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第45話
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看護師さんの後にやって来た医者の先生の話は、「落ち着いて聞いてくださいね」なんて常套句から始まった。
「セラスさんは子宮筋腫という病気でした。腫瘍自体は良性のものですから、命に別状はありません」
満足に声を出すことができないので、ただ黙って先生の顔を見た。命に別状はないと聞かされて安心する反面、先生の表情が浮かないものだったので言い知れない不安を覚えた。
――恐らく、話を聞く前から自分で気付いていたのだ。何とも言えない喪失感に。
「初期症状で気付いた場合、問題のある筋腫の芽を取り除くだけで済むのですが――しかしセラスさんの場合、筋腫が大きくなりすぎていました。更に、子宮全体まで腫れ上がっていたため全摘出するしか……」
先生はそのまま「芽だけ切除するとなると出血も酷く、体力を消耗したセラスさんでは手術に耐えられなかった」とか「他に手はありませんでした。もう1年――いや、せめて半年早く気付いていれば全摘を免れたかも……」とか、色んな説明をしてくれていたように思う。
けれどもう、何もかもどうでも良かった。
――子宮がなくなった? それって、じゃあ、子供はどうなるのだろうか……なんて、答えの分かり切った疑問を抱いた。
先生の顔も看護師さんの顔も歪んで見えなくなって、痛む喉で掠れたしゃくり声を上げた。
開腹されたらしい腹部は熱く痛んで、腹の中も痛くて、空っぽな感じがする。でも何よりも痛んだのは胸の奥で、私はストンと、「ゴードンとは結婚できない」と理解したのだ。
商会唯一の跡取り息子であるゴードン。彼には、跡取りをつくらないという選択肢がない。
必ず結婚して子作りに励んで、それが無理なら愛人を作って励んで――そこまで頑張っても無理なら、諦めて養子をとる。それは、商会長夫人にあらかじめ忠告されていたことだ。もし私の体に問題があるならば、例えゴードンが愛人を作ったとしても文句を言えないと。
けれど今、心の底から「嫌だ、絶対に無理だ」と思ってしまった。
彼が他の女を見るのは耐えられない。そこに愛はなくても別の女を抱くところを想像したら悲しくて、悔しくて、身が引き裂かれそうだった。
しかしそれを耐えられなければ、商会長の妻として相応しくない。初めから無理だと分かっているなら、そもそも結婚すべきではないのだ。
きっと、ゴードンは「それでもセラスが良い」と言ってくれるだろう。最初から養子をとれば済む話だなんだと、どこまでも優しいことを言うのだろう。
でもソレは本当に最後の手段であって、最初から子供ができないと分かっている女との結婚なんて、周りが許すはずもなかった。
一族経営、血の繋がりこそが全てなのだ。ゴードンの方になんの問題もないなら「セラスのことは忘れて、別のまともな女性と結婚しなさい」で終わるだろう。だって、まだ血を繋げる余地があるのに、それを個人の感情だけで台無しにして良いはずがないではないか。
そういう責任も込みで跡取り、次期商会長だ。それらの責任、覚悟を「好き」という感情だけで曲げてしまえば、下手をすると次期商会長の座すら……両親との縁や仕事、積み上げてきた信頼すら失うのではないか。
――正直言って彼は、商会よりも両親よりも、私を選ぶだろう。
両親も社会的地位も何もかも捨てて、ただ迷いなく私を一番に選びそうな気がするのだ。いつかカガリが言っていた、舟の話を思い出したせいだろうか――。
それが死ぬほど愛おしくて、余計に悲しい。私は本当に足手まといでしかない。与えられてばかりで何も返せない、そんな関係は対等ではない。
無理を通して一緒になったとして、私は一生、彼に頭を上げられずに生きるのだろうか。「何もかも奪ってしまってごめんなさい」と謝罪しながら?
それでは、まるで母と対峙する時のような思いを抱えながら接することになる。私の唯一の癒しが、癒しではなくなってしまう。
腕すら挙げられずに流しっぱなしの涙を不憫に思ったのか、看護師さんが布で顔を拭いてくれた。クリアになった視界に映ったのは、今にも泣き出しそうなほど痛ましい顔をした看護師さんの顔だ。
同じ女性だから、私の痛みを分かってくれるのだろうか。……いや、分かるはずがない。もつ者にもたざる者の悲しみなど……痛みなど、分かられて堪るか。
最低な八つ当たりだと知りながらも、心がささくれ立ってダメだった。もう本当に何もかも嫌で投げ出したいのだ。
例え同僚の助言通り病院へ行っていたとしても、これは昨日今日の話ではないから無意味だったと分かっている。しかし、どうしてただの月経痛だなんて軽く見て、もっと早く自分の体と向き合わなかったのか。
私は今まで何をしていたのだろうか。働いて、それが何になるのか。今のご時世、子供を産めない女に価値なんてあるのだろうか。
周囲の人間は私を見て何を思うだろう。女のくせに生意気だったから罰が当たったとか? ざまあみろとか? ゴードンは……ゴードンは、誰のものになる? 商会長夫妻がやたらとカガリを可愛がっていることを知っているだけに、胸がざわついた。
どれだけ後悔したって時間は巻き戻せない。それは分かっているけれど、私は失ったものを全て取り戻したくて仕方がなかった。
「セラスさんは子宮筋腫という病気でした。腫瘍自体は良性のものですから、命に別状はありません」
満足に声を出すことができないので、ただ黙って先生の顔を見た。命に別状はないと聞かされて安心する反面、先生の表情が浮かないものだったので言い知れない不安を覚えた。
――恐らく、話を聞く前から自分で気付いていたのだ。何とも言えない喪失感に。
「初期症状で気付いた場合、問題のある筋腫の芽を取り除くだけで済むのですが――しかしセラスさんの場合、筋腫が大きくなりすぎていました。更に、子宮全体まで腫れ上がっていたため全摘出するしか……」
先生はそのまま「芽だけ切除するとなると出血も酷く、体力を消耗したセラスさんでは手術に耐えられなかった」とか「他に手はありませんでした。もう1年――いや、せめて半年早く気付いていれば全摘を免れたかも……」とか、色んな説明をしてくれていたように思う。
けれどもう、何もかもどうでも良かった。
――子宮がなくなった? それって、じゃあ、子供はどうなるのだろうか……なんて、答えの分かり切った疑問を抱いた。
先生の顔も看護師さんの顔も歪んで見えなくなって、痛む喉で掠れたしゃくり声を上げた。
開腹されたらしい腹部は熱く痛んで、腹の中も痛くて、空っぽな感じがする。でも何よりも痛んだのは胸の奥で、私はストンと、「ゴードンとは結婚できない」と理解したのだ。
商会唯一の跡取り息子であるゴードン。彼には、跡取りをつくらないという選択肢がない。
必ず結婚して子作りに励んで、それが無理なら愛人を作って励んで――そこまで頑張っても無理なら、諦めて養子をとる。それは、商会長夫人にあらかじめ忠告されていたことだ。もし私の体に問題があるならば、例えゴードンが愛人を作ったとしても文句を言えないと。
けれど今、心の底から「嫌だ、絶対に無理だ」と思ってしまった。
彼が他の女を見るのは耐えられない。そこに愛はなくても別の女を抱くところを想像したら悲しくて、悔しくて、身が引き裂かれそうだった。
しかしそれを耐えられなければ、商会長の妻として相応しくない。初めから無理だと分かっているなら、そもそも結婚すべきではないのだ。
きっと、ゴードンは「それでもセラスが良い」と言ってくれるだろう。最初から養子をとれば済む話だなんだと、どこまでも優しいことを言うのだろう。
でもソレは本当に最後の手段であって、最初から子供ができないと分かっている女との結婚なんて、周りが許すはずもなかった。
一族経営、血の繋がりこそが全てなのだ。ゴードンの方になんの問題もないなら「セラスのことは忘れて、別のまともな女性と結婚しなさい」で終わるだろう。だって、まだ血を繋げる余地があるのに、それを個人の感情だけで台無しにして良いはずがないではないか。
そういう責任も込みで跡取り、次期商会長だ。それらの責任、覚悟を「好き」という感情だけで曲げてしまえば、下手をすると次期商会長の座すら……両親との縁や仕事、積み上げてきた信頼すら失うのではないか。
――正直言って彼は、商会よりも両親よりも、私を選ぶだろう。
両親も社会的地位も何もかも捨てて、ただ迷いなく私を一番に選びそうな気がするのだ。いつかカガリが言っていた、舟の話を思い出したせいだろうか――。
それが死ぬほど愛おしくて、余計に悲しい。私は本当に足手まといでしかない。与えられてばかりで何も返せない、そんな関係は対等ではない。
無理を通して一緒になったとして、私は一生、彼に頭を上げられずに生きるのだろうか。「何もかも奪ってしまってごめんなさい」と謝罪しながら?
それでは、まるで母と対峙する時のような思いを抱えながら接することになる。私の唯一の癒しが、癒しではなくなってしまう。
腕すら挙げられずに流しっぱなしの涙を不憫に思ったのか、看護師さんが布で顔を拭いてくれた。クリアになった視界に映ったのは、今にも泣き出しそうなほど痛ましい顔をした看護師さんの顔だ。
同じ女性だから、私の痛みを分かってくれるのだろうか。……いや、分かるはずがない。もつ者にもたざる者の悲しみなど……痛みなど、分かられて堪るか。
最低な八つ当たりだと知りながらも、心がささくれ立ってダメだった。もう本当に何もかも嫌で投げ出したいのだ。
例え同僚の助言通り病院へ行っていたとしても、これは昨日今日の話ではないから無意味だったと分かっている。しかし、どうしてただの月経痛だなんて軽く見て、もっと早く自分の体と向き合わなかったのか。
私は今まで何をしていたのだろうか。働いて、それが何になるのか。今のご時世、子供を産めない女に価値なんてあるのだろうか。
周囲の人間は私を見て何を思うだろう。女のくせに生意気だったから罰が当たったとか? ざまあみろとか? ゴードンは……ゴードンは、誰のものになる? 商会長夫妻がやたらとカガリを可愛がっていることを知っているだけに、胸がざわついた。
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