人を愛するのには、資格が必要ですか?

卯月ましろ@低浮上

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第43話

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 このまま盗み聞きするのも人としてどうかと思う反面――体調不良も忘れて、一体私の何がそんなに気に入らないのか、確認してやろうじゃないかという気にさせられた。……こういうところが可愛げ以下省略。

 しかし扉の前で息を潜めていると、すぐ勘違いに気付かされる。

「確かに優秀なのは認めるけどなあ、まだだぞ。代々一族で引き継いできた商会だから、血筋が全てなのは分かるが複雑で……まさか自分の息子より若いのが次期商会長とは」
「ゴードンが二十歳はたちになれば商会長と交代するなんて話も出ていますよね。現商会長が就任したのは三十半ばだったのに――まあ、跡継ぎをつくるのが遅れて、商会長夫妻がご高齢だというのもあるんでしょうけど」
「……そもそもゴードンの成績、婚約者だからってちゃっかりセラスの営業分まで加算されているだろう? あの女もやり手だよ――負けん気が強くて可愛げがないと思わせておいて、しっかり内助の功か。未来の旦那のために裏で甲斐甲斐しく支えている訳だ」
「はは、も包容力というか、安定感がありそうですしねえ。そこは次期商会長が羨ましいですよ」
「おっ、課長! 今のご時世その発言は危険すぎるぞ!」

 ドッと大きくなった笑い声に、不快になれば良いのか恐縮ですと頭を下げれば良いのか、よく分からなかった。

 いや、ゴードンを揶揄することは不快なのだ。本人が居ないからとセクハラ発言をされていることも。
 確かに私が営業で取り付けた契約のうちいくつかは、「あなたの方が向いている分野だから」という理由をつけてゴードンに流したことがある。けれど彼自身が優れていることは間違いないし、私の支えなどあってもなくても成績は変わらないだろう。

 とはいえ、意外と私の動きを評価してくれているのかと思うと――何やら、照れくさかった。
 裏で前時代的なんて揶揄して悪かったなと反省しつつ、しかし今更どの面下げて声を掛ければ良いのか分からず踵を返した。今「あの~」なんて声を掛ければ、私が盗み聞きしたことまでバレてしまう。

 後で「ゴードンに告げ口するのでは?」なんて疑われるのも面倒だ。そんな女々しいことはしないし、嫉妬からくるやっかみなんて好きなだけ言わせておけば良い。きっといずれ彼自身が実力で上司を黙らせるだろうから。

 ――とりあえず一旦受付まで戻り、2人がたばこ休憩を終えて帰ってくるのを待ってから、中抜けについて話せば良いだろう。

「でも部長、こんな噂知ってます? セラスのヤツやってるんじゃないかって話ですよ」

 階段を降りようと一歩踏み出して、耳を疑う言葉にそのまま動きを止めた。外から風が吹き込んで紫煙が運ばれてくる。

「女であれだけの成績を取ろうと思ったら、体でも使わないと無理ですよ。まあ仮に妹くらい美人だったら、なりふり構わず営業しなくたって顔だけで契約が取れたでしょうけど。妹もいずれウチで働くようになるんですかねえ、アレはいいになりますよ」
「まさか、ゴードンが居てそんな手段が使える訳……いや、でも女のくせに生意気にも学があるからな。裏で上手くやっていたとしても不思議ではないか……仕事終わりに夜遅くまで取引先に入り浸るっていうのは、そういうことだったと?」
「筋が通っているでしょう?」

 ――何が筋だ? 評価なんて全くしてもらえていないではないか。

 カッと顔が熱くなって、腹の痛みも吐き気も腹痛も、何もかも吹き飛んだ。嫉妬から生まれる揶揄なんて、好きなだけ言わせておけば良いと思っていたのに……いざ自分の陰口を耳にすると、「絶対に黙らせてやる」という気持ちにさせられた。

 しかし今この場に殴り込むと「盗み聞きなんて、いかにも女の腐ったところが~」とかなんとか論点をすり替えられそうだから、必死に我慢する。

 私は怒りではらわたが煮えくり返りそうな思いを抱えながら階段を下りた。月経痛ごときで中抜けなんて、早退なんて冗談じゃない。そんな弱みを見せたらますます調子づくではないか。はいはい、さすが女、所詮は女――と。
 そもそも結婚を前に不安になっていただけなのではないか? だって今、怒り以外に痛みなど感じないのだから。

 段々と遠くなっていく声。最後私の耳に届いたのは、最早驚くことすらしない言葉だった。

「しかし、噂の出所はどこなんだ。適当なことを広めてゴードンの耳に入ったら面倒だろう」
「いや、それがらしいんですよ」
「母親って誰のだよ」
「誰って、セラスの。まあ謙遜というか、タチの悪い冗談だと思いますけどね。「娘さん、お姉ちゃんの方はなんでもできて羨ましい」なんて言われたら、躍起になって言い返すんですって。「セラスの仕事の成績が良いのは、を武器にしているだけです。正攻法でなんでもできる人間なんて居ませんから、ズルをしているだけでしょう。本当に浅ましい」――って」
「ははあ……まあ、あの女もウチで働いていた時はちょっと陰険で、だったからなあ……全く、これだから女は怖い――」

 私はただ唇を噛み締めて、受付まで戻ろうと歩を進めた。

 家を出ても、直接的な関係がなくなったと思っても、まだ私の格を下げることで相対的にカガリの格を上げようとしているのか。そんな真似をしなくても、いずれカガリの実力だけで私など抜き去ってしまうだろうに……一体何がそれほど不安で、不満なのか。妹にとっても余計なお世話に違いない。

 どうすれば、いつになれば私の存在は許されるのだろうか。上手く甘えられなくてごめんなさい、全て私が悪かったですと謝罪し続ければ良いのだろか?

 どうして私だけでなく、散々お世話になった商会にまで迷惑のかかる嘘の噂を流せるのだろう。職員の女が枕営業しているなんて話をされたら、事実だろうがそうでなかろうが商会自体の信頼度も大幅に下がる――火のない所に煙は立たぬと受け取られてしまう。なぜそんな簡単なことすら分からないのか。

 あとどれだけ商会に尽くせば、母と私がかけた迷惑料を支払い終わるのだろう。いつも助けてもらってばかりで、多少の残業や新規契約を取り付けたぐらいでは、恩を返せないのに――。

 受付に戻ると、同僚がギョッとした顔をした。そしてすぐさま「あちゃあ」とばつの悪そうな顔をすると、私の肩を叩いて何も言わずに席へ着いた。
 もしかすると私の怒りの形相を見て、「月経痛で中抜けなんて、して良い訳がないだろう」とすげなく断られたと受け取ったのかも知れない。

 決して同僚の想像するようなことが理由で憤慨している訳ではないのだけれど、今は何も話したくないからありがたかった。やはり持つべきものは物分かりの良い友である。
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