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第1章 万能王女と転生ヒロイン
1 王女と密談
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――とある昼下がりのお話です。
エヴァンシュカ・リアイス・トゥルー……ああ全く本当に名前が長いな王女様は、テオフィリュス・ガウリー・ヴェン……一体どうなっているんだこの王家の名前の長さ陛下に呼び出されました。
ハイドランジア城にある玉座の間――謁見の間とも呼ばれますね。
部屋の中央には、入り口から玉座にかけて真っ直ぐ赤い絨毯が敷かれています。
当然、玉座は他の床よりも高い位置。二十数段ある階段が続いた先に設置されております。
陛下と王女は向き合っておられますが、何やらいつもとは様子が違うようです。
通常時であれば玉座のすぐ傍――階段の上までエヴァ王女を手招いて、心ゆくまで撫で撫でしておられるのですが……本日はテオ陛下が玉座に腰掛けて威厳たっぷりの表情、エヴァ王女は階段の下で恭しく頭を下げておられます。
他人の目がある訳でもないのに、まるで公式行事の際の「よそ行きモード」でございます。
わたくし自身かなり久々に見ましたが、どうも陛下は王女に真面目なお話があるようですね。
1週間後にめでたく19歳を迎えられるエヴァ王女は、末のお姫様。テオ陛下にとっては目に入れても痛くないほど可愛い、初孫のような存在ですね。
本来であれば王女という立場上、とっくの昔に他国の王族または自国の貴族――王女が降嫁する事で権力が集中しすぎる事のない、いい塩梅の地位に居る貴族――へ嫁いでいてもおかしくありません。
それが何故いまだに独身で婚約者の1人ももたずに、ぬくぬくと王宮で過ごしていらっしゃるのかと言えば――それは決して「行き遅れ」という訳ではないのです。
――いや、行き遅れている事に違いはないかも知れませんが、これには、のっぴきならない理由があるのです。
まず第一に、テオ陛下のエヴァ王女好き過ぎ問題。
正しくはエヴァ王女のご母堂も娘の事好き過ぎ問題なのですが、ちょっともうこれ以上長い名前を紹介するのが辛いので、今回、ご母堂については割愛させて頂きましょう。
テオ陛下は末娘のエヴァ王女を格別に溺愛しておられます。
一に「愛いのう」二に「愛いのう」、三四も「愛いのう」五に「愛いのう」。ええ、「愛いのう」のバーゲンセールでございます。
子供が28人居る上にその末娘が今年19、そしてこの喋り方で皆さんおおよその予想はつくかと思いますが、テオ陛下はなかなかのジジイ……ご高齢です。
元は艶のある黒髪だったものがいつの間にやら真っ白になり、同じく真っ白の、長い口髭をたくわえております。
王宮内に飾られた偉っそうな肖像画を見る限り、若かりし頃は精悍なお顔立ちをされていたテオ陛下も――80を過ぎれば、目尻から口角から、色々なところが垂れ下がってくるものです。
――諸行無常ですね。
そのジジイ度も相まって、余計にエヴァ王女が可愛くて仕方がないのでしょう。
彼女のすぐ上の姉は、今年29と「とう」が立っておりますし。
そのため王女は、「可愛いルディだけは、いつまでもワシと一緒にお城に住むんだもんね~?」なんて好々爺のような顔をしたテオ陛下に、頭を撫で撫でされる日々を送っておられます。
――ああ、「ルディ」というのは特に親しい者の間で使われるエヴァ王女の愛称です。
王女のお名前のトゥ……トゥルなんとかいう部分から抜粋されたものでございますが、まあ、頭の片隅にでも置いておいて頂ければ結構です。
テオ陛下の存在だけでも相当に重いのですが、エヴァ王女が行き遅れている最大の理由は別にあります。
それは、他でもない王女自身にある問題なのですが――おや、陛下と王女の会談……と言いますか、密談が始まったようです。
少し覗いてみましょうか。
◆
「エヴァンシュカ、顔を上げなさい」
「はい、陛下」
普段あまりされる事のない呼び方に、エヴァ王女の表情はやや硬くなっておられます。
もしかするとこれは結構、深刻なお話し合いなのかも知れません。
テオ陛下はいつもの「好々爺モード」を完全停止して、ぴくりとも笑わないままに続けました。
「お前も、もう19になる。そして1年後には20歳――成人だ。ワシの言いたい事は分かるな?」
「…………分かっています、「契約」ですもの。ですがわたくしはまだ、何ひとつとして諦めておりませんわ」
真っ直ぐに陛下を見上げて淀みなく答えた王女に、陛下は鷹揚に頷かれました。
「うむ、その意気やよし。聡明で気骨のあるワシの可愛いエヴァンシュカーーお前の目的達成のため、来週の誕生パーティにささやかなプレゼントを贈ろうと思う。当日を楽しみにしていると良い」
「プレゼント……ですか? 目的達成のためと言われましても……こればかりは人の手を借りる事なく、わたくし自身の手で遂行しなければ意味がありませんわ」
「――エヴァンシュカ、期限が近付いているのは、何もお前だけではないのだよ。一刻も早く結婚相手を見付けて、ハイドを安心させてやりなさい」
陛下のお言葉に、エヴァ王女はグッと唇を噛みしめておられます。
ハイドというのは、王女の唯一の護衛騎士を務める――ああ、そうです、大変申し遅れました。
わたくし、エヴァ王女の護衛騎士を務めるハイドと申します。どうぞ以後お見知りおきくださいませ。
エヴァンシュカ・リアイス・トゥルー……ああ全く本当に名前が長いな王女様は、テオフィリュス・ガウリー・ヴェン……一体どうなっているんだこの王家の名前の長さ陛下に呼び出されました。
ハイドランジア城にある玉座の間――謁見の間とも呼ばれますね。
部屋の中央には、入り口から玉座にかけて真っ直ぐ赤い絨毯が敷かれています。
当然、玉座は他の床よりも高い位置。二十数段ある階段が続いた先に設置されております。
陛下と王女は向き合っておられますが、何やらいつもとは様子が違うようです。
通常時であれば玉座のすぐ傍――階段の上までエヴァ王女を手招いて、心ゆくまで撫で撫でしておられるのですが……本日はテオ陛下が玉座に腰掛けて威厳たっぷりの表情、エヴァ王女は階段の下で恭しく頭を下げておられます。
他人の目がある訳でもないのに、まるで公式行事の際の「よそ行きモード」でございます。
わたくし自身かなり久々に見ましたが、どうも陛下は王女に真面目なお話があるようですね。
1週間後にめでたく19歳を迎えられるエヴァ王女は、末のお姫様。テオ陛下にとっては目に入れても痛くないほど可愛い、初孫のような存在ですね。
本来であれば王女という立場上、とっくの昔に他国の王族または自国の貴族――王女が降嫁する事で権力が集中しすぎる事のない、いい塩梅の地位に居る貴族――へ嫁いでいてもおかしくありません。
それが何故いまだに独身で婚約者の1人ももたずに、ぬくぬくと王宮で過ごしていらっしゃるのかと言えば――それは決して「行き遅れ」という訳ではないのです。
――いや、行き遅れている事に違いはないかも知れませんが、これには、のっぴきならない理由があるのです。
まず第一に、テオ陛下のエヴァ王女好き過ぎ問題。
正しくはエヴァ王女のご母堂も娘の事好き過ぎ問題なのですが、ちょっともうこれ以上長い名前を紹介するのが辛いので、今回、ご母堂については割愛させて頂きましょう。
テオ陛下は末娘のエヴァ王女を格別に溺愛しておられます。
一に「愛いのう」二に「愛いのう」、三四も「愛いのう」五に「愛いのう」。ええ、「愛いのう」のバーゲンセールでございます。
子供が28人居る上にその末娘が今年19、そしてこの喋り方で皆さんおおよその予想はつくかと思いますが、テオ陛下はなかなかのジジイ……ご高齢です。
元は艶のある黒髪だったものがいつの間にやら真っ白になり、同じく真っ白の、長い口髭をたくわえております。
王宮内に飾られた偉っそうな肖像画を見る限り、若かりし頃は精悍なお顔立ちをされていたテオ陛下も――80を過ぎれば、目尻から口角から、色々なところが垂れ下がってくるものです。
――諸行無常ですね。
そのジジイ度も相まって、余計にエヴァ王女が可愛くて仕方がないのでしょう。
彼女のすぐ上の姉は、今年29と「とう」が立っておりますし。
そのため王女は、「可愛いルディだけは、いつまでもワシと一緒にお城に住むんだもんね~?」なんて好々爺のような顔をしたテオ陛下に、頭を撫で撫でされる日々を送っておられます。
――ああ、「ルディ」というのは特に親しい者の間で使われるエヴァ王女の愛称です。
王女のお名前のトゥ……トゥルなんとかいう部分から抜粋されたものでございますが、まあ、頭の片隅にでも置いておいて頂ければ結構です。
テオ陛下の存在だけでも相当に重いのですが、エヴァ王女が行き遅れている最大の理由は別にあります。
それは、他でもない王女自身にある問題なのですが――おや、陛下と王女の会談……と言いますか、密談が始まったようです。
少し覗いてみましょうか。
◆
「エヴァンシュカ、顔を上げなさい」
「はい、陛下」
普段あまりされる事のない呼び方に、エヴァ王女の表情はやや硬くなっておられます。
もしかするとこれは結構、深刻なお話し合いなのかも知れません。
テオ陛下はいつもの「好々爺モード」を完全停止して、ぴくりとも笑わないままに続けました。
「お前も、もう19になる。そして1年後には20歳――成人だ。ワシの言いたい事は分かるな?」
「…………分かっています、「契約」ですもの。ですがわたくしはまだ、何ひとつとして諦めておりませんわ」
真っ直ぐに陛下を見上げて淀みなく答えた王女に、陛下は鷹揚に頷かれました。
「うむ、その意気やよし。聡明で気骨のあるワシの可愛いエヴァンシュカーーお前の目的達成のため、来週の誕生パーティにささやかなプレゼントを贈ろうと思う。当日を楽しみにしていると良い」
「プレゼント……ですか? 目的達成のためと言われましても……こればかりは人の手を借りる事なく、わたくし自身の手で遂行しなければ意味がありませんわ」
「――エヴァンシュカ、期限が近付いているのは、何もお前だけではないのだよ。一刻も早く結婚相手を見付けて、ハイドを安心させてやりなさい」
陛下のお言葉に、エヴァ王女はグッと唇を噛みしめておられます。
ハイドというのは、王女の唯一の護衛騎士を務める――ああ、そうです、大変申し遅れました。
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