人を愛するのには、資格が必要ですか?

卯月ましろ@低浮上

文字の大きさ
19 / 64

第19話

しおりを挟む
 母は申し訳なさそうな顔をして、カガリの背中をトントンと叩いた。

「ごめんね、ママの言い方が悪かった。何も恥ずかしくないわ、恥ずかしい訳がないじゃない……カガリはこんなにも可愛くて、甘え上手の世渡り上手なのよ? ――恥ずかしいのはセラスの方」
「お姉ちゃんが……?」
「ええ、そうよ。カガリと違って可愛くもないし、甘え下手だし、商会の仕事ぐらいしかやることがないんだもの。あなたははならないでね、ひとつも人を頼れない人生なんて惨めだわ」
「おい……!」

 私は耳を疑って、そして「まあ、そうよね」と1人と納得する。あまりの言い草に父が諫めるような声を出したが、正直どうでも良かった。
 前々から母にどう思われているのかなんてことは分かっていたのだ。面と向かってハッキリと口にするかどうかの差。むしろ言ってくれて清々したくらいだ。

 ――ただ、そこまで言われるほど、私の生き方は間違っていたのかと思わずにはいられない。

 そもそも心が弱くてひとつも頼りなかったのは誰だ? 甘えさせてくれなかったのは誰だろうか?
 教師の夢を捨ててまで家族に尽くしたのに、カガリの教育に加わるのはダメだと言うから家に帰らないようにしていたのに、それを「仕事ぐらいしかやることがない」なんて言われる筋合いはない。

「ママもパパも、カガリが一番可愛いのよ。だからセラスは、皆から愛されるあなたに嫉妬しているの。自分には逆立ちしたってできないことだから……それできっと、周りの人にカガリの悪口を言っているんだわ。「私は何歳で仕事したのに」「カガリは1人じゃ何もできない」って――」
「――ねえ、もう良いわよ。そんなに可愛いカガリと私を比べられるのが嫌なら、今日からゴードンの家に住まわせてもらうわね。どうせもうすぐ結婚するんだし、ちょうどいいわ」

 私はさっさと椅子から腰を上げると、荷造りをするために自分の部屋へ行こうと足を踏み出した。父が「落ち着け! お前も言い過ぎだぞ、セラスに謝りなさい」なんて言っていたけれど、私は――母も頑なだった。

「もう、セラスのことはいい! 私、疲れたのよ! 本当に可愛げがないんだから……!」
「え……ま、ママ、パパ、お姉ちゃんどこ行くの? ケッコンて何? ねえ――」

 背後で喚く母とそれを必死に宥める父、そして戸惑う妹。それら全てを無視して自室へ戻ると、大きな旅行鞄を引っ掴んで服や私物を乱暴に詰め込んだ。
 走った訳でもないのに息が荒くて整わないのは、ただ怒っているからだ。泣きそうになんかなっていない、これしきのことで私が泣くはずない。

 詰め込めるだけ詰め込んだら、一秒でも早くこの家を出たいと思って勢いよく立ち上がった。多少荷物が残っていたって構わない、今すぐにでもゴードンの顔が見たいのだ。
 鞄を2、3個肩にかけて、片手でキャリーケースを転がす。まるで夜逃げ――まるでも何もない、これは夜逃げだ。

 家族に対する挨拶すら不要に思えて、私は真っ直ぐに玄関へ向かった。すると、慌てたように小さな足が近付いてくる。

「お、お姉ちゃんどこ行くの!? やだ、行かないで!! ケッコンなんて絶対にだめ! ずっとカガリの傍に居て!」
「……また来るから」

 心にもないこと言って扉を開くと、間近に雷でも落ちたのかと思うほど大きな泣き声が響き渡った。
 可愛い顔を涙と鼻水でグチャグチャにしたカガリが、先ほど以上にボロボロと泣きながら「い゛ぃやぁだぁああ゛あぁ!」と叫んでいる。

 妹が悪い訳じゃないことは分かっている。彼女だって母の被害者だ。
 ――でも、そもそもあの子が「姉と比べられたくない」なんて言い出さなければ、何事もなく仮面家族を続けられたのに。いっそ自分の言動が恥ずかしいなんてことに一生気付かぬまま、ただ馬鹿みたいに甘えていれば良かったのだ。

 私にだって我慢の限界はある。ここでヘラヘラ笑って家族に媚びるのは、絶対に違う。
 せっかくだから、姉として最後にできることをしよう。世の中には、泣いてもどうにもできないことがあると教えてやれば良いのだ。

 カガリに構わず家の外へ出ると、彼女は外履きも履かずに靴下のまま追いかけてきた。
 濁点混じりの悲鳴じみた声で、「嫌だ」「行かないで」「お姉ちゃん」を繰り返している。それでも振り返らずに進めば、やがてズシャッと転ぶ気配がした。

 その場に蹲って「うわぁあん」と赤ん坊のように泣き続けているカガリ。恐らく、私が起こしに来るのを待っているのだろう。
 もしも自分の足で立ち上がって追いかけて来たら、頭くらい撫でようかと思った。けれど、「比べられたくない」と言うくせにここぞの場面で甘えを出してくる妹に――あれだけ可愛かったはずのカガリに、私は嫌悪感に近いものを覚えた。

 ――母がだからだろうか?

 やがて、カガリの泣き声に混じって「それでも姉なの? この人でなし!」なんてふざけた暴言まで聞こえてきた。私は小さく笑みさえ漏らしながら、頼りになる婚約者の下へ急いだ。
 私が唯一、気兼ねなく頼れる人のところへ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

『すり替えられた婚約、薔薇園の告白

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢シャーロットは幼馴染の公爵カルロスを想いながら、伯爵令嬢マリナの策で“騎士クリスとの婚約”へとすり替えられる。真面目なクリスは彼女の心が別にあると知りつつ、護るために名乗りを上げる。 社交界に流される噂、贈り物の入れ替え、夜会の罠――名誉と誇りの狭間で、言葉にできない愛は揺れる。薔薇園の告白が間に合えば、指輪は正しい指へ。間に合わなければ、永遠に 王城の噂が運命をすり替える。幼馴染の公爵、誇り高い騎士、そして策を巡らす伯爵令嬢。薔薇園で交わされる一言が、花嫁の未来を決める――誇りと愛が試される、切なくも凛とした宮廷ラブロマンス。

皇帝の命令で、側室となった私の運命

佐藤 美奈
恋愛
フリード皇太子との密会の後、去り行くアイラ令嬢をアーノルド皇帝陛下が一目見て見初められた。そして、その日のうちに側室として召し上げられた。フリード皇太子とアイラ公爵令嬢は幼馴染で婚約をしている。 自分の婚約者を取られたフリードは、アーノルドに抗議をした。 「父上には数多くの側室がいるのに、息子の婚約者にまで手を出すつもりですか!」 「美しいアイラが気に入った。息子でも渡したくない。我が皇帝である限り、何もかもは我のものだ!」 その言葉に、フリードは言葉を失った。立ち尽くし、その無慈悲さに心を打ちひしがれた。 魔法、ファンタジー、異世界要素もあるかもしれません。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

処理中です...