人を愛するのには、資格が必要ですか?

卯月ましろ@低浮上

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第53話

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 空っぽになった腹の中身は、二度と埋められない。ヘソから下に伸びた縫い痕も消せないし、結局のところ私がをするためには、早々にゴードンを諦めなければいけない。
 置かれた状況は、森へ来た時と何ひとつ変わっていない。これまでの人生が台無しになって、リセットを強いられているのも変わらない。

 ただ――心持ちと極端に狭くなっていた視野だけは、随分と変わった気がする。

「あなたってカウンセラーの素質がありそうよね」
「嫌と言うほど長生きしているだけです」

 元々表情が変わりづらいのかなんなのか、やはり魔女は冷たい雰囲気を纏っている。
 とはいえ、これだけ話せば――いくら心に余裕をなくした私でも――さすがに分かる。時間がないと言いながら甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのは、自暴自棄になった私を励ますためだったのではないか。

 美意識なんて気にしていられなくなったせいで醜くなった私を、前の姿に近付けてくれた。
 まるで悲劇のヒロインのように終わりだと打ちひしがれていたけれど、一番の被害者は誰なのか問うて、気付かせてくれた。その被害者のために私がどうすべきなのか――覚悟すべきだと示してくれた。

 きっと、いとも簡単に死をちらつかせた私を見ていられなかったのだろう。
 ある時を境に、ゴードンとその家族が全てだと信じて疑わなかった。けれど、恐らく人生とはそんなに単純なものではない。確かに彼らのことは大事だが、しかし彼らのためを想って生きる前に、私はもう少し私のことを見た方が良いのかも知れない。

 どこまでも自分本位な気がしないこともないけれど、魔女が言いたいのはそういう話だったのではないだろうか。だって、私の他に私を可愛がってくれる人なんて、そうそう居ないのだ。だからせめて、私は私を可愛がろう。

 ――誰よりも可愛がってくれるゴードンを置いて逃げ出すのは、本当に辛いし心苦しいけれど。

 この世にたった2人しか居ないならまだしも、世界は広いし、世間は放っておいてくれない。彼も私もまだ若いし、きちんと話し合ってから離れるべきだ。
 町を出るにしたって、商会を退職するための引継ぎ業務も残っているのだから。まあ、1か月半休職しておいて、今更引継ぎも何もないかも知れないが――。

「ねえ魔女さん、あなたっていつもここに居るの?」
「そうですね」
「ゴミクズを探しているって言っていたわよね、また何か持って来ても良いかしら」
「……あなたもしかして、町で嫌なことがあるたびウチを避難先にしようとしていますか?」
「やだ、勘の良い魔女ね」

 口元を手で押さえておどけたように言えば、魔女はこれでもかと目を眇めた。言葉はなくとも、つり目が「迷惑だから来ないでくれ」と訴えかけてくる。
 ――が、明確な言葉がないうちは好きなようにしても良い気がした。この魔女は遠慮がないけれど思いやりがあって、冷たいけれど温かい……相反する性質をもつ、少し歪な存在らしいから。
 本当に心の底から私を邪魔だと思えば、ハッキリと口にしてくれるはずだ。

「ゴミクズとは別に、何か好きなものはないの? 欲しいものとか……町から運んで来るわよ」
「そこまでして頂く義理はありません。私は願いをひとつも叶えられなかったのですから」

 魔女は言いながら、包みを手渡してくれた。中を見れば、薬包紙ワックスペーパーに包まれた白い粉が20包ほど入っている。
 自殺をほのめかしていた時には、「1包ずつ」と言っていたのに――私はもう平気だと判断したのだろうか。そう断定するためのエステだったのかも知れない。

「痛み止めと解熱剤、ひとまず3日分です。町の薬で事足りるはずですけれど、どうしても『秘薬』が良いなら、3日後に」
「3日経てば会いに来ても良いのね」
「……やむを得ない訳があれば。ただし、また「死にたい」と口にするようなら二度と来ないで欲しいですね」
「面倒くさいことを言って聞かせて、悪かったと思っているわ。でも、本当に辛かったの……今もまだ辛い。だけど、逃げ込む場所があれば頑張れるかも知れないでしょう? 私に生きる道を示したからには、責任をとって友人くらいにはなってもらわないとね」

 じっとりと目を眇めていた魔女も、多少は前向きになった私を見て思うところがあったのか、呆れたように笑った。その顔はやはり『魔女』らしくない、ただ美しいだけの少女で……本当に不思議な人だと思う。

 どうせ名前を聞いたって教えてくれないだろうから、あえて聞かない。こちらの提案に「嫌です」と言わない辺り、名も知らぬ友人として数えるぐらいなら許されるのではないか。

 人を愛して、人に愛されて。人生がそれほど単純ではないというならば、もしかすると私が子宮をなくしたことも、魔女と出会ったことも必然だったのだろうか。――こうしていちいち物事に意味を求めているうちは、まだしばらく生き辛いかも知れない。

 本当に不器用というか、生き方が下手というか――決して自嘲する訳ではなく、なんだかおかしくなって小さく鼻を鳴らした。

 恐らく、既に外は真っ暗闇だ。魔女にこれ以上時間を取らせるのは申し訳なくて、「じゃあ、また」と言いかけた。
 けれど、途端に激しく咳込んで前のめりになる魔女に、慌てて駆け寄る。喘息の発作が出てしまったのか、咳の間に苦しげな喘鳴ぜいめいまで混じっている。

 以前面倒を見ていた子供の中にも喘息もちの子は居たが、大抵吸入器やステロイド薬を所持していた。しかし魔女に薬の所在を聞いても首を横に振るだけで、どうも手元にないらしかった。

 ひとまず少しでも楽な体勢にしようと横向きに寝かせて、膝を貸しながら薄い背中をさする。幸い症状が軽かったのか、ややあってから咳を止めた魔女は、何事もなかったかのように「もう休みたいので帰ってください」とだけ告げた。

 薬もないのに1人で平気なのか、町の病院には行かないのか――不老不死でも、やはり苦しいのか。色々と聞きたいことはあったけれど、聞いたところで心を開いてくれるとは思えない。
 私は後ろ髪を引かれながらも、この小さな家を後にするしかなかった。
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