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第49話
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夫人との話し合いを終えると、やがてゴードンと商会長が戻って来た。どちらも私の体調を気遣ってくれて、本当にありがたくて申し訳ない。
恐らく何も知らないゴードンとは違い、商会長は私が夫人とした話の内容を察しているのだろう。心配しつつもどこか複雑な――不安そうな顔をしていたから、居た堪れない。可愛い息子を失ってしまったらと思うと、気が気ではないはずだ。
それでも私に気を遣ってくれているのが分かる。分かるからこそ、やはり白黒ハッキリさせるしかないと思う。
体を治せるのか、治せないのか。ゴードンを諦めなくても良いのか、たった1人でこの町を出て行くしかないのか――。
やがて夫妻は私とゴードンに話す時間が必要だと言って、席を外した。まともに見舞いする気がない実の両親に代わって、あの2人が医者の先生から退院後の説明を受けてくれるのだそうだ。
どこまでも優しくて、胸が痛かった。
「……ゴードン、私の体がどうなったかは知っているのよね?」
寝ていた体を起こしてベッドの上に座る。確認するために問いかければ、彼は眉根を寄せて頷いた。
「――どうして、体調が悪いことを教えてくれなかったんだ? 聞いた話じゃあずっと以前から……数年前には症状が出ていたって言うじゃないか」
「ごめんなさい。だけど、症状って言われても特別悪いと思っていなかったの。女性なら誰でもこうだって、信じて疑わなかったわ――体の中の痛みの感じ方なんて、他人と共有できないでしょう? 変だってことに全く気付かなかったのよ」
「それは……そうかも知れないが、でも、せめて体がしんどいなら残業を断るとか――」
「……ごめんなさい」
「俺はセラスにとって、まだ子供だったのか? ずっと守りたいと思っていたのに……頼りにならなかったか?」
「そんな、違うわ、その……ごめんなさい、私――」
他に言うことがなくて謝ってばかりいると、ゴードンは「違う……謝らせたい訳でも、責めたい訳でもない」と言って顔を歪めた。大きな手の平で両頬を包まれて、苦しげな表情が目の前まで近付いた。
「とにかく、生きていてくれて本当に良かった。今は体を治すことを優先して、ゆっくり休んでくれ……俺はいくらでも待てるから。セラスさえ居れば、他に何も要らないから――」
薄くて熱い唇が重ねられて、胸が張り裂けそうになる。これ以上休んだって子宮は生えてこない。結婚もできないし、それどころかゴードンを突き放さなければならない。魔女がダメだったら、私は……私は、本当に終わりだろうな。
こんな思いをするくらいなら、いっそ死にたかったと言えば彼を困らせるだけだろう。私は曖昧な笑みを浮かべて頷き返した。
――そして3日後、私は無事に退院の日を迎えた。
散々お世話になった医者の先生や看護師さんに深々と頭を下げてから、まずは町の銀行へ向かう。『魔女の秘薬』とやらが一体どれほど高額な代物なのかは知らないが、お金を用意して行くに越したことはないと思ったのだ。
不幸中の幸いか、仕事しかしてこなかったお陰で蓄えは潤沢だった。
魔女が住むのは、町の西にある森というざっくりとした情報しかない。けれど同僚に詳細を聞こうにも、腹の中が空っぽのまま商会まで行って後ろ指を差されたらと思うと、どうしても躊躇われた。
とにかく森へ行って探してみて、それでも見付からなかったら、その時は潔く話を聞きに行けば良いだろう。
森までは数キロあって、徒歩で行くと朝一に町を出ても15時を過ぎてしまった。入院している内にすっかり秋が深まって、日が落ちるのも早い。帰りは真っ暗闇の中を進むハメになるかも――なんて考えながら、緑の深い森を進んだ。
それほど頻繁ではないにしろ人の往来はあるようで、森の小道には馬車の車輪が掘った轍が薄っすらと続いている。これを辿れば、魔女の元まで行けるのだろうか?
だいぶ体力が戻って来たとは言え病み上がりなので、どうしても息切れする。しかしこの森は空気が澄んでいるのか、辛さよりも清々しさのようなものが勝る。
ややあってから私の前に現れたのは、まるで森に溶け込むように屋根から壁まで全て緑のツタで覆われた小さな家。一見すると人が住んでいるのか怪しい佇まいだけれど、小さな煙突からは微かに煙が出ている。
……魔女はこの森に住むと言う話だし、きっとコレが住まいなのだろう。こんな簡単に見つかるとは思わず、嬉しいような、怪しいような――。
私は静かに深呼吸すると、意を決して小さな家の扉をノックした。
子守をする時に繰り返し童話を読み聞かせていたせいか、魔女と言えば鷲鼻で、曲がったとんがり帽子を被った、皺くちゃのお婆さんを想像する。笑い声は「ヒヒヒ」で、『秘薬』の代金は金銭ではなく生贄の子供とか、人の血肉……とか。
ここまで勢いだけで来ておいてなんだが、いきなり不安になった。薬を受け取る前にとって食われるのではないか? 本当にまともな取引ができる相手なのか?
心臓がドクドクと大きな音を立てて、冷や汗が頬を伝う。やがてガチャリと扉の鍵が開く音が聞こえて、ごくりと生唾を飲み込み両目を閉じた。
「――何か御用ですか」
開かれた扉。そこから聞こえてきたのは、凛とした女性の声だった。恐る恐る目を開けると、家から出てきたのは真っ黒に波打つ髪をした、つり目が特徴的な15歳くらいの女の子。
つり目で無表情で、放るような硬い喋り口調。全体的にかなり冷たい印象だが、森の中で暮らしているのが惜しいほどに綺麗な子だ。私は目をパチパチと瞬かせて――恐らく間抜けな顔をしながら――「魔女を探しているんですけれど、知りませんか?」と問いかけた。
恐らく何も知らないゴードンとは違い、商会長は私が夫人とした話の内容を察しているのだろう。心配しつつもどこか複雑な――不安そうな顔をしていたから、居た堪れない。可愛い息子を失ってしまったらと思うと、気が気ではないはずだ。
それでも私に気を遣ってくれているのが分かる。分かるからこそ、やはり白黒ハッキリさせるしかないと思う。
体を治せるのか、治せないのか。ゴードンを諦めなくても良いのか、たった1人でこの町を出て行くしかないのか――。
やがて夫妻は私とゴードンに話す時間が必要だと言って、席を外した。まともに見舞いする気がない実の両親に代わって、あの2人が医者の先生から退院後の説明を受けてくれるのだそうだ。
どこまでも優しくて、胸が痛かった。
「……ゴードン、私の体がどうなったかは知っているのよね?」
寝ていた体を起こしてベッドの上に座る。確認するために問いかければ、彼は眉根を寄せて頷いた。
「――どうして、体調が悪いことを教えてくれなかったんだ? 聞いた話じゃあずっと以前から……数年前には症状が出ていたって言うじゃないか」
「ごめんなさい。だけど、症状って言われても特別悪いと思っていなかったの。女性なら誰でもこうだって、信じて疑わなかったわ――体の中の痛みの感じ方なんて、他人と共有できないでしょう? 変だってことに全く気付かなかったのよ」
「それは……そうかも知れないが、でも、せめて体がしんどいなら残業を断るとか――」
「……ごめんなさい」
「俺はセラスにとって、まだ子供だったのか? ずっと守りたいと思っていたのに……頼りにならなかったか?」
「そんな、違うわ、その……ごめんなさい、私――」
他に言うことがなくて謝ってばかりいると、ゴードンは「違う……謝らせたい訳でも、責めたい訳でもない」と言って顔を歪めた。大きな手の平で両頬を包まれて、苦しげな表情が目の前まで近付いた。
「とにかく、生きていてくれて本当に良かった。今は体を治すことを優先して、ゆっくり休んでくれ……俺はいくらでも待てるから。セラスさえ居れば、他に何も要らないから――」
薄くて熱い唇が重ねられて、胸が張り裂けそうになる。これ以上休んだって子宮は生えてこない。結婚もできないし、それどころかゴードンを突き放さなければならない。魔女がダメだったら、私は……私は、本当に終わりだろうな。
こんな思いをするくらいなら、いっそ死にたかったと言えば彼を困らせるだけだろう。私は曖昧な笑みを浮かべて頷き返した。
――そして3日後、私は無事に退院の日を迎えた。
散々お世話になった医者の先生や看護師さんに深々と頭を下げてから、まずは町の銀行へ向かう。『魔女の秘薬』とやらが一体どれほど高額な代物なのかは知らないが、お金を用意して行くに越したことはないと思ったのだ。
不幸中の幸いか、仕事しかしてこなかったお陰で蓄えは潤沢だった。
魔女が住むのは、町の西にある森というざっくりとした情報しかない。けれど同僚に詳細を聞こうにも、腹の中が空っぽのまま商会まで行って後ろ指を差されたらと思うと、どうしても躊躇われた。
とにかく森へ行って探してみて、それでも見付からなかったら、その時は潔く話を聞きに行けば良いだろう。
森までは数キロあって、徒歩で行くと朝一に町を出ても15時を過ぎてしまった。入院している内にすっかり秋が深まって、日が落ちるのも早い。帰りは真っ暗闇の中を進むハメになるかも――なんて考えながら、緑の深い森を進んだ。
それほど頻繁ではないにしろ人の往来はあるようで、森の小道には馬車の車輪が掘った轍が薄っすらと続いている。これを辿れば、魔女の元まで行けるのだろうか?
だいぶ体力が戻って来たとは言え病み上がりなので、どうしても息切れする。しかしこの森は空気が澄んでいるのか、辛さよりも清々しさのようなものが勝る。
ややあってから私の前に現れたのは、まるで森に溶け込むように屋根から壁まで全て緑のツタで覆われた小さな家。一見すると人が住んでいるのか怪しい佇まいだけれど、小さな煙突からは微かに煙が出ている。
……魔女はこの森に住むと言う話だし、きっとコレが住まいなのだろう。こんな簡単に見つかるとは思わず、嬉しいような、怪しいような――。
私は静かに深呼吸すると、意を決して小さな家の扉をノックした。
子守をする時に繰り返し童話を読み聞かせていたせいか、魔女と言えば鷲鼻で、曲がったとんがり帽子を被った、皺くちゃのお婆さんを想像する。笑い声は「ヒヒヒ」で、『秘薬』の代金は金銭ではなく生贄の子供とか、人の血肉……とか。
ここまで勢いだけで来ておいてなんだが、いきなり不安になった。薬を受け取る前にとって食われるのではないか? 本当にまともな取引ができる相手なのか?
心臓がドクドクと大きな音を立てて、冷や汗が頬を伝う。やがてガチャリと扉の鍵が開く音が聞こえて、ごくりと生唾を飲み込み両目を閉じた。
「――何か御用ですか」
開かれた扉。そこから聞こえてきたのは、凛とした女性の声だった。恐る恐る目を開けると、家から出てきたのは真っ黒に波打つ髪をした、つり目が特徴的な15歳くらいの女の子。
つり目で無表情で、放るような硬い喋り口調。全体的にかなり冷たい印象だが、森の中で暮らしているのが惜しいほどに綺麗な子だ。私は目をパチパチと瞬かせて――恐らく間抜けな顔をしながら――「魔女を探しているんですけれど、知りませんか?」と問いかけた。
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