魔法少女・マジカルリリィ(仮)

uma

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逃げるが勝ち

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 魔力を込めるなんて聞こえは良いかもしれないが、落ちこぼれ魔法少女候補生の微量な魔力を込めた所で、特殊領域を破壊するなんて夢のまた夢。分厚い壁をデコピンで壊そうとしているようなものだろう。
 特殊領域は思いつきで簡単に壊せるものではない。いわば魔獣の切り札なのだ。

 だけど教室を破壊するほどに身体強化魔法の効果を高めたこのステッキがあれば、もしかしたら何とかなるかも知れない。なにせこのステッキは、あのシェイムリルファが私のカバンに潜ませてくれたステッキなのだから。
 魔力を増幅させる効果があるのか、はたまたこのステッキ自体の効力なのかは分からない。しかしどちらにせよ、今はこのステッキの力が追い詰められた現状を打破する鍵には間違いない。

「莉々、見て。あれ」
「やっぱり、魔獣、だよね」

 薺ちゃんは震えた声を発しながらカーテンを指差す。その先には明らかに何かが潜んでいた。先程までは気配すら感じられなかったカーテンの奥に、まるで己の存在をわざとこちらに示すように。
 もう魔獣にとっては隠れる必要もないからなのだろうか。
 カーテンの下からは黒い触手が伸びており、手探りで何かを探しているような素振りを見せていた。そしてベットの下に落ちた腕を拾い上げると、カーテンの中にひきづり込んだ。
 直後、生々しい咀嚼音が部屋に鳴り響く。出来る事なら生涯耳にしたくはない、腕を噛み砕く音。
 もうやるしかない。得体の知れない相手がこちらに標的を変える前に。震える手を必死に抑え、ステッキをベットの方向へ向ける。

「薺ちゃん、もしダメだったらごめんね」
「ダメだったら?」

 薺ちゃんは既に警戒体制を保てていない。これは仕方が無い。いくら施設での成績が優秀とはいえ、将来を期待された訓練生とはいえ、目の前で明らかに警戒度の高い魔物が人を食しているのだ。次に食べられるのは自分かもしれない。
 私だってこのステッキがなければ、ただ怯えていただけに違いない。

「もう、ダメでしょ。これ」と、力無く薺ちゃんが呟くと同時に構えていたステッキがバチバチッと音を立てる。その先端には黒い魔力の球体が出現していた。
 それはみるみる内に膨らんでいき、あり得ないほどの魔力を含んでいる事が一目で分かる。

「薺ちゃん! 伏せて!」

 黒い球体を魔獣に向けて撃とうとすると、身の危険を感じたのか、ステッキに向けて魔獣の触手を伸ばしてきた。そして球体と触手が触れた途端に部屋の中は閃光に包まれ、耳をつんざく爆発音が鳴り響く。
 何が起こったのか全く理解できなかった。気がつくと救護室はほぼ全壊、目の前に広がる野外訓練場の地面はその半分以上が抉り取られていた。スプリンクラーは誤作動し、非常装置も発動。施設内には大音量のサイレンが鳴り響く。
 
「莉々!? 大丈夫!?」
「な、薺ちゃん」

 もしこれが魔獣に直撃していたら勝利は確実のものだったに違いない。それほどの威力だった。
 ステッキから放たれた規格外の一撃は、特殊領域を見事に粉砕した。だが、直前での触手の接触により狙いはズレてしまい、魔獣を倒す事はかなわなかった。

 救護室が吹き飛んだことによりその姿を表した魔獣は、見るだけで気分が悪くなる、そんな形状。ドロドロのスライム状でドス黒い魔獣。
 目もなく、耳もなく、鼻もない。ただ不気味な大きな口だけが開いている。
 なんとか私は二発目を撃とうとする。が、体に力が入らない。全くと言っていいほどに。全ての力をステッキに持っていかれかのように。

「莉々、しっかりして! 今なら逃げれるよ!」
「薺ちゃんだけでも逃げて。……私、動けない」

 魔獣は大きく口を開け、ゆっくりと距離を詰めてくる。もうダメだ、と全てを諦めた時だった。

「おーい、莉々ちゃーん!」

 聞き覚えのある声。驚いて顔を上げると、上空からものすごい勢いで、魔獣の上に人間が降って落ちてきた。そして、その勢いのままに両足で魔獣を思いっきり踏みつけた。
 美しい髪に、美しい声。白い肌に長い手足。魔法少女の格好をしていなくてもすぐに分かる。分からないはずがない。

「シェイムリルファ!?」

 突如降りかかった衝撃に抗う魔獣。しかし抵抗虚しく、その体は四方八方に飛び散る。散乱した魔獣の肉片はすぐに蒸発し、まるで最初から何も無かったかのように消えて無くなってしまった。

「うわあ、すごいねぇ」
「すごい?」
「すごく施設がメチャクチャ」
「……ちょっと、待ってよ。なんでシェイムリルファがここに?」

 シェイムリルファは空から降ってくると同時に魔獣を踏み潰し、あっという間に消滅させてしまった。そして、まるで魔獣なんて最初からいなかったかのように話し始めた。

「早く着替えないと風邪ひいちゃうよ」
「ちょっと待ってよ。莉々!?」
「あら、こんにちは。そして初めまして。シェイムリルファって言います。元・魔法少女で、莉々ちゃんのお義姉ちゃんです!」

 決めポーズをしながらニッコニコのシェイムリルファ。恐らく自らをお義姉ちゃんと名乗る事が嬉しいのだろう。昨晩あった出来事を打ち明けるか否か悩んでたのが馬鹿馬鹿しくなるほど、あっさりと簡単に薺ちゃんに自己紹介を済ませてしまった。

「お姉ちゃん?」
「あの、シェイムリルファさん」
「君は莉々ちゃんのお友達?」
「は、はい。初めまして、薺って言います」
「シェイムリルファさん?」
「うん、うん。莉々ちゃんも可愛いけど、君もすごく可愛いらしい子だね」
「お義姉、ちゃん」

 シェイムリルファはお義姉ちゃんと呼ばないと意地でもこちらを振り向こうとしなかった。しかし、どうしても慣れない。果たして慣れる時が来るのであろうか?

「莉々ちゃん、わたしは心を鬼にする」
「はあ」
「お義姉ちゃんって呼ばないと、返事しないからね!」
「……ぜ、善処します」

『校内にて爆発音、訓練場にて爆発音確認! 訓練を直ちに中止し、速やかに避難せよ! 教官は訓練生を避難させたのち、直ちに現場に急行せよ!』
「おやおや? なんだか騒がしくなりそうだね」

 緊張感の無いシェイムリルファをよそに、緊迫感のある声で緊急放送が流れる。これはまずい、まずすぎる。教官達にこんな所を見られたらなんて、想像しただけで恐ろしい。
 教室の破壊を誤魔化すつもりが、仕方がなかったとはいえ救護室と訓練場を大破壊。もうごめんなさいじゃ絶対に済まされない。
 半分訓練生をクビになっているような私はいいとして、せめて薺ちゃんだけでも逃げてもらわなきゃダメだ。今こそ恩を返す時だ。

「薺ちゃんだけでも逃げて。私は動けないから」
「何言ってるの!? 怒るよ」
「でも」
「よし、逃げようか!」
「逃げる!?」

 シェイムリルファは声を合わせ驚く私達を尻目に、この場を誤魔化すのは逃げるのが一番いいよ、と笑う。そしてまるでチャックを下ろすかのように目の前の空間を切り裂いた。

「ふふふ、悪い事をして逃げるなんていつ以来かな」

 シェイムリルファの表情は、まるで新しい遊び道具を見つけて喜んでいるような子供のような笑顔だった。
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