人を愛するのには、資格が必要ですか?

卯月ましろ@低浮上

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第19話

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 母は申し訳なさそうな顔をして、カガリの背中をトントンと叩いた。

「ごめんね、ママの言い方が悪かった。何も恥ずかしくないわ、恥ずかしい訳がないじゃない……カガリはこんなにも可愛くて、甘え上手の世渡り上手なのよ? ――恥ずかしいのはセラスの方」
「お姉ちゃんが……?」
「ええ、そうよ。カガリと違って可愛くもないし、甘え下手だし、商会の仕事ぐらいしかやることがないんだもの。あなたははならないでね、ひとつも人を頼れない人生なんて惨めだわ」
「おい……!」

 私は耳を疑って、そして「まあ、そうよね」と1人と納得する。あまりの言い草に父が諫めるような声を出したが、正直どうでも良かった。
 前々から母にどう思われているのかなんてことは分かっていたのだ。面と向かってハッキリと口にするかどうかの差。むしろ言ってくれて清々したくらいだ。

 ――ただ、そこまで言われるほど、私の生き方は間違っていたのかと思わずにはいられない。

 そもそも心が弱くてひとつも頼りなかったのは誰だ? 甘えさせてくれなかったのは誰だろうか?
 教師の夢を捨ててまで家族に尽くしたのに、カガリの教育に加わるのはダメだと言うから家に帰らないようにしていたのに、それを「仕事ぐらいしかやることがない」なんて言われる筋合いはない。

「ママもパパも、カガリが一番可愛いのよ。だからセラスは、皆から愛されるあなたに嫉妬しているの。自分には逆立ちしたってできないことだから……それできっと、周りの人にカガリの悪口を言っているんだわ。「私は何歳で仕事したのに」「カガリは1人じゃ何もできない」って――」
「――ねえ、もう良いわよ。そんなに可愛いカガリと私を比べられるのが嫌なら、今日からゴードンの家に住まわせてもらうわね。どうせもうすぐ結婚するんだし、ちょうどいいわ」

 私はさっさと椅子から腰を上げると、荷造りをするために自分の部屋へ行こうと足を踏み出した。父が「落ち着け! お前も言い過ぎだぞ、セラスに謝りなさい」なんて言っていたけれど、私は――母も頑なだった。

「もう、セラスのことはいい! 私、疲れたのよ! 本当に可愛げがないんだから……!」
「え……ま、ママ、パパ、お姉ちゃんどこ行くの? ケッコンて何? ねえ――」

 背後で喚く母とそれを必死に宥める父、そして戸惑う妹。それら全てを無視して自室へ戻ると、大きな旅行鞄を引っ掴んで服や私物を乱暴に詰め込んだ。
 走った訳でもないのに息が荒くて整わないのは、ただ怒っているからだ。泣きそうになんかなっていない、これしきのことで私が泣くはずない。

 詰め込めるだけ詰め込んだら、一秒でも早くこの家を出たいと思って勢いよく立ち上がった。多少荷物が残っていたって構わない、今すぐにでもゴードンの顔が見たいのだ。
 鞄を2、3個肩にかけて、片手でキャリーケースを転がす。まるで夜逃げ――まるでも何もない、これは夜逃げだ。

 家族に対する挨拶すら不要に思えて、私は真っ直ぐに玄関へ向かった。すると、慌てたように小さな足が近付いてくる。

「お、お姉ちゃんどこ行くの!? やだ、行かないで!! ケッコンなんて絶対にだめ! ずっとカガリの傍に居て!」
「……また来るから」

 心にもないこと言って扉を開くと、間近に雷でも落ちたのかと思うほど大きな泣き声が響き渡った。
 可愛い顔を涙と鼻水でグチャグチャにしたカガリが、先ほど以上にボロボロと泣きながら「い゛ぃやぁだぁああ゛あぁ!」と叫んでいる。

 妹が悪い訳じゃないことは分かっている。彼女だって母の被害者だ。
 ――でも、そもそもあの子が「姉と比べられたくない」なんて言い出さなければ、何事もなく仮面家族を続けられたのに。いっそ自分の言動が恥ずかしいなんてことに一生気付かぬまま、ただ馬鹿みたいに甘えていれば良かったのだ。

 私にだって我慢の限界はある。ここでヘラヘラ笑って家族に媚びるのは、絶対に違う。
 せっかくだから、姉として最後にできることをしよう。世の中には、泣いてもどうにもできないことがあると教えてやれば良いのだ。

 カガリに構わず家の外へ出ると、彼女は外履きも履かずに靴下のまま追いかけてきた。
 濁点混じりの悲鳴じみた声で、「嫌だ」「行かないで」「お姉ちゃん」を繰り返している。それでも振り返らずに進めば、やがてズシャッと転ぶ気配がした。

 その場に蹲って「うわぁあん」と赤ん坊のように泣き続けているカガリ。恐らく、私が起こしに来るのを待っているのだろう。
 もしも自分の足で立ち上がって追いかけて来たら、頭くらい撫でようかと思った。けれど、「比べられたくない」と言うくせにここぞの場面で甘えを出してくる妹に――あれだけ可愛かったはずのカガリに、私は嫌悪感に近いものを覚えた。

 ――母がだからだろうか?

 やがて、カガリの泣き声に混じって「それでも姉なの? この人でなし!」なんてふざけた暴言まで聞こえてきた。私は小さく笑みさえ漏らしながら、頼りになる婚約者の下へ急いだ。
 私が唯一、気兼ねなく頼れる人のところへ。
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