人を愛するのには、資格が必要ですか?

卯月ましろ@低浮上

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第52話

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「実子でなければ――血の繋がりこそが全てだなんて、まるでひと昔前の貴族のようですね」
「家族経営の会社だと、そう珍しくもないわよ」
「はあ、まあ、なんというか……お疲れ様でした」
「ええ、どうもありがとう」

 魔女の言う通り愚痴を零すことで心の整理がついたのか、悲しいけれど涙は出なかった。意外と聞き上手な魔女と打ち解けたような心地になって、気付けば口調も砕け切っている。

 入浴中、魔女は話を聞きながら「肌のざらつきが」と妙な薬液を沁み込ませた布で私の顔をぬぐい、「湯を使ったのだから、ついでに」と花の香りがする香油で髪をパックして――私はこの森までエステしに来たんだったか?

 私の体から出た『ゴミクズ』を対価として至れり尽くせり。こんな施しを受けられるなら、町の有名エステよりも魔女の手技の方が断然お得である。

「あなたは――」
「セラスで良いわよ」
「………………あなたは既に自己分析できているようですが、我欲というか、承認欲求が強いようです。確実に幼少期の経験が原因でしょうね」

 少しは打ち解けたかと思っていたけれど、頑なに名を呼んでくれない辺り私の勘違いだったらしい。
 これ以上の長湯は傷に響くからと風呂釜の外へ出れば、大きなバスタオルで髪と体を拭いてくれるサービス付き。本当に彼女は何者で、そして一体なんのために、こんなことをしているのだろうか。

「本音を言えば、替えの利かない幼馴染を諦めたくないでしょうけれど……しかし義理の両親に恨まれるのも嫌」
「ええ、欲深いのよ私。今まで取り零してばかりだったから、もうこれ以上は何も――人の関心も優しさも失いたくない。誰にも祝福されない関係性は、きっと長続きしないでしょう? いつか破滅するわ、私は私自身の首を絞め続けることになるから」
「例えば、形だけの愛人をつくるのは? あなたは後ろ指を差され続けるかも知れませんけれど、愛人の存在をあえて公にするんです。けれど実際に関係をもつことはなく、こっそりと施設から養子を引き取ってしまえば……周りは勝手に、しっかりと幼馴染の血を引いた子だと勘違いしませんか?」

 私は目を瞬かせたあと、ややあってから首を横に振った。

 実は、その手を考えなかった訳ではない。とはいえ周囲を――義理の両親を嘘で騙すのは気が進まないし、嘘とはいつかバレるものだ。しかも愛人を公にするなど……商会長夫妻の話は外に漏れていなかった。つまり愛人の存在とは不祥事で、秘匿するべき事柄なのだ。

 更に言えば、例え形だけでも愛人をつくるなんてゴードンが頷かないのも分かっていた。そんなことをすれば、私の立場がこれでもかと悪くなるから。

「あれは無理、これは無理と……なかなかワガママな人ですね」
「今までずっと我慢してきたんだもの、たまには良いでしょう? どうせ、もう人生詰みなんだし」
「私はあなたのを知りませんから、なんとも。ところで、一番憐れなのは誰か理解していますか」

 その問いかけに、一瞬言葉に詰まった。そんなことは言われるまでもなく理解している。一番憐れな者――それはもちろん、私ではない。

「私に振り回されたゴードン、幼馴染よ。だって彼、まさか私がこのまま逃げ出すなんて夢にも思っていないでしょうから」
「それが分かっているだけ、あなたはまだマシですね。彼の立場を想い身を引く美徳も、いくらか好感が持てます。ただその『美徳』、彼にだけは通用しませんよ。例え愛しい相手から恨まれることになったとしても、「これ以上辛い思いをするのは御免だ」と逃げるのですか」
「……ええ、だって一緒になれないのに傍に居るのは、耐えられないもの」
「逃げることが必ずしも悪いとは言いませんけれど、逃げ癖は一度つくと抜けません。あなたは、彼から一生逃げ続けることになるかも知れないという覚悟をしていた方が良い」
「一生? 彼がこれから何十年先も、死ぬまで私を想い続けると? そんな上手い話がある訳――だって私は彼の目の届く場所から消えて、代わりに近付くのは将来有望な妹よ。私と違って化粧しなくても美人で、能力も高くて、愛想がよくて器用で……誰からも愛される妹が。人の気持ちは変わる、永遠なんてないわ」

 自嘲するように吐き捨てれば、ここまで散々サービスしてくれていた魔女が蔑むように鼻を鳴らした。

「――その程度のくだらない男なら、奪われても構わないではありませんか」

 いきなりゴードンをこき下ろされたので、私は自分の吐いた言葉を棚に上げてカッとなった。すぐさま「違う」と否定するために口を開きかけたけれど、魔女の真っ白な手の平が眼前に突き出されて言葉を飲み込む。

「素材そのままで見目が良いだけの女に靡くぐらいなら、どうして努力家のあなたを求めたのですか」
「努力……?」
「化粧することを前提として大胆に削られた眉尻も、さほど手を加えずとも初めから形の整っていた爪も――毛先以外は艶が残っていた黒髪も、全てあなたが美しく居ようと足掻いた結果でしょう」

 日々心を砕いていたことを指摘されて、目を丸める。
 確かに病気で倒れるまでは、スッピンで外を出歩くなんて考えられなかった。だから化粧することを前提に眉を整えていて、ノーメイクだと眉頭から2センチほどしか残っていない状態だ。
 受付で書類を作成していると手元を見られることが多く、爪先まで手を抜かなかった。常に視界に入る髪については、言うまでもない。

「幼馴染は、あなたの気高い精神が好きだったのでは? ……まあ、表面上の美しさに目移りするような男ならば、私の見込み違いですけれど」
「違う……違うわ、ゴードンはそんな人じゃ……」
「――では、一生逃げ続ける覚悟をした方が良いでしょうね。中途半端に心が折れるくらいならば、逃げずに町へ残りなさい。そして逃げると決めたなら、毅然とした態度で退けなさい。それが誠意というものでしょう?」

 魔女に手渡された服を着ながら、胸中で「まだ苦しめと言うのか」と絶望した。しっかりと表情に出ていたのか、「生きることは楽ではありません、苦しみがあってこその人生でしょう」と宥めすかされて、口をヘの字に曲げる。
 見た目は15歳くらいでも、中身は全く違う。本当に説教くさくて、いちいち正論で……ああ、なんだか愚かで浅ましい自分が嫌になる。

「せっかく外見を磨いていたなら、これからも継続すべきです。繰り返し言いますが、死ぬのは簡単で――いつでもできることでしょう」
「でも、磨いたところで彼の隣には立てないし……意味がないわ」
「まず誰かのために生きるのを辞めてみては? 人のために綺麗になる必要はありません。ただ自分が鏡を見る度に楽しい気分になれば、それだけで」

 魔女はおもむろに大きな手鏡を掴むと、私の前に突き出した。
 そこに映った私は、風呂の湯気で少しぼやけていたけれど――でも、ボサボサだった髪がまとまって、ざらついた肌は整っている。乾燥して割れた唇はフワフワで、ずっと青白かった顔色も血色が良い。

 化粧をしていないから間抜け面だけれど入院前の瑞々しさに近付いて、ほんの少しだけ気分が上がったように思う。

「……私って、意外と素材は悪くないのかもね」
「ええ、不美人だなんてとんでもない。持って生まれた顔立ちを嘆くより、よい比較対象に恵まれなかった不運を嘆くべきでは?」

 やや強がって自画自賛すれば、なんとも言えない魔女の励ましが返ってきて――私は自然と笑みを零した。
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