無自覚万能王女様は、今日も傲慢な転生者を悪気なく退治している。

卯月ましろ@低浮上

文字の大きさ
3 / 70
第1章 万能王女と転生ヒロイン

2 王女と国王

しおりを挟む
 テオ陛下から暗に「早く結婚相手を見付けなさい」など、普段なかなか言われない事を命じられたエヴァ王女。
 彼女の真っ白でシミ一つない頬に、カッと赤味が差しました。

 そうして俯き気味にプルプル小さく震えていたかと思えば、弾かれるように顔を上げます。

「わたくしは――! わたくしはどうしても、「ハイドのような騎士」と結婚したいのです!! その辺りにいくらでも転がっているような適当な殿方では嫌です、だからこその「契約」でしょう!? 期限の20歳までは、どうか邪魔をしないでくださいませ!」

 せきを切ったようにワッと話すエヴァ王女に、わたくしはついつい生暖かい眼差しを向けてしまいます。
 実はこの、王女の言う「契約」こそが――彼女の婚期を遅らせる、最大の原因なのです。

 事の発端は、エヴァ王女のすぐ上の……とうの立った姉が彼女に贈った、1冊の「絵本」でした。
 王女の3歳の誕生日に贈られたそれは、彼女が基本的な読み書きをマスターするのに一役買ったとか買わなかったとか――いえ、そんな事はどうでも良いですね。重要なのは絵本の内容です。

 ――それは ありふれた物語でした。

 主人公は、可愛らしい1人のお姫様。
 唯一の姫として皆に愛されて育ち、ワガママし放題でしたが……「唯一」の存在であったが故に、国力増強のための政略結婚だけは避けられそうにありませんでした。

 けれども姫はある日、素敵な騎士の青年と出会い、運命的な恋に落ちる――しかし身分の差から、騎士と姫が公的に結ばれる事はありません。

 2人の間には数々の困難が立ち塞がりますが、なんやかんやあって駆け落ちに踏み切ります。
 そして最終的には、身分も家族も何もかも捨てて静かな森の中で2人ひっそりと暮らし、子供にも恵まれてハッピーエンド……なんていう、とってもおめでたいお話です。

 エヴァ王女 (3歳)はこの絵本に大変感銘を受けてしまったらしく、「私、絶対に騎士と結婚するわ! この絵本のお姫様と違って私は28人兄妹の末娘、可能性は無限大ではなくて!?」と目を輝かせた時には、わたくしも眩暈が――え? ええ、そうです、誰がなんと言おうと3歳児のセリフですよ。

 そうして絵本に夢見るエヴァ王女 (3歳)は、鉄は熱いうちに打てと言わんばかりのアグレッシブさで――その日のうちに、直筆の「契約書」を作成しました。

 契約内容は、「20歳の誕生日を迎えるまでに、自力で結婚相手を決めます。期間内に達成できなかった場合は、国王陛下に薦められた殿方と問答無用で結婚します。だから20歳までは自由に恋愛させてくだい」というものでございます。
 全く本当に可愛げのない――間違えました、聡明な3歳児です。契約書には血判まで押してましたよ、可愛いですね。

「いや、ハイドのような騎士はどこにも居ない。絶対に居ない、諦めて適当な男と結婚しなさい――それがお前の幸せだ」
「ど、どうして即答なさるの!? 世界は広いのですから、どこかに1人くらい居るかも知れないではありませんか!」
「だってルディお前、ハイドはちょっとあの――普通じゃなかろう。なんか完璧すぎて気持ち悪いもん、ワシ……」

 テオ陛下は「よそ行きモード」を解除されたのか、すっかり砕けた口調になられました。

 わたくしとしましては、気持ち悪いなんて評されるのは心外です。心外ですが、しかし陛下の仰る事も一理あるのです。
 そもそもわたくし、エヴァ王女がお生まれになられたその日から、護衛としてお仕えしておりますが……わたくしの騎士としての振る舞いは全て、王女が望まれる姿を体現しているまででございまして――ええ、ほとんど演技です。

 つまるところ、わたくしは長年「絵本の騎士」を演じさせられているのです。とんでもないパワーハラスメントでございますよ。

 絵本の騎士は、それはそれは優秀な男です。
 顔よし、体格よし、強さよし。常に笑顔を絶やさず、そして優しく誠実で、時にワガママ放題のお姫様を諫めることも忘れずに――やる事なす事全てが人並み以上の結果を生み、大層おモテになられるくせに浮気せず、愛する女性だけを一途に想い続けます。

 正直に申しまして、わたくしの見た目は絵本の騎士とは違います。
 身長は170センチでぴたりと止まり、どれだけ鍛えようとも体がぶ厚くなる事はありません。
 容姿については大変有難い事に、人からよく褒めていただけますが――精悍な顔立ちとは程遠い線の細さです。

 ――見た目が近付けられないならば、せめて中身と行動だけでも。
 エヴァ王女に「わたくしの騎士ならば「そう」であれ」と命じられるまま、わたくしハイドは今日こんにちまで、絵本の騎士になれるよう必死に己を磨いて参りました。

 ……見た目の他に、あえて絵本の騎士と違う点を挙げるとすれば――わたくしはどうあってもエヴァ王女を、という事でしょうか。
 だからと言って嫌いなんて事はありませんよ、好きは好きです。

「と、とにかくじゃな、ルディ。ハイドみたいな男はどこにもおらん、それだけは分かってくれんかの? あんなの求め続けてても不毛なだけじゃろうて……ルディお前、3歳の頃からずっと探し続けていまだに見付からないの、いい加減ヤバイと思わん? 今どんな気持ち?」
「もう、陛下ったら! 煽り倒さないでくださいまし!!」
「煽りじゃない、ワシは心配なだけじゃて! 頼むから、ワシが生きておる間に良い男と結婚してくれんかの……可愛いルディが一生独身を貫いたらと思うと、ワシは年々眠りが浅くなる……」

 恐らくそれは心労だけが原因ではなく、単に年々ジジイ度が増しているだけでしょう。

 テオ陛下からくどくどお小言を聞かされ始めたエヴァ王女は、おもむろにプイッと顔を横へ逸らすと「もういい! 陛下なんて知らない!」と言って、かなり憤慨しているご様子です。

 陛下はその言葉に大層ダメージをお受けになられたらしく、死にそうな顔をして「ルディ~~!」と嘆くような声を出しておられます。

 完全にヘソを曲げてしまったエヴァ王女は、一方的に退室の挨拶を告げると、さっさと踵を返して扉の方へズンズンと歩いてきます。
 これは少々ご機嫌取りに時間を食いそうだ、なんて考えつつ、わたくしは王女を笑顔で迎えるべく――扉の前で静かに姿勢を正しました。



 ――ああ、当然のように「覗いて」おりましたが、実はわたくし「遠視」と「透視」、そして「地獄耳」のスキルをもっておりまして。
 私の居ない室内の様子でも、ある程度は把握できてしまうのです。
 なかなか便利で面白い力でしょう?
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...