと視線を送る。心無しか薺ちゃんは警戒態勢をとっているようにも思えた。その姿を見て私にも一気に緊張が走る。
もしかしたら誰かがベッドで休んでいるのかもしれない。勿論、その可能性もある。むしろ、その可能性の方が多いくらいだ。なんなら救護室で待機していなきゃいけないはずの魔法少女がサボっているだけなのかもしれない。
だが、簡単に楽観視出来ないのには理由がある。そう、魔獣の存在だ。施設自体には結界が張り巡らされている為、施設内での魔獣の発生や、侵入は基本的に防げるようになっている。
しかし、寄生型の魔獣が外部からの雇われ回復魔法少女に既に寄生をしていて侵入して来る場合は違ってくる。
すり抜けてしまうのだ。結界を。魔法少女を隠れ蓑にして。
昔、実際に同様の事が起きて施設内で魔獣による被害が出た時があるのだ。それは死者一名、重症者五名の尊い犠牲を出してしまう魔法少女養成施設開設以来の大事件だった。その事を知るからこそ、薺ちゃんは警戒体制を取ったのだろう。
その事件後は、より一層と施設の警備は強固のものとなったのだが、魔獣というものはこちらの予想を上回る行動を度々とってくる。
人の思念により産み出される魔獣。その思いが強ければ強いほど一筋縄ではいかない魔獣がこの世に産まれ落ちる。
怒りや妬み、憎しみと嫉妬。愛憎、侮蔑、憤怒、恐怖、軽蔑、後悔、屈辱、そして絶望。
数え上げたらキリがないと思えてくる人間の負の感情から産まれる魔獣は、思いの強さでその姿も能力も変わってくる。まさに千差万別。強固な結界をすり抜ける事くらいは容易く出来る魔獣が産まれてくる可能性だって多いにあり得るのだ。
「……カーテン、開けるね」
本当は、今すぐに救護室を出て異変を知らせに行くのが正解だと思う。カーテンを開ける、という選択は薺ちゃん位に優秀な候補生だからこそ取れる選択だ。
今すぐにここから出よう、という一言すら言えない情けない私は薺ちゃんの行動をただ見ていることしか出来なかった。
薺ちゃんが一歩、また一歩とベットの方向へ近づく。そしてカーテンに手をかけようとしたその時、ドサッという音と共に、血塗れの腕が地面に転がり落ちた。
「う、腕!?」
流石の薺ちゃんも、思わずフラフラと後ずさる。私に至っては声も出せずに、青ざめて硬直する事しか出来なかった。
「莉々、やばい。魔獣だ。一度ここから出よう」
「う、うん」
言われるがまま急いで救護室の扉まで戻り、扉に手を掛ける。しかし、動かない。まるで溶接されたように扉は固定されてしまっていた。
「開かない!? 薺ちゃん、開かないよ!」
「……本当にまずいかも。これ多分、魔獣の特殊領域に入ってる」
特殊領域。一度引きづり込まれると出る事が難しいとされる高位の魔獣が繰り出す閉鎖空間。まさかとは思ったが、しかし考えれば考えるほど血の気が引いてくるのを感じる。
消えた魔法少女、転がり落ちた腕、閉じ込められた空間。悪い材料が揃いすぎている。
再び、振り返ると窓から差し込んでいた光が消え、外の景色は闇に染まっていた。もう、ほぼ確定と言っていいだろう。残念ながら、ここはまさしく特殊領域の中だったのだ。
最強の魔法少女の代理を任された翌日に、人生最大の命の危機にさらされるなんて。だけどこの時、死を間近に感じた瞬間。焦る気持ちとは裏腹に、何故か頭のモヤモヤが晴れるかのようにクリアになる感覚に陥った。
そして如何にしてこの場を切り抜けようかと、全ての思考を集中させた。
特殊領域を破る方法は二つ。魔獣を倒すか、特殊領域の結界を上回る魔力で破壊するか。
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