4 / 64
第4話
しおりを挟む
私が14歳、ゴードンが9歳になった頃。彼は突然、真っ赤な顔をしてこう言った。
「も、もう、セラスとは風呂に入らない!」
「あら、どうして?」
「どうしてって、俺はもう子供じゃないし……セラスだって、その、大人だから――」
血の繋がりはないけれど、私たちはまるで本当の姉弟のように育った。だから、まだ10歳にも満たない弟が互いの裸体に恥じらいを抱いていたなんて――青天の霹靂だ。
しかも、私はゴードンのオムツだって代えていたのに……何を今更恥じらうことがあるのか、心の底から不思議だった。
ほんの1年前は「セラスちゃん」と呼んで甘えていたのに、今では生意気にも呼び捨てだ。まだまだ背は低いし体も細くて、よく学校の同級生に「ヒョロヒョロのボンボン」と揶揄されているらしい。それを知っていたところで、さすがに子供の喧嘩にまで首を突っ込もうとは思わない。
いくらヒョロヒョロのボンボンであろうと、彼は男だ。気難しい年頃に入ったし、女の私に守られるなど矜持が許さないだろう。
「まあ、一緒に入りたくないならそれで良いけど……」
しかし私が大人だと言うのは、語弊があった。まだまだ親に庇護されていなければ生きられないし、14歳の少女にできることなどたかが知れている。幼い頃は年齢の割にしっかりしていると褒められた私も、いつしか普通の女になってしまった。誰だってこの歳になればしっかりするのだから、もう特別でもなんでもないのだ。
この頃になると、段々と昔言われた「父に似て生まれていれば」という言葉が効いてきた。可もなく不可もない顔立ちの女よりも、やはり見目の良い女の方が持て囃されるのだ。顔が良いだけで男も女も優しくなるし、いつも大勢の人に囲まれて楽しそうで――。きっと心ない陰口を叩かれることも、馬鹿にされることも少ないのだろう。幼い頃は両親の愛情だけで生きていけたが、世界が広がればそれだけでは満たされなくなってくる。
唯一私が人から、特に同性から羨ましがられることと言えば、体の発育がいいことぐらいだ。幼い頃から赤ん坊の面倒を見て母性本能を刺激されまくっていたせいか、それとも、甘えん坊で悪戯好きの子供たちに乳腺を刺激されまくっていたせいか。とにかく、14歳の時点で大人顔負けの体つきにまで成長していた。
ただ、それが自慢だったかと言うと、また複雑なところである。これで顔も美人であれば言うことなしだったのに、体つきだけ立派だと「あとは顔が良ければなあ~」なんて、かえって揶揄されやすい。いっそ体つきまで平凡だったら良かったのだ。
もしも私が気後れするような美人であれば、跪いて愛を乞うただろうに――同じ年頃や少し上の男たちは、揃って「遊んでやっても良いぞ」と肩を撫でた。
もちろんやられっぱなしは性に合わないので、張り手なり拳骨なりを食らわせて撃退していた。しかし大変残念なことに、ただ気が強いだけで「中身まで可愛げがない」と、また別の侮辱を浴びせられることになる。
見た目の優劣がなんだと言うのか、そんなにも偉いものなのか。――とは言え私も街で人気の華やかな芸者や、顔の良い医者などを見るたびに胸を高鳴らせていたので、あまり大きな声では言えないのだ。
「……セラス? どこに行くんだ?」
「どこって、一緒に入るのが嫌だって言うから。ゴードンがお風呂に入っているうちに、ご飯の用意でもしようかと思って」
母は今も商会の事務員として働いていて、商会長の妻との付き合いも良好なまま続いている。私は夕方になったらゴードンの家に行き、彼の宿題を見るのが日課だった。そうして一緒にお風呂に入って、肩を並べて――とは言え、まだ小さいゴードンは台所をウロウロ歩き回るだけだ――食事の用意をする。食べ終わったら彼を寝かしつけて、自宅に帰るところまでがセットなのだ。
その「一緒にお風呂」を拒絶されたからには、手持ち無沙汰で居るよりも食事の用意をした方がいい。そう思っての発言だったのに、ゴードンはぶんぶんと顔を横に振った。
「だ、ダメだ! セラスはずっと俺の傍に居ないと!」
「傍って、どこによ。お風呂はダメなんでしょう」
「ええと……脱衣所で待っていてくれたら」
「それって結局、お風呂上りにあなたの裸を見ることになるけど?」
「あ! ――じゃあ廊下だ、廊下で俺が出てくるまで待っててくれ!」
「えぇ~……もう、なんなの? 早くしてよね」
本当に気難しい年頃だ。甘えたいのに、素直に甘えるのが恥ずかしいのだろうか。私が渋々頷いて廊下にしゃがみ込むと、ゴードンは喜色満面で脱衣所の扉を閉めた。
ほんの少し前まで「僕」だったのが、いまだに聞き慣れない「俺」になって。喋り方も背伸びしているのか、無理に格好つけていて偉そうになった。今はちんちくりんでも、きっとあっという間に男になるのだろう。
弟が男に変わったら、平々凡々な私を遠ざけるようになるかも知れない。彼も今に、人の美醜が分かるようになるはずだから。寂しいと想う気持ちを抱いたのは、近く可愛い弟分に捨てられる将来を予見したせいか、それとも世の風潮を憂いたせいか。
背中でバシャバシャと慌ただしい水音を聞きながら、私はこの歳特有の妙な感傷に浸った。
「も、もう、セラスとは風呂に入らない!」
「あら、どうして?」
「どうしてって、俺はもう子供じゃないし……セラスだって、その、大人だから――」
血の繋がりはないけれど、私たちはまるで本当の姉弟のように育った。だから、まだ10歳にも満たない弟が互いの裸体に恥じらいを抱いていたなんて――青天の霹靂だ。
しかも、私はゴードンのオムツだって代えていたのに……何を今更恥じらうことがあるのか、心の底から不思議だった。
ほんの1年前は「セラスちゃん」と呼んで甘えていたのに、今では生意気にも呼び捨てだ。まだまだ背は低いし体も細くて、よく学校の同級生に「ヒョロヒョロのボンボン」と揶揄されているらしい。それを知っていたところで、さすがに子供の喧嘩にまで首を突っ込もうとは思わない。
いくらヒョロヒョロのボンボンであろうと、彼は男だ。気難しい年頃に入ったし、女の私に守られるなど矜持が許さないだろう。
「まあ、一緒に入りたくないならそれで良いけど……」
しかし私が大人だと言うのは、語弊があった。まだまだ親に庇護されていなければ生きられないし、14歳の少女にできることなどたかが知れている。幼い頃は年齢の割にしっかりしていると褒められた私も、いつしか普通の女になってしまった。誰だってこの歳になればしっかりするのだから、もう特別でもなんでもないのだ。
この頃になると、段々と昔言われた「父に似て生まれていれば」という言葉が効いてきた。可もなく不可もない顔立ちの女よりも、やはり見目の良い女の方が持て囃されるのだ。顔が良いだけで男も女も優しくなるし、いつも大勢の人に囲まれて楽しそうで――。きっと心ない陰口を叩かれることも、馬鹿にされることも少ないのだろう。幼い頃は両親の愛情だけで生きていけたが、世界が広がればそれだけでは満たされなくなってくる。
唯一私が人から、特に同性から羨ましがられることと言えば、体の発育がいいことぐらいだ。幼い頃から赤ん坊の面倒を見て母性本能を刺激されまくっていたせいか、それとも、甘えん坊で悪戯好きの子供たちに乳腺を刺激されまくっていたせいか。とにかく、14歳の時点で大人顔負けの体つきにまで成長していた。
ただ、それが自慢だったかと言うと、また複雑なところである。これで顔も美人であれば言うことなしだったのに、体つきだけ立派だと「あとは顔が良ければなあ~」なんて、かえって揶揄されやすい。いっそ体つきまで平凡だったら良かったのだ。
もしも私が気後れするような美人であれば、跪いて愛を乞うただろうに――同じ年頃や少し上の男たちは、揃って「遊んでやっても良いぞ」と肩を撫でた。
もちろんやられっぱなしは性に合わないので、張り手なり拳骨なりを食らわせて撃退していた。しかし大変残念なことに、ただ気が強いだけで「中身まで可愛げがない」と、また別の侮辱を浴びせられることになる。
見た目の優劣がなんだと言うのか、そんなにも偉いものなのか。――とは言え私も街で人気の華やかな芸者や、顔の良い医者などを見るたびに胸を高鳴らせていたので、あまり大きな声では言えないのだ。
「……セラス? どこに行くんだ?」
「どこって、一緒に入るのが嫌だって言うから。ゴードンがお風呂に入っているうちに、ご飯の用意でもしようかと思って」
母は今も商会の事務員として働いていて、商会長の妻との付き合いも良好なまま続いている。私は夕方になったらゴードンの家に行き、彼の宿題を見るのが日課だった。そうして一緒にお風呂に入って、肩を並べて――とは言え、まだ小さいゴードンは台所をウロウロ歩き回るだけだ――食事の用意をする。食べ終わったら彼を寝かしつけて、自宅に帰るところまでがセットなのだ。
その「一緒にお風呂」を拒絶されたからには、手持ち無沙汰で居るよりも食事の用意をした方がいい。そう思っての発言だったのに、ゴードンはぶんぶんと顔を横に振った。
「だ、ダメだ! セラスはずっと俺の傍に居ないと!」
「傍って、どこによ。お風呂はダメなんでしょう」
「ええと……脱衣所で待っていてくれたら」
「それって結局、お風呂上りにあなたの裸を見ることになるけど?」
「あ! ――じゃあ廊下だ、廊下で俺が出てくるまで待っててくれ!」
「えぇ~……もう、なんなの? 早くしてよね」
本当に気難しい年頃だ。甘えたいのに、素直に甘えるのが恥ずかしいのだろうか。私が渋々頷いて廊下にしゃがみ込むと、ゴードンは喜色満面で脱衣所の扉を閉めた。
ほんの少し前まで「僕」だったのが、いまだに聞き慣れない「俺」になって。喋り方も背伸びしているのか、無理に格好つけていて偉そうになった。今はちんちくりんでも、きっとあっという間に男になるのだろう。
弟が男に変わったら、平々凡々な私を遠ざけるようになるかも知れない。彼も今に、人の美醜が分かるようになるはずだから。寂しいと想う気持ちを抱いたのは、近く可愛い弟分に捨てられる将来を予見したせいか、それとも世の風潮を憂いたせいか。
背中でバシャバシャと慌ただしい水音を聞きながら、私はこの歳特有の妙な感傷に浸った。
0
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
どんなあなたでも愛してる。
piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー
騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。
どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか?
※全四話+後日談一話。
※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。
※なろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる