人を愛するのには、資格が必要ですか?

卯月ましろ@低浮上

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第44話

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 定時を迎えた同僚から「あまり無理をしないように」と再三忠告を受けて、引きつった笑顔で手を振って送り出した。あの盗み聞きの一件以降、私は苛立ちから上手く笑えていない。
 ずっとムカムカして、胸がずっしりと重くて――少しずつ体調不良も戻ってきてしまったようで、頭痛と腹痛も復活して最高に最悪なコンディションだ。

 しかし、恐らく今日にでも第二倉庫の片付けは終わる。これさえ終われば堂々と定時退社して、病院へ――というか、ふと気付けば明日は休日なのだ。普通に明日の朝病院へ行けば良いだけの話であった。

「――ああ! もう! 悔しい!」

 1人きりの倉庫作業だからと、思い切り悪態をつきながらドスンと台を置いた。台を使えば上下の二段構えで物品を収納できると気付き、限られたスペースを有効活用しようと考えた末の策だ。折りたたみのテーブルはいくらでも在庫があるし、宝飾品はそれほど重量も、数量もない。

 ――それはそれとして、苛立ちが収まらなくて困る。

 いつまでも私を攻撃してくる粘着質な母親も、それを止めない父親も。多大な恩義のある商会に迷惑ばかりかける自分が嫌になって、ただ美しいだけでなくメキメキ頭角を現す可愛い妹までも、疎ましく思ってしまう。

 一体何が、誰が、いつから……どこから間違ったのだ? やはり私が自分のことばかり優先してきたのが悪いのか。大した取柄もないくせに、全く釣り合わないゴードンという有望株を手中に収めたのがそんなに悪いことなのか?

 よくて『普通』の人間は、普通の幸せしか望んではいけないのだろうか。日常生活を送る中でなんの危険もない私の傍ではなく、ただ生きているだけで危険が付き纏う美しい妹にゴードンを譲れと?

「冗談じゃないわよ」

 他のものを渡すのは構わないが、彼だけはいけない。ただ好ましいという理由だけでなく、多くの人間から「可愛い」と愛される妹と違って私にはゴードンしか居ないのだ。執着して当然だろう。

 ――上司だって、カガリの顔だけでも多大な価値があると捉えていた。商会の顔、ブランドにすれば彼女の存在だけで契約が取れると。

「その上、能力自体も優秀だと分かれば――」

 まだ8歳とはいえ、ゴードンの厳しいしごきに耐えているのだ。きっと素養があるに違いない、私の成績なんてすぐに追い越してしまうだろう。
 彼女が商会で働く頃、私は受付ではなく経理として働いているだろうから、姉妹で成績を争うことはないと思うけれど――。

 怒りと不安のせいか、体がどんどん重怠くなる。
 最後の箱を台の上に載せて、片付け自体は終わった。しかし達成感を噛み締めるよりも先に息苦しくなって、浅い呼吸を整えようとその場にしゃがみ込む。

「もう、もう……本当に最悪だわ。お腹は痛いし、頭は痛いし……気分も悪い」

 両膝を抱えて顔を伏せると、腹部を圧迫する姿勢をとったせいかドバッと熱いものが溢れた。とんでもない不快感に襲われるのと同時に、「あまりに出血し過ぎて、生理用品から漏れるのでは?」と不安になる。

 やるべき仕事は終わったし、さすがに第一倉庫の手伝いはできない。できないというか、非力な女なんて居ても邪魔にしかならないだろう。帰宅する前に、トイレで新しいものに交換してしまおうか――そう思って立ち上がると、「セラス」と聞き慣れた声が倉庫内に響いた。

「あら、ゴードン。第一の片付けも終わ――」
「……セラス!?」

 ゴードンに向けた笑顔は、あっという間に痛みで歪んだ。
 下腹部が今までの比ではないほど痛み、貧血のせいか目の前が真っ白になった。思わずお腹を押さえながら体をくの字に曲げて、再びしゃがみ込む。

 すぐ近くで焦った声が聞こえたけれど、顔を上げる余裕はないし、声を出すことすらできない。脂汗が噴き出して、吐き気も酷い。痛いところが多すぎて、どこが一番痛むのかも分からなくなる。

「セラス、すぐ病院へ行こう! 悪いが、少しだけ我慢してくれ……!」

 太い腕が腿の裏と腰に回されて抱き上げられる。彼が動く度に私の体まで揺れて、お腹が破裂してしまいそうなほど痛んだ。
 ――あまりの痛みに失神したのだろうか? 私の意識は、そこでぷつりと途切れてしまった。


 ◆


 ふと目が覚めると、見覚えのない薄暗い部屋だった。

 体が重くてぴくりとも動かせないし、相変わらず腹部が痛む。しかし先ほどのような鈍い痛みではなく、まるで燃えるような……内科的な痛みよりも、もっと外科的な痛みだ。

 鼻の奥、喉の奥に妙な圧迫感があって声すら出せずに、唇からスーと掠れた空気が漏れる。視界の端に映る口元から鼻にかけて覆う薄緑色のものは――まさか、酸素吸入マスク? もしかすると、ここは病院だろうか。

 横ではピッピッと規則正しい機械音が鳴っていて、ぼんやりとした頭が少しずつ冴えてくる。

 ――え、私、入院しているの? まさかただの月経痛ではなくて、何らかの手術をするほど重病だった言うこと……?

 唯一動かせる目で周りの様子を窺うと、シミひとつない真っ白な天井。私の眠るベッドは白いカーテンでぐるりと囲まれていて、外の様子は分からない。部屋の電気が点いていない辺り、夜なのだろうか――。

 何やら恐ろしくなってきて、心臓が早鐘を打つ。すると横で動く機械の音の鳴る間隔が一気に狭まって、何かの機器がけたたましい音を立てた。その音にもっと不安を煽られて、落ち着きを取り戻せなくなる。

 目が覚めてややあってから、ペタンペタンとサンダルの足音が近づいてきた。覗くようにそっとカーテンを開けられて、面識のない看護師さんが「ああ、目が覚めたんですね。先生を呼んできますから」と言って微笑んだ。
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