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第5話
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いつものようにゴードンを寝かしつけ終わった私は、暗がりの中街灯の光を頼りに自宅へ戻った。ゴードンの家からあまり離れておらず、徒歩15分ほどの場所にあるのだ。
何事もなく帰宅した私を待ち受けていたのは、頬を上気させて満面の笑みを浮かべる母だった。
「おかえり、セラス! ねえちょっと、聞いて!」
「ど、どうしたのよ、母さん。落ち着いて――」
年甲斐もなくぴょんぴょんと跳ね回る母を見て、珍しく酩酊しているのだろうかと不安になった。そうして滅多にないほどはしゃぐ母の後ろから、「コラコラ!」と慌てた様子の父が駆けてくる。
「何してるんだ、お腹の子に悪いだろう!」
「――えっ! 嘘、もしかして……」
父の言葉に、私はハッと息を呑んだ。期待を込めて母を見やれば、喜びすぎて表情筋がおかしくなったのか、二チャッと不気味な笑みを返される。
「ええ、そうよ、セラス! あなたに妹か弟ができるの!」
「本当に!? すごい、嬉しい!」
ずっと他所の赤ん坊を世話してきたが、やはり自分の兄弟が欲しかった。念願の家族ができると聞かされて、私は諸手を挙げて喜んだ。
いつまでも玄関で騒ぐ私と母を見かねた父が、体が冷えてはいけないからと中へ入るように促す。父に肩を抱かれた母は、ムフムフと笑みを漏らしながら小さく呟いた。
「ああ、本当に良かったわ……今度こそ――」
その続きが紡がれることはなかったけれど、私はほんの少しだけ不安になった。今度こそ――とは、なんだろうか。まるで一度目を失敗したかのような言い草だ。
本当は娘ではなくて息子が欲しかったのか。それとも、やはり父親似の子供が欲しかったのか。私が知らされていなかっただけで、母が流産を経験していたという線もある。
なんにしても、不安だった。もしかすると私は、両親にとってあまりイイコではなかったのかも知れない。顔が良くないせい? 可愛げがないせい? 普通なのがいけなかった?
――多感な時期だったせいか、悪い方向にばかり考えを巡らせた。
「――え? セラスに妹か弟が?」
「そう、生まれたらあなたも遊んでやってね」
翌日、私はゴードンの宿題を見ながら新しくできる家族について話した。言い知れない不安はあったものの、やはり兄弟ができることは嬉しかったのだ。話を聞いたゴードンはノートから顔を上げると、憮然とした表情で「……嫌だよ、どうして俺が?」なんて生意気な口を聞いた。
「はあ? どうしてって……何よ、私がお世話した恩を仇で返そうって言うの? それでも商人の息子?」
「商人は関係ないだろ! それにセラスには世話してもらったけど、セラスの兄弟の世話にはなってない! 恩も何もない!」
「じゃあ、私1人で育てろって? それはちょっと冷たいんじゃないの」
ゴードンの小さな鼻を指で弾けば、「ぷぁっ!」と悲鳴が上がる。彼は鼻を押さえながら、不思議そうに首を傾げた。
「……どうしてセラスが育てるんだ? おばさんが居るのに」
「母さんも父さんも仕事があるのよ、働きながら育てられる訳ないじゃない。商会長に言えば、時短労働にはしてもらえるかも知れないけれど……何ヵ月も休んだら復職できないもの。商会に連れて行くにしても、あそこのベビーシッターは私だし」
「そうか……そうだよな、それは大変だ。じゃあセラスは、家でも商会でも子供の面倒を見ないといけなくなるのか」
真剣に思案するゴードン。今まさに、家で子供の面倒を見ているのだけれど――と言えば、きっと気を悪くするだろうと思って口にしなかった。
母は私を育てる時も、抱っこ紐で背中に縛り付けたまま商会の受付に立っていたのだ。当時子供の居なかった商会長は「職場に子供が居るだけで楽しい」と好意的だったらしいが、共に働く女性職員からすれば、あまり快いものではなかっただろう。
だからこそ私の自我がハッキリするまでは、何かにつけてネチネチと因縁を付けられていたのだ。
きっと私の妹か弟もそうなるだろう。むしろ、私が居るのだから任せればいいとなるはずだ。それは別に、苦でもなんでもない。
ただ、商会で子供の面倒を見る時、母を求めてメソメソと泣く子を何人も見てきた。私の妹か弟も母を求めて毎日泣くかも知れないと思うと、何やら不憫だった。
「うーん……じゃあセラス1人に任せたら大変だし、俺も学校が終わったら頑張って手伝うよ」
「手伝うって言うか、一緒に遊んでくれればそれで良いのよ」
「分かった。でも、俺の宿題を見る時間をなくすのだけはダメだからな? 飯もここで食べるんだ。俺は仕方なく手伝うだけだぞ、本当はセラスの妹も弟も好きじゃないんだから」
ふん、と顔を逸らすゴードンに、会ったこともないのに好きも嫌いもないだろうと肩を竦めた。宿題の時間もご飯の時間も、今まで通りにとれる保証なんてない。まあ多感な時期なのは彼も同じだ、ハイハイと頷いて転がしている方が楽だろう。
私はゴードンの頭を撫でて、ありがとうと笑った。
何事もなく帰宅した私を待ち受けていたのは、頬を上気させて満面の笑みを浮かべる母だった。
「おかえり、セラス! ねえちょっと、聞いて!」
「ど、どうしたのよ、母さん。落ち着いて――」
年甲斐もなくぴょんぴょんと跳ね回る母を見て、珍しく酩酊しているのだろうかと不安になった。そうして滅多にないほどはしゃぐ母の後ろから、「コラコラ!」と慌てた様子の父が駆けてくる。
「何してるんだ、お腹の子に悪いだろう!」
「――えっ! 嘘、もしかして……」
父の言葉に、私はハッと息を呑んだ。期待を込めて母を見やれば、喜びすぎて表情筋がおかしくなったのか、二チャッと不気味な笑みを返される。
「ええ、そうよ、セラス! あなたに妹か弟ができるの!」
「本当に!? すごい、嬉しい!」
ずっと他所の赤ん坊を世話してきたが、やはり自分の兄弟が欲しかった。念願の家族ができると聞かされて、私は諸手を挙げて喜んだ。
いつまでも玄関で騒ぐ私と母を見かねた父が、体が冷えてはいけないからと中へ入るように促す。父に肩を抱かれた母は、ムフムフと笑みを漏らしながら小さく呟いた。
「ああ、本当に良かったわ……今度こそ――」
その続きが紡がれることはなかったけれど、私はほんの少しだけ不安になった。今度こそ――とは、なんだろうか。まるで一度目を失敗したかのような言い草だ。
本当は娘ではなくて息子が欲しかったのか。それとも、やはり父親似の子供が欲しかったのか。私が知らされていなかっただけで、母が流産を経験していたという線もある。
なんにしても、不安だった。もしかすると私は、両親にとってあまりイイコではなかったのかも知れない。顔が良くないせい? 可愛げがないせい? 普通なのがいけなかった?
――多感な時期だったせいか、悪い方向にばかり考えを巡らせた。
「――え? セラスに妹か弟が?」
「そう、生まれたらあなたも遊んでやってね」
翌日、私はゴードンの宿題を見ながら新しくできる家族について話した。言い知れない不安はあったものの、やはり兄弟ができることは嬉しかったのだ。話を聞いたゴードンはノートから顔を上げると、憮然とした表情で「……嫌だよ、どうして俺が?」なんて生意気な口を聞いた。
「はあ? どうしてって……何よ、私がお世話した恩を仇で返そうって言うの? それでも商人の息子?」
「商人は関係ないだろ! それにセラスには世話してもらったけど、セラスの兄弟の世話にはなってない! 恩も何もない!」
「じゃあ、私1人で育てろって? それはちょっと冷たいんじゃないの」
ゴードンの小さな鼻を指で弾けば、「ぷぁっ!」と悲鳴が上がる。彼は鼻を押さえながら、不思議そうに首を傾げた。
「……どうしてセラスが育てるんだ? おばさんが居るのに」
「母さんも父さんも仕事があるのよ、働きながら育てられる訳ないじゃない。商会長に言えば、時短労働にはしてもらえるかも知れないけれど……何ヵ月も休んだら復職できないもの。商会に連れて行くにしても、あそこのベビーシッターは私だし」
「そうか……そうだよな、それは大変だ。じゃあセラスは、家でも商会でも子供の面倒を見ないといけなくなるのか」
真剣に思案するゴードン。今まさに、家で子供の面倒を見ているのだけれど――と言えば、きっと気を悪くするだろうと思って口にしなかった。
母は私を育てる時も、抱っこ紐で背中に縛り付けたまま商会の受付に立っていたのだ。当時子供の居なかった商会長は「職場に子供が居るだけで楽しい」と好意的だったらしいが、共に働く女性職員からすれば、あまり快いものではなかっただろう。
だからこそ私の自我がハッキリするまでは、何かにつけてネチネチと因縁を付けられていたのだ。
きっと私の妹か弟もそうなるだろう。むしろ、私が居るのだから任せればいいとなるはずだ。それは別に、苦でもなんでもない。
ただ、商会で子供の面倒を見る時、母を求めてメソメソと泣く子を何人も見てきた。私の妹か弟も母を求めて毎日泣くかも知れないと思うと、何やら不憫だった。
「うーん……じゃあセラス1人に任せたら大変だし、俺も学校が終わったら頑張って手伝うよ」
「手伝うって言うか、一緒に遊んでくれればそれで良いのよ」
「分かった。でも、俺の宿題を見る時間をなくすのだけはダメだからな? 飯もここで食べるんだ。俺は仕方なく手伝うだけだぞ、本当はセラスの妹も弟も好きじゃないんだから」
ふん、と顔を逸らすゴードンに、会ったこともないのに好きも嫌いもないだろうと肩を竦めた。宿題の時間もご飯の時間も、今まで通りにとれる保証なんてない。まあ多感な時期なのは彼も同じだ、ハイハイと頷いて転がしている方が楽だろう。
私はゴードンの頭を撫でて、ありがとうと笑った。
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