人を愛するのには、資格が必要ですか?

卯月ましろ@低浮上

文字の大きさ
39 / 64

第39話

しおりを挟む
「――これが後になってセラスの耳に入って、離婚騒動にまで発展すると困るから……今のうちにゲロっておこう。俺がどれだけ計算高くて、イヤなヤツか」
「良いわね、面白そう。話してごらんなさい」

 知らぬ間に彼の術中に嵌っていたということだろうか? 詳しく聞いてみないことには分からないけれど、私は割とが好きなのだ。人の何倍も考えて、諦めずに考え続けて、何かを掴み取る人が。

 思考を放棄するのも諦めるのも容易いけれど、その逆は難しい――私が正に、そうやって楽な道を選んで生きてきた人間だ。私にできないことをやれる人というのは、好ましいし尊敬する。

 とんでもない地雷の可能性もあるけれど、なんだかワクワクした。ベッドの上から身を乗り出して、床に寝そべるゴードンの肩をペシペシと叩く。するとすぐさまギュッと手を握られて、私も握り返した。

「俺が物心ついた頃には、もうセラスが居ただろ? たぶん一番古い記憶で言うと、3歳とか4歳とかで……セラスは今のカガリぐらいだった」
「そうね。商会で働く母について来て、なし崩し的に子守の仕事をもらったから。……そういえば私、あなたのオムツを替えたこともあるのよね」
「――それは今すぐに忘れて欲しい」

 ゴードンは、ばつが悪そうに「ンンッ」と喉を鳴らした。それがおかしくてまた笑って、「それで?」と続きを促す。

「母さんも父さんも同じ建物内には居たけど、結局仕事があるから俺の相手ばかりしていられない。当時の俺を誰よりも世話していたのは、間違いなくセラスだ」
「ええ」
「初めはたぶん、刷り込みに近かった。世話をしてくれるのがセラスだったから、自然と追いかけるようになって――でも昔は俺の他にも子供が居て、セラスは全員を平等に世話した。結局、全員が刷り込みでお前を求めているのを見て……何か違うと思った。色んなことが気に入らなくて、どうすれば俺だけ見てくれるのか考えるようになった」
「違うって何よ、変なの」
「他のヤツらは刷り込みで、俺のは恋だったってこと」

 彼の他にも私を――『保護者』として――求める雛鳥たちを客観的に見た時、ハッと我に返ったらしい。
 ただ世話をしてくれるのが、一番構ってくれるのが手近に居る私だったというだけ。単なる依存を、まるで拙い恋愛感情のように勘違いしている子供たちを見たら、冷静になったのだと言う。

 ――そうして明確になったのは、驚くことに「俺のは依存や勘違いとは違う、だ」ということ。

「セラスが他の子供の相手をすると苛立つし、俺を見ていないと不安で気が狂いそうだった」
「だけど、それこそ恋愛感情というよりも「お母さんを他のお友達にとられたくない~」っていう欲求と焦りじゃないの?」
「どれだけ子供の面倒を見たって、セラスが母親に成り代わることはない。俺には――他の子供たちにだって、母親が居る。よくて姉だろう」
「……それもそうね。10歳にも満たない母親なんて居る訳がないし、なんだか恥ずかしい思い上がりをしていた気分だわ」

 言われてみればその通りだった。どれだけ子供の世話をしたところで、本物の母親が居る限り私は代用品でしかない。ただの世話係のお姉さんといったところで、いくら刷り込みがされていたって家に帰ればちゃんとした母親が居るのだから。

「そこからは、セラスを観察することに尽力した。どういう時に喜ぶのか、どうされると嬉しいのか」
「へえ……私はどういう時に喜んだの?」
「……誰かに強く依存された時。しつこく追いかけても喜ぶし、ワガママを言って振り回しても、必死に応えようと心を砕いてくれた。とにかく頼りにして、思う存分甘えるだけで――たぶんセラスも俺に、徐々に依存した」

 手を握る力が強まって、なんとも言えない複雑な気持ちになった。まだ商人のイロハも教わっていない頃から、なんて恐ろしい子供だったのだろうかと。

「セラスはいつも1人で立とうと躍起になっていたから、それを邪魔すると……変に助けようと手を出すと、反発する。だから邪魔だけはしないように、陰から見守る程度に留めた。もしもの時に支える準備だけは怠らずに、セラスが気持ちよく過ごせるように散々甘えて、商会じゃなくて家に通えとワガママを言って独占した」
「あなたって、私よりも私に詳しいのね」
「何年見てると思っているんだ? 強がってばかりで可愛げのないお前が、本当に――昔から好きで仕方がない。だから、いつ折れても助けられるように体を鍛えて、勉強して、仕事した。セラスに頼られるのも、甘えられるのも俺だけで良い。セラスを助けるのも俺だ、きっと守れるのも俺だけで……こんなにも守りたいと思う相手は、他に居ない」
「……ちょっと趣味も悪くて、将来が心配だわ」

 段々照れくさくなってきて茶化すように言えば、ゴードンは「セラスが俺の妻の座に大人しくついてくれれば、これ以上悪趣味に拍車がかかることはない」と自信満々に言い放った。

 何やら、一体私のどこが良いのかしら? なんて悩んでいたことが一気に馬鹿馬鹿しくなった。特別で明確な理由などなくても、これと言ったキッカケなんてなくても、人は人を好きになるし強く求めるのだ。
 むしろゴードンの『好き』の重さに気後れしそうなレベルで、カガリがどうとか取り柄がどうとか言っている場合ではない。

「前に、俺だけ居れば良いと言ってくれただろう? セラスがセラスで居られるのは、俺の傍だけだと……カガリがピーピー泣いていた時」
「え? あ、ああ……ええ、そうね」
「あれも嬉しかったが、いつかセラスの口から「好き」を聞きたい。今はまだ、たぶん俺の頑張りが足りないんだろうけど――結婚して、商会も世間体も何もかも関係なく、ただを好きになった時に聞かせて欲しい」

 ――そんなもの、ずっと前から好きなのに。

 ただ、どうすべきか少しだけ悩んだ。悩んだというか、照れくさかった。今更どの面下げて「ずっと前から好きでした」なんて言うのだ? いや、でもいい加減伝えなければ、なんだかこのまま一生「好き」を口にできない気がする。

 私は意を決して、静かに息を吸った。そうして口を開きかけると、暗くて何も見えないだろうに気配を察したのか「待った!」とストップがかかる。

「今は……その、今言われると、俺がワガママで無理やり言わせたみたいだから……それはちょっと、納得できないというか――日を改めて頂きたい。できれば1か月以上空けて欲しい」
「――ップ、何よソレ? もう……はいはい、承知いたしました」

 思いきり噴き出して、ひとしきり笑った後に「おやすみ」を言う。床から「おやすみ」が返ってきて、満ち足りた気持ちで目を閉じる。
 どうやら繋いだ手は離してもらえないようで、これは明日の朝腕が痺れているだろうなと思いつつ――でもまあ、それも良いかと口元を緩めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...