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第31話
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商会長夫妻が言うには、母は頑なに「カガリが寂しがるから、セラスとゴードンの結婚を先送りにできないか」と言って聞かなかったらしい。
けれどカガリは約束通り母の説得をしてくれたらしく、翌日には打って変わって「予定通りゴードンが18歳になったら、2人を結婚させましょう」と言いに来た。
娘としては、母の厚かましくも恥ずかしい行動に顔が熱くなる思いだったけれど――まあ、彼との結婚さえ認めてくれるならば他に言うことはない。
ただ、散々振り回して迷惑をかけてしまった商会長夫妻には、頭が上がらない思いだ。私は今まで以上に仕事に打ち込むようになった。
下手をすれば実家で暮らしていた時よりも、残業する時間が増えたかも知れない。必死に働いて恩返ししなければ落ち着かないのだ。
この商会があったからこそ、良くも悪くも私の人生は変わった。あの2人が居たからこそ、ゴードンという唯一無二の存在と出会えた。だから未来の義理の両親には多大な恩義を感じている。
あとは純粋に仕事が楽しいということもあるし、ゴードンの家は商会から近いところにあって安心感もある。通勤する時間が短くなる分、仕事に時間を割ける。
幸いまだ若く体力が有り余っているし、体は健康そのもの。それでもどこか不調を挙げろと言うならば……うーん、月経痛が重いことぐらい? でもこれは数年前から続いている体質のようなものだし、毎月貧血と腹痛に苦しめられても我慢できるから全く問題ない。
妊娠、出産を経ればピタッと生理痛がなくなる人も居るらしく、私もそれを期待するしかない。
「お姉ちゃん、職員さん、こんにちは~お邪魔します」
「ああ、いらっしゃいカガリ」
――あの日の話し合い以来、カガリは商会に入り浸るようになった。しっかりと自分で母を説得したらしい。本当に泣き落としを使ったのかどうかは、恐ろしくて確認していない。
学校が終わったらそのままやって来て、夕方まで商会の中で過ごす。学校の宿題をして、大人しく職員のやりとりや動きを見て、社会人とは何か、大人とは何か学んでいるらしい。
子供好きの商会長夫妻も、私の母はともかくとしてカガリについては歓迎している。なんなら幼い頃の私のように、「商会の看板娘として、受付に立たせても構わない」なんて相好を崩しているくらいだ。
本当にありがたいことだけれど、あまりにカガリを可愛がりすぎているのではないかと、たまに不安になる。……別に、義理の両親まで彼女に独占されるのではないかと嫉妬している訳ではない――と、思う。
「カガリちゃん、今日も可愛いわねえ~いつ見てもパパそっくりで眼福だわ~。セラスも可愛いけどママ似だからね~」
「分かる~早く大きくならないかしら? 化粧美人のセラスを差し置いて、町一番の美女になるわよ」
「は~い、先輩たち~? そのやりとり、聞き飽きましたから~?」
嫌味ったらしく言うのではなく、あくまでも明るい冗談のように言われるからそれほど気にならない。「ごめんってば~」と舌を出す先輩は楽しそうで、何よりだ。
裏で隠れて陰口を叩かれることと比べたら、目の前で言ってくれる先輩たちのなんと清々しいことか。
カガリは「えへへ~」と照れくさそうに笑っているが、細められた瞳には「そんなの、当然でしょ?」なんて傲慢さも透けて見えた。この子は本当に要領よく成長しつつある。
「今日も来たのか、本当に暇なヤツだな」
「……ねえお姉ちゃん、今日もお義兄ちゃんが感じ悪い」
――それもこれも、ズケズケと酷い言葉をぶつけまくるゴードンのお陰だろう。
彼が歯に衣着せぬ苦言を呈せば呈すほど、カガリは常識と上手い立ち回り方を学んでいく。どういう言動が人から嫌われるか、好かれるか。人の懐に入り込むためには、どんな話し方をすれば良いのか……商人として優秀な成績を上げる、ゴードンの手ずから教育されているようなものだ。
あれだけ幼く癇癪もちだったカガリは、もうどこにも居ない。傲慢さは残っているけれど、それすらも「自信があって堂々としている」なんて利点に取られるほど、賢い立ち回りをするようになってきた。
今まで母に「何もできない子」として、様々なことを禁じられてきたカガリ。これまで実力を奮う機会を得られなかったが、どうも彼女は元々やればできる子だったようだ。
勉強もできるし、学校から商会まで行き来するようになってからは体力もついた。よく人を観察するから、その人が何を求めているのか察する能力――サービス精神とでも言うのだろうか? そういった能力も高い。
あっと言う間に「可愛いだけのカガリ」は消えた。このまま成長すれば、彼女は本当に誰からも愛される女性になるだろう。
何でもできて、よく気が利いて、しかも容貌が美しい――そんな、完璧な女性に。天は二物どころか、三物も四物も与えることがあるようだ。
カガリはゴードンに「仕事の邪魔だから、さっさと中に入れと」と促されて、頬を膨らませながら奥へ向かった。
奥の部屋で宿題を終えたら、なんちゃって看板娘として受付を賑やかしに来るだろう。
「ところでセラス、今日も残るのか? たまには定時で帰っても良いんだぞ」
「ゴードンも商会長夫妻も残業するのに、私だけ帰るのは申し訳ないじゃない。一足先に帰って夕飯の準備を済ませると、「一緒に作りたかったのに」って凹んじゃうし……」
「あー……まあ、母さんもセラスが好きだからな」
商会長夫人が出産した念願の子供はゴードン、息子だった。年齢や体力的にも最初で最後のお産だったため『娘』は諦めるしかなかった。
だから、義理とはいえ娘になる私のことが可愛くて仕方ないらしい。とてもありがたいことだけれど、照れくさい。
「ウチとしては助かるけど、無理はするなよ。セラスの代わりは居ないから」
「……ええ、ありがとう」
こうして良くしてくれればくれるほど、もっと頑張らなければという気持ちになる。これからも商会のために尽くして、もっと大きな店にしよう。
けれどカガリは約束通り母の説得をしてくれたらしく、翌日には打って変わって「予定通りゴードンが18歳になったら、2人を結婚させましょう」と言いに来た。
娘としては、母の厚かましくも恥ずかしい行動に顔が熱くなる思いだったけれど――まあ、彼との結婚さえ認めてくれるならば他に言うことはない。
ただ、散々振り回して迷惑をかけてしまった商会長夫妻には、頭が上がらない思いだ。私は今まで以上に仕事に打ち込むようになった。
下手をすれば実家で暮らしていた時よりも、残業する時間が増えたかも知れない。必死に働いて恩返ししなければ落ち着かないのだ。
この商会があったからこそ、良くも悪くも私の人生は変わった。あの2人が居たからこそ、ゴードンという唯一無二の存在と出会えた。だから未来の義理の両親には多大な恩義を感じている。
あとは純粋に仕事が楽しいということもあるし、ゴードンの家は商会から近いところにあって安心感もある。通勤する時間が短くなる分、仕事に時間を割ける。
幸いまだ若く体力が有り余っているし、体は健康そのもの。それでもどこか不調を挙げろと言うならば……うーん、月経痛が重いことぐらい? でもこれは数年前から続いている体質のようなものだし、毎月貧血と腹痛に苦しめられても我慢できるから全く問題ない。
妊娠、出産を経ればピタッと生理痛がなくなる人も居るらしく、私もそれを期待するしかない。
「お姉ちゃん、職員さん、こんにちは~お邪魔します」
「ああ、いらっしゃいカガリ」
――あの日の話し合い以来、カガリは商会に入り浸るようになった。しっかりと自分で母を説得したらしい。本当に泣き落としを使ったのかどうかは、恐ろしくて確認していない。
学校が終わったらそのままやって来て、夕方まで商会の中で過ごす。学校の宿題をして、大人しく職員のやりとりや動きを見て、社会人とは何か、大人とは何か学んでいるらしい。
子供好きの商会長夫妻も、私の母はともかくとしてカガリについては歓迎している。なんなら幼い頃の私のように、「商会の看板娘として、受付に立たせても構わない」なんて相好を崩しているくらいだ。
本当にありがたいことだけれど、あまりにカガリを可愛がりすぎているのではないかと、たまに不安になる。……別に、義理の両親まで彼女に独占されるのではないかと嫉妬している訳ではない――と、思う。
「カガリちゃん、今日も可愛いわねえ~いつ見てもパパそっくりで眼福だわ~。セラスも可愛いけどママ似だからね~」
「分かる~早く大きくならないかしら? 化粧美人のセラスを差し置いて、町一番の美女になるわよ」
「は~い、先輩たち~? そのやりとり、聞き飽きましたから~?」
嫌味ったらしく言うのではなく、あくまでも明るい冗談のように言われるからそれほど気にならない。「ごめんってば~」と舌を出す先輩は楽しそうで、何よりだ。
裏で隠れて陰口を叩かれることと比べたら、目の前で言ってくれる先輩たちのなんと清々しいことか。
カガリは「えへへ~」と照れくさそうに笑っているが、細められた瞳には「そんなの、当然でしょ?」なんて傲慢さも透けて見えた。この子は本当に要領よく成長しつつある。
「今日も来たのか、本当に暇なヤツだな」
「……ねえお姉ちゃん、今日もお義兄ちゃんが感じ悪い」
――それもこれも、ズケズケと酷い言葉をぶつけまくるゴードンのお陰だろう。
彼が歯に衣着せぬ苦言を呈せば呈すほど、カガリは常識と上手い立ち回り方を学んでいく。どういう言動が人から嫌われるか、好かれるか。人の懐に入り込むためには、どんな話し方をすれば良いのか……商人として優秀な成績を上げる、ゴードンの手ずから教育されているようなものだ。
あれだけ幼く癇癪もちだったカガリは、もうどこにも居ない。傲慢さは残っているけれど、それすらも「自信があって堂々としている」なんて利点に取られるほど、賢い立ち回りをするようになってきた。
今まで母に「何もできない子」として、様々なことを禁じられてきたカガリ。これまで実力を奮う機会を得られなかったが、どうも彼女は元々やればできる子だったようだ。
勉強もできるし、学校から商会まで行き来するようになってからは体力もついた。よく人を観察するから、その人が何を求めているのか察する能力――サービス精神とでも言うのだろうか? そういった能力も高い。
あっと言う間に「可愛いだけのカガリ」は消えた。このまま成長すれば、彼女は本当に誰からも愛される女性になるだろう。
何でもできて、よく気が利いて、しかも容貌が美しい――そんな、完璧な女性に。天は二物どころか、三物も四物も与えることがあるようだ。
カガリはゴードンに「仕事の邪魔だから、さっさと中に入れと」と促されて、頬を膨らませながら奥へ向かった。
奥の部屋で宿題を終えたら、なんちゃって看板娘として受付を賑やかしに来るだろう。
「ところでセラス、今日も残るのか? たまには定時で帰っても良いんだぞ」
「ゴードンも商会長夫妻も残業するのに、私だけ帰るのは申し訳ないじゃない。一足先に帰って夕飯の準備を済ませると、「一緒に作りたかったのに」って凹んじゃうし……」
「あー……まあ、母さんもセラスが好きだからな」
商会長夫人が出産した念願の子供はゴードン、息子だった。年齢や体力的にも最初で最後のお産だったため『娘』は諦めるしかなかった。
だから、義理とはいえ娘になる私のことが可愛くて仕方ないらしい。とてもありがたいことだけれど、照れくさい。
「ウチとしては助かるけど、無理はするなよ。セラスの代わりは居ないから」
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