43 / 64
第43話
しおりを挟む
このまま盗み聞きするのも人としてどうかと思う反面――体調不良も忘れて、一体私の何がそんなに気に入らないのか、確認してやろうじゃないかという気にさせられた。……こういうところが可愛げ以下省略。
しかし扉の前で息を潜めていると、すぐ勘違いに気付かされる。
「確かに優秀なのは認めるけどなあ、まだ18だぞ。代々一族で引き継いできた商会だから、血筋が全てなのは分かるが複雑で……まさか自分の息子より若いのが次期商会長とは」
「ゴードンが二十歳になれば商会長と交代するなんて話も出ていますよね。現商会長が就任したのは三十半ばだったのに――まあ、跡継ぎをつくるのが遅れて、商会長夫妻がご高齢だというのもあるんでしょうけど」
「……そもそもゴードンの成績、婚約者だからってちゃっかりセラスの営業分まで加算されているだろう? あの女もやり手だよ――負けん気が強くて可愛げがないと思わせておいて、しっかり内助の功か。未来の旦那のために裏で甲斐甲斐しく支えている訳だ」
「はは、夜も包容力というか、安定感がありそうですしねえ。そこは次期商会長が羨ましいですよ」
「おっ、課長! 今のご時世その発言は危険すぎるぞ!」
ドッと大きくなった笑い声に、不快になれば良いのか恐縮ですと頭を下げれば良いのか、よく分からなかった。
いや、ゴードンを揶揄することは不快なのだ。本人が居ないからとセクハラ発言をされていることも。
確かに私が営業で取り付けた契約のうちいくつかは、「あなたの方が向いている分野だから」という理由をつけてゴードンに流したことがある。けれど彼自身が優れていることは間違いないし、私の支えなどあってもなくても成績は変わらないだろう。
とはいえ、意外と私の動きを評価してくれているのかと思うと――何やら、照れくさかった。
裏で前時代的なんて揶揄して悪かったなと反省しつつ、しかし今更どの面下げて声を掛ければ良いのか分からず踵を返した。今「あの~」なんて声を掛ければ、私が盗み聞きしたことまでバレてしまう。
後で「ゴードンに告げ口するのでは?」なんて疑われるのも面倒だ。そんな女々しいことはしないし、嫉妬からくるやっかみなんて好きなだけ言わせておけば良い。きっといずれ彼自身が実力で上司を黙らせるだろうから。
――とりあえず一旦受付まで戻り、2人がたばこ休憩を終えて帰ってくるのを待ってから、中抜けについて話せば良いだろう。
「でも部長、こんな噂知ってます? セラスのヤツ枕やってるんじゃないかって話ですよ」
階段を降りようと一歩踏み出して、耳を疑う言葉にそのまま動きを止めた。外から風が吹き込んで紫煙が運ばれてくる。
「女であれだけの成績を取ろうと思ったら、体でも使わないと無理ですよ。まあ仮に妹くらい美人だったら、なりふり構わず営業しなくたって顔だけで契約が取れたでしょうけど。妹もいずれウチで働くようになるんですかねえ、アレはいいブランドになりますよ」
「まさか、ゴードンが居てそんな手段が使える訳……いや、でも女のくせに生意気にも学があるからな。裏で上手くやっていたとしても不思議ではないか……仕事終わりに夜遅くまで取引先に入り浸るっていうのは、そういうことだったと?」
「筋が通っているでしょう?」
――何が筋だ? 評価なんて全くしてもらえていないではないか。
カッと顔が熱くなって、腹の痛みも吐き気も腹痛も、何もかも吹き飛んだ。嫉妬から生まれる揶揄なんて、好きなだけ言わせておけば良いと思っていたのに……いざ自分の陰口を耳にすると、「絶対に黙らせてやる」という気持ちにさせられた。
しかし今この場に殴り込むと「盗み聞きなんて、いかにも女の腐ったところが~」とかなんとか論点をすり替えられそうだから、必死に我慢する。
私は怒りで腸が煮えくり返りそうな思いを抱えながら階段を下りた。月経痛ごときで中抜けなんて、早退なんて冗談じゃない。そんな弱みを見せたらますます調子づくではないか。はいはい、さすが女、所詮は女――と。
そもそも結婚を前に不安になっていただけなのではないか? だって今、怒り以外に痛みなど感じないのだから。
段々と遠くなっていく声。最後私の耳に届いたのは、最早驚くことすらしない言葉だった。
「しかし、噂の出所はどこなんだ。適当なことを広めてゴードンの耳に入ったら面倒だろう」
「いや、それが母親らしいんですよ」
「母親って誰のだよ」
「誰って、セラスの。まあ謙遜というか、タチの悪い冗談だと思いますけどね。「娘さん、お姉ちゃんの方はなんでもできて羨ましい」なんて言われたら、躍起になって言い返すんですって。「セラスの仕事の成績が良いのは、女を武器にしているだけです。正攻法でなんでもできる人間なんて居ませんから、ズルをしているだけでしょう。本当に浅ましい」――って」
「ははあ……まあ、あの女もウチで働いていた時はちょっと陰険で、アレだったからなあ……全く、これだから女は怖い――」
私はただ唇を噛み締めて、受付まで戻ろうと歩を進めた。
家を出ても、直接的な関係がなくなったと思っても、まだ私の格を下げることで相対的にカガリの格を上げようとしているのか。そんな真似をしなくても、いずれカガリの実力だけで私など抜き去ってしまうだろうに……一体何がそれほど不安で、不満なのか。妹にとっても余計なお世話に違いない。
どうすれば、いつになれば私の存在は許されるのだろうか。上手く甘えられなくてごめんなさい、全て私が悪かったですと謝罪し続ければ良いのだろか?
どうして私だけでなく、散々お世話になった商会にまで迷惑のかかる嘘の噂を流せるのだろう。職員の女が枕営業しているなんて話をされたら、事実だろうがそうでなかろうが商会自体の信頼度も大幅に下がる――火のない所に煙は立たぬと受け取られてしまう。なぜそんな簡単なことすら分からないのか。
あとどれだけ商会に尽くせば、母と私がかけた迷惑料を支払い終わるのだろう。いつも助けてもらってばかりで、多少の残業や新規契約を取り付けたぐらいでは、恩を返せないのに――。
受付に戻ると、同僚がギョッとした顔をした。そしてすぐさま「あちゃあ」とばつの悪そうな顔をすると、私の肩を叩いて何も言わずに席へ着いた。
もしかすると私の怒りの形相を見て、「月経痛で中抜けなんて、して良い訳がないだろう」とすげなく断られたと受け取ったのかも知れない。
決して同僚の想像するようなことが理由で憤慨している訳ではないのだけれど、今は何も話したくないからありがたかった。やはり持つべきものは物分かりの良い友である。
しかし扉の前で息を潜めていると、すぐ勘違いに気付かされる。
「確かに優秀なのは認めるけどなあ、まだ18だぞ。代々一族で引き継いできた商会だから、血筋が全てなのは分かるが複雑で……まさか自分の息子より若いのが次期商会長とは」
「ゴードンが二十歳になれば商会長と交代するなんて話も出ていますよね。現商会長が就任したのは三十半ばだったのに――まあ、跡継ぎをつくるのが遅れて、商会長夫妻がご高齢だというのもあるんでしょうけど」
「……そもそもゴードンの成績、婚約者だからってちゃっかりセラスの営業分まで加算されているだろう? あの女もやり手だよ――負けん気が強くて可愛げがないと思わせておいて、しっかり内助の功か。未来の旦那のために裏で甲斐甲斐しく支えている訳だ」
「はは、夜も包容力というか、安定感がありそうですしねえ。そこは次期商会長が羨ましいですよ」
「おっ、課長! 今のご時世その発言は危険すぎるぞ!」
ドッと大きくなった笑い声に、不快になれば良いのか恐縮ですと頭を下げれば良いのか、よく分からなかった。
いや、ゴードンを揶揄することは不快なのだ。本人が居ないからとセクハラ発言をされていることも。
確かに私が営業で取り付けた契約のうちいくつかは、「あなたの方が向いている分野だから」という理由をつけてゴードンに流したことがある。けれど彼自身が優れていることは間違いないし、私の支えなどあってもなくても成績は変わらないだろう。
とはいえ、意外と私の動きを評価してくれているのかと思うと――何やら、照れくさかった。
裏で前時代的なんて揶揄して悪かったなと反省しつつ、しかし今更どの面下げて声を掛ければ良いのか分からず踵を返した。今「あの~」なんて声を掛ければ、私が盗み聞きしたことまでバレてしまう。
後で「ゴードンに告げ口するのでは?」なんて疑われるのも面倒だ。そんな女々しいことはしないし、嫉妬からくるやっかみなんて好きなだけ言わせておけば良い。きっといずれ彼自身が実力で上司を黙らせるだろうから。
――とりあえず一旦受付まで戻り、2人がたばこ休憩を終えて帰ってくるのを待ってから、中抜けについて話せば良いだろう。
「でも部長、こんな噂知ってます? セラスのヤツ枕やってるんじゃないかって話ですよ」
階段を降りようと一歩踏み出して、耳を疑う言葉にそのまま動きを止めた。外から風が吹き込んで紫煙が運ばれてくる。
「女であれだけの成績を取ろうと思ったら、体でも使わないと無理ですよ。まあ仮に妹くらい美人だったら、なりふり構わず営業しなくたって顔だけで契約が取れたでしょうけど。妹もいずれウチで働くようになるんですかねえ、アレはいいブランドになりますよ」
「まさか、ゴードンが居てそんな手段が使える訳……いや、でも女のくせに生意気にも学があるからな。裏で上手くやっていたとしても不思議ではないか……仕事終わりに夜遅くまで取引先に入り浸るっていうのは、そういうことだったと?」
「筋が通っているでしょう?」
――何が筋だ? 評価なんて全くしてもらえていないではないか。
カッと顔が熱くなって、腹の痛みも吐き気も腹痛も、何もかも吹き飛んだ。嫉妬から生まれる揶揄なんて、好きなだけ言わせておけば良いと思っていたのに……いざ自分の陰口を耳にすると、「絶対に黙らせてやる」という気持ちにさせられた。
しかし今この場に殴り込むと「盗み聞きなんて、いかにも女の腐ったところが~」とかなんとか論点をすり替えられそうだから、必死に我慢する。
私は怒りで腸が煮えくり返りそうな思いを抱えながら階段を下りた。月経痛ごときで中抜けなんて、早退なんて冗談じゃない。そんな弱みを見せたらますます調子づくではないか。はいはい、さすが女、所詮は女――と。
そもそも結婚を前に不安になっていただけなのではないか? だって今、怒り以外に痛みなど感じないのだから。
段々と遠くなっていく声。最後私の耳に届いたのは、最早驚くことすらしない言葉だった。
「しかし、噂の出所はどこなんだ。適当なことを広めてゴードンの耳に入ったら面倒だろう」
「いや、それが母親らしいんですよ」
「母親って誰のだよ」
「誰って、セラスの。まあ謙遜というか、タチの悪い冗談だと思いますけどね。「娘さん、お姉ちゃんの方はなんでもできて羨ましい」なんて言われたら、躍起になって言い返すんですって。「セラスの仕事の成績が良いのは、女を武器にしているだけです。正攻法でなんでもできる人間なんて居ませんから、ズルをしているだけでしょう。本当に浅ましい」――って」
「ははあ……まあ、あの女もウチで働いていた時はちょっと陰険で、アレだったからなあ……全く、これだから女は怖い――」
私はただ唇を噛み締めて、受付まで戻ろうと歩を進めた。
家を出ても、直接的な関係がなくなったと思っても、まだ私の格を下げることで相対的にカガリの格を上げようとしているのか。そんな真似をしなくても、いずれカガリの実力だけで私など抜き去ってしまうだろうに……一体何がそれほど不安で、不満なのか。妹にとっても余計なお世話に違いない。
どうすれば、いつになれば私の存在は許されるのだろうか。上手く甘えられなくてごめんなさい、全て私が悪かったですと謝罪し続ければ良いのだろか?
どうして私だけでなく、散々お世話になった商会にまで迷惑のかかる嘘の噂を流せるのだろう。職員の女が枕営業しているなんて話をされたら、事実だろうがそうでなかろうが商会自体の信頼度も大幅に下がる――火のない所に煙は立たぬと受け取られてしまう。なぜそんな簡単なことすら分からないのか。
あとどれだけ商会に尽くせば、母と私がかけた迷惑料を支払い終わるのだろう。いつも助けてもらってばかりで、多少の残業や新規契約を取り付けたぐらいでは、恩を返せないのに――。
受付に戻ると、同僚がギョッとした顔をした。そしてすぐさま「あちゃあ」とばつの悪そうな顔をすると、私の肩を叩いて何も言わずに席へ着いた。
もしかすると私の怒りの形相を見て、「月経痛で中抜けなんて、して良い訳がないだろう」とすげなく断られたと受け取ったのかも知れない。
決して同僚の想像するようなことが理由で憤慨している訳ではないのだけれど、今は何も話したくないからありがたかった。やはり持つべきものは物分かりの良い友である。
0
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
うわさの行方
下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。
すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。
戦場から帰るまでは。
三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。
ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる