人を愛するのには、資格が必要ですか?

卯月ましろ@低浮上

文字の大きさ
6 / 64

第6話

しおりを挟む
 母の腹は順調に膨らんで、私が15歳になる頃には臨月を迎えていた。もういつ生まれてもおかしくないだろう。私は毎日ソワソワしながら、眠る前に母の腹を撫でた。
 両親はとても幸せそうで、私を妊娠していた時もこれくらい慈愛に満ちた表情を浮かべていたのかと思うと、何やらくすぐったかった。

「セラスは大人になったら、何になりたいんだ?」
「大人になったら? そうねえ……ゴードンは、問答無用で商会を引き継ぐんだものね」

 10歳になったゴードンは、相変わらず私を傍に置いていた。宿題を見ないと不機嫌になるし、自宅で1人ご飯を食べようものなら不貞腐れる。

 遅ればせながら、彼が入浴を嫌がったのは同じ学校のませた友人から「お前、セラス姉ちゃんの裸見てるんだろ? どんなのか教えろよー!」と、揶揄されたからだと知った。
 それがよほど恥ずかしかったのか、上手く嘘をつけないゴードンは「セラスと一緒に風呂なんて入らないから、分からない」という状況を作りたかったらしい。

 その『恥ずかしい』が裸云々ではなく、大して美人でもない私との関係を友人に邪推されたから――ではないことを祈るばかりだ。そうして後ろ向きの考えに浸るほど、この頃の私は自信がなかった。容姿に関する嫌な出来事が、それだけ多かったのだ。

「私、学校の先生になりたいのよ。学校じゃなくてもいいわ、保育所でも、教会でも、子供が居る場所ならどこでも」
「先生か――確かにセラスは人にモノを教えるのが上手いから、向いていると思うけど……」
「ふふ、ありがとう。でも誰にも言わないでよ、試験に落ちたら恥ずかしいもの」

 まだ両親には話していない夢物語だが、学校の成績は悪くなかった。資格だって必死に勉強すれば取れるはずだ。たいして給与が良い訳ではないけれど、子供と接するのが何よりも好きな私にとっては、天職のように思えた。

 それもこれも、10歳になってもいまだに勉強を教えろと要請してくる幼馴染のお陰かも知れない。このカルガモは子供の愛らしさだけでなく、子供に何かを教える喜びまで教えてくれたのだ。

「先生の勉強、してるのか? もう?」
「こっそりね」
「そうか……俺は勝手に、セラスはずっと商会に居るんだと思ってた」
「子守として?」

 それはそれでやり甲斐があるとは言え、やはり母だけでなく娘の私までコネで就職するのははばかられた。決して母を非難する訳ではなく、自分の力で教員になって、自分の力で生きていきたいのだ。恐らくこういう我の強いところが「可愛げがない」と言われる所以ゆえんなのだろう。

「子守も良いけど、セラスは勉強ができるから……受付や事務員どころか、その……け、経理を任せられるだろ?」

 ゴードンの言葉に、私は思いきり噴き出した。そのまま声を上げて笑えば、彼は耳まで赤くして顔を背けている。

 あの商会には代々、『経理』は商会長のが担う、というしきたりがあるのだ。だから現商会長の妻――ゴードンの母が、経理として働いている。
 一人息子のゴードンは次期商会長だ。彼を出産する際に衰弱して死にかけた母親は、もう妊娠は二度と考えられないと言っていた。その彼が経理を任せたいと言う意味を理解できぬほど、私は愚鈍ではない。

「生意気なカルガモめ、一丁前にプロポーズしたつもり? 私のあとを追いかけるのを辞めてからにしなさいよ」
「カルガモじゃない! それに、ぷ、プロポーズなんか、セラスにする訳ないだろ!? ただ、俺が商会長になった時には古いしきたりをなくして、賢いヤツを経理にすれば良いと思ってるだけだ!」

 真っ赤な顔でしどろもどろになりながら弁明する幼馴染を見て、私はハイハイと頷いた。
 実は商会長夫妻が、前々から私とゴードンの結婚を望んでいることは知っていた。ただ直接打診があった訳ではなくて、両親に対して「うちの息子はセラスを気に入ってるし、どうかと思って――」なんて冗談交じりに言っているだけだ。

 ゴードンが私を気に入っているなんて、そんなもの当然のことなのに。姉弟のように育ったし、彼はまだ幼いから女性のが分かっていないだけ。近場に居る私に固執しているだけなのだ。仕事ができる賢い女性が良いのではない、意思表示ができる女性が良いのでもない。
 世間的にはただ美しくて、愛嬌があって、なんでも許してくれるほど大きな度量をもつ女性が良いのだ。

 いつか彼も、そのに気付く日が来る。そうなったらもう二度と私を経理になんて言わないだろう。

「賢いと言ってもらえて嬉しかったけれど、今の話は聞かなかったことにするわね」
「――聞かなかったことに? な、なんでだよ!」

 あれだけプロポーズではないと喚いたくせに不貞腐れるのだから、本当に難しい。私は苦く笑って続けた。

「まあ、もし20歳過ぎてもまだ私を経理にしたいんだったら、その時はまともなプロポーズしなさいよね。今みたいな言い方したら、絶対に頷かないわよ」
「い、言ったな!? 俺は記憶力が良いんだ、絶対に忘れないからな! ――あ! いや! 契約書をつくろう! 羊皮紙もってくる!」
「ちょっと、ゴードン! あれ1枚いくらすると思ってるのよ、ダメに決まってるでしょ!」

 いずれは離れていくにしても、今はまだ傍に居たい。誰よりも、両親よりも私を過大評価してくれる――平凡な私をちょっと特別な女にしてくれる、幼馴染の傍に。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...