魔法少女・マジカルリリィ(仮)

uma

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引き抜き

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 シェイムリルファは一足先に切り裂いた空間の歪みに入り込むと、こちらに向かって手招きをする。

「ほらほら。早く来ないと捕まっちゃうよー」

 正直戸惑いが無いと言ったら嘘になる。しかし、このまま留まっていてもどうする事もできない。教官達に捕まり、状況説明を求められ、嘘のつけない私はきっとバカ正直に全てを話してしまうだろう。
 私は力の入らなくなった体にムチをいれ、空間の歪みへ四つん這いで進む。薺ちゃんも躊躇はしていたが、意を決した様子で恐る恐ると後についてきた。

 果たしてどんな場所に連れて行かれるだろうか。しかし、足を踏み入れた先は抜け出したはずの救護室と何ら変わりのない場所だった。これではただ歪みをくぐっただけで、何も状況は変わっていないように思える。
 キョロキョロと周りを見渡す薺ちゃんの反応を見る感じ、恐らく同じ事を考えているのだろう。

「莉々、これって意味あるの?」
「どうなんだろう」

 しかし、よくよく目を凝らしてみると、若干ではあるのだが風景が燻んで見える。誤作動したスプリンクラーの水の音も、作動した警報装置の音も聞こえない。
 同じ場所に見えたその場所は、冷静に観察してみると明らかに違う場所だと認識できた。
 
「裏の世界って表現が分かりやすいかな」
「……裏の、世界」
「向こう側からはわたし達を認識出来ないし、もちろん声も届かない」

 正に何でもあり。ナンバーワン魔法少女はいとも簡単に追い詰められた状況を一変させてしまった。さっきまでも魔獣に食べられる寸前だったのが嘘のようだった。
 
「タイミング良かったみたいだね。お役に立てたかな?」
「ありがとう。……お義姉ちゃん」
「ありがとうございました! シェイムリルファさんが来なかったら、今頃」
「いいよ、いいよ。それにしても、薺ちゃん、だっけ」
「あ、はい」
「君も莉々ちゃんに負けず劣らず良いものを持っているね」
「良いもの?」

 そう、とても良いものだよ。とシェイムリルファは椅子に腰をかけ、話を続ける。長い足を組みテーブルに肘をかけるその姿は、様になり過ぎていて、思わず見惚れてしまいそうになる。

「正義感が強くて、真面目で真っ直ぐ。色で表すと純白、そんな感じ」

 まるで観察するかの様にシェイムリルファは薺ちゃんの顔をじっと見つめている。少したじろぐ薺ちゃんの事など少しも気にしていない。
 しかしシェイムリルファには脅かされっぱなしだ。なぜ初対面で、しかもまだ一言、二言しか交わしてない薺ちゃんの事を見抜けるのだろう。彼女ほどの魔法少女ともなると、そういった能力も備わっているのが当たり前なのだろうか。

「ふーん。流石は莉々ちゃんのお友達だ」
「……ありがとう、ございます」
「あ、二人共。見て。教官達が来たよ」

 薺ちゃんが少し気まずそうにしていたので、話を逸らそうと思案していると、変わり果てた救護室に教官達が駆け込んできた。
 教官達が慌てふためく様子は見てとれるのだが、あちら側からの音も聞こえない為、口をパクパクさせているだけだった。
 シェイムリルファはそんな教官達を見て笑っていた。

「実はね、ここには遊びに来た訳じゃないんだよ」
「遊びに? 助けに来てくれたんじゃ」
「……? あ、ああ。アレね。たまたま真下に丁度いいクッションが見えたから着地しただけだよ」
 
 二人が恐怖で震えて、怯えていた悍ましい魔獣をクッション扱いするシェイムリルファ。数々の戦いを繰り広げてきた彼女にとっては、あのレベルの魔獣など羽虫を振り払う位のものなのだろうか。
 話を聞く程に彼女の代理をするなど荷が重すぎると気分が暗くなる。

「話を戻すね。実は莉々ちゃんに養成施設を退所してもらおうと思ってね。それの手続きに来たって訳だよ」
「た、退所!?」
「莉々を、辞めさせる?」
「そう。莉々ちゃんがどこかに『引き抜かれる』前に、わたしが『引き抜き』に来たの」

 元々、退所寸前だった私にとっていい話なのかどうかは分からないけど彼女の話はいつも急展開だ。
 
 魔法少女養成施設には卒業という概念は無い。施設で個々の能力を見極め、ある程度の成長が見込めたら各地に点在する魔法少女の組織に送り込まれる。優秀な人材ならスカウトされる事だってある。そうして魔法少女としての道を歩み始める。
 私はこの場合、スカウトされたということで良いのだろうか。
 年下の同級生と学校生活をやり直す苦行を考えると運が良いのかも知れないが、シェイムリルファが『引き抜く』という所に一抹の不安を感じる。

「でもお義姉ちゃんはもう引退するんでしょ」
「引退!?」
「そう、引退。結婚するからね」
「ちょっと待って下さい。お姉ちゃんって、もしかしてお義姉ちゃんって事なんですか?」
「そう! 莉々ちゃんのお兄ちゃんと結婚する事になったの。是非、結婚式には顔を出してね」

 薺ちゃんは呆然として固まってしまった。昨日の私もこんな感じだったのだろうか。もっとも私は口をあんぐりと開けて、もっとブサイクな顔をしていただろうが。

「……莉々って、お兄ちゃんいたんだね」
「う、うん。でもそんな話は全然聞いてなかったよ」
「話ってこれの事?」
「うん。そう」
「そりゃあ変な感じにもなるね。納得だよ」

 相変わらず表の世界は騒がしそうで、人が入れ替わり、立ち替わりしている。そしてその人数もどんどんと増えていく。シェイムリルファは少し笑いながらその光景を眺めている。

「それで昨晩、代理を任されまして」
「もしかしてシェイムリルファの!?」
「うん」
「なるほど、じゃああのステッキは」
「お義姉ちゃんがカバンに入れてくれてたんだ」

 薺ちゃんは頭の回転が早くて、それにいつも助けられる。口下手な私の言いたい事や、考えを汲んでくれるので話が進めやすいのだ。

「でもさ、考え様によってはすごいよ。結婚して引退は少し残念だけど、でもそのおかげで莉々は代理に選ばれたんでしょう」
「違うよー。逆、逆。莉々ちゃんが先」
「私が、先?」

 シェイムリルファは椅子から立ち上がり、こちらに歩み寄りながら話を続ける。

「元々は後継人を探していたんだよ。それで莉々ちゃんを見つけたの。だから莉々ちゃんが先。お兄ちゃんと出会ったのはその後」
「私を、後継人に?」
「わたしのステッキ使ったでしょう? 相当な『器』の大きさが無いと使えないよ。それこそ莉々ちゃんじゃなきゃ使えないと思うよ」

 あのステッキが万年成績最下位の、落ちこぼれの私じゃないと使えないなんて、そんな事はあり得るのだろうか。それこそ薺ちゃんの方が遥かに上手く扱えそうだし、現に私はさっきの一撃で体中の力を奪われてしまった。
 これに関しては、いくらシェイムリルファといえど人選を違えたのだろう。どうやら最強の魔法少女も間違えるという事はあるらしい。

「あ、そうそう。薺ちゃんもだから」
「はい? 私?」
「そう、薺ちゃん」
「な、何がですか?」
「薺ちゃんの事も『引き抜く』から。これ、決定ね」
「……?」

 シェイムリルファはウインクをし、あり得ないほど眩しい向日葵の様な笑顔を見せる。
 薺ちゃんは呆然とし、再び固まる。今度はその口を大きく開けながら。
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