無自覚万能王女様は、今日も傲慢な転生者を悪気なく退治している。

卯月ましろ@低浮上

文字の大きさ
32 / 70
第4章 万能王女の実力

4 エ万能王女

しおりを挟む
「――20数年経っても、まだジョーの魂はこの世界の住人になれませんか」
「うーん……ハイドさんは楽しそうで凄いッスよね――未練とか郷愁とか、ないんスか?」

 ジョーに問われて、わたくしは生前に思いを馳せました。
 しかし過去は過去、「ハイド」として生きる今がそれなりに楽しくて、首を横に振ります。

「わたくし生前、そこそこ年齢を重ねておりましたから……そういったものは、あまり。ジョーは若くして亡くなってしまったのでしょうか」
「そッスね。大学卒業して、人生これからって時に――病気であっという間でしたよ」
「なるほど、それは。やりたい事も多かったでしょうし、ご家族にも会いたいでしょうね」
「――でも、どうやったって会えない。迷惑かけてばかりで、親孝行だってしたかったのに……「黄金郷」で無理なら、せめてこっちの両親に孝行できればと思ったのに……俺まさかの孤児ッスよ? マジないわ~……」
「ああ……もしやジョーの名前は、生前のものを流用しているのですか」
「こっちの親が名前つけてくれなかったんで。だから、こっちの人的には発音しにくいんスよねえ……「黄金郷」から持ってこられた唯一のモノなのに、結局誰にも呼ばれねえッスよ。――あ、そっか……だからハイドさん、俺の名前の発音キレーだったのか」
「わたくしとしても、懐かしい響きで……つい口に出して呼びたくなる名前ですよ。そもそもこの世界の住人は、誰も彼も名前が長すぎていけません。あれらを正確に記憶するなど、台本読みよりもよほどハードルが高い」

 ――ジョー曰く、赤ん坊としてこの世界に生まれ変わった瞬間から意識がハッキリとしており……目も耳も、正常に機能していたようです。ですので、ご両親に捨てられた時の事も鮮明に覚えているのでしょう。

 わたくしもこの世に生を受けた瞬間から意識がハッキリしていて、あまり泣かない赤ん坊だと気味悪がられたり、オムツの世話をされる事に屈辱を感じたりはしましたが……それでも親は居ました。
 憔悴した様子で肩を落としたジョーに、わたくしはどう励ますべきか悩んでしまいます。
 考えた末にわたくしが閃くものと言えば――ええ、そうです。

 いつだって「そうだ、エヴァ王女に何とかしてもらおう」ですよ。

「…………アデルお嬢様はご両親が健在です」
「へ?」
「結婚すれば、義理ですがジョーにも両親ができますよ。親孝行もし放題、ただお父上の方がかなり老齢なので、急いだ方がよろしいかと」
「は? いや……え? 何言ってんスかハイドさん……? 俺、養子縁組ちゃんと済ませてないんスよ? マジでただの平民なんスけど――」
「男爵位なら金で買えます。一代限りの爵位ですが、貴族には違いありませ。」
「え、ええー……ハイドさんマジで言ってる……?」
「言いましたよね、わたくしはお嬢様の幸せだけを願っていると。一度は捨てようとした命なのでしょう、どうせならお嬢様の幸せのかてにおなりなさい」
「め、メチャクチャッスね!? メチャクチャッスけど――でも、なんかサーセン。いや、ありがとうございますハイドさん……俺、もうちょっとちゃんとするッス。子爵のおじさんとの面倒事も、孤児院の事も解決して……そしたらいつか、アデルの事も真面目に考える」

 いつものように屈託なく笑うジョーに、わたくしはホッと胸を撫で下ろしました。

 彼が何故エヴァ王女と話が合うのかと言えば、それは彼女が、転生者なるわたくしの価値観を植え付けられているからでしょう。
 ジョーにとっても王女と話すのは心安らいだはずです、何せ、転生者同士で話しているようなものなのですから。

 ーーーだからこそ先日は、鶴の話で寂しくなったのかも知れませんね。
 ジョーは折り鶴で彼女の反応を試したのでしょう、生前の記憶があるかどうか。

 ……それにしてもエヴァ王女、遅いですね。
 もしやアメリとチャーシューのコスプレをする、しないで揉めているのでしょうか。

 わたくしがそんな不安を抱いたその時、遠くからこちらへ駆けてくる軽快な足音が聞こえて参りました。

「ハイド、ジョー! お待たせいたしましたわ、服選びに手間取って……!」

 駆けてくるエヴァ王女はドレス姿ではなく、動きやすいパンツスタイルです。
 白色ブラウスの上に黒いハンティングジャケット。パンツも黒色で落ち着いています。
 それでも女性らしく胸元にはフリルがふんだんにあしらわれておりますが――まあ、チャーシューではないので良いでしょう。

 しかし、たかが着替えにこれだけ時間を要したという事は、かなり揉めたのだと思います。あとでアメリにご苦労様でしたと伝えねばなりません。

「アデル、そんな恰好してどうしたんスか? まさかアデルも剣を習うとか? なーんて……」

 揶揄するような口調で軽口を叩くジョーに、エヴァ王女は誇らしげに胸を張りました。

「ふふん。ジョー、わたくしこう見えて強いのですわ! 剣なら既に習っておりますの!」
「――え、マジ?」

 きょとんと呆けた顔をされたジョーに、わたくしは深く頷きました。

「ジョー。わたくし「護衛だ」と言いながら、お嬢様の傍を離れ過ぎだと思った事はありませんか?」
「へ? いや、そりゃあ……確かに?」
「――お嬢様、わたくしよりお強いのですよ」
「ええ!? 嘘だあ!! だってアデル、手首とか折れそうじゃねえッスか!? 剣なんて持てるはずない、箸より重いモン持ったことねえ顔っしょコレ?!」
「ハシ? ……橋は持てませんわよ、さすがに――何を言っておりますの? 本当にジョーって面白い」

 ころころと鈴を転がすように笑うエヴァ王女に、ジョーは「いや、そのハシじゃねえって!」と言って目を白黒させています。

 やはり「主人公のライバル役」は違うのでしょうね……この王女、本当に何でも出来るのですよ。
 兵法を知り、弓術、剣術、馬術に長け――恐らく、同性で彼女に勝てる者はこの辺りには居ません。相手が男性であろうともそこそこ戦えてしまいますから。
 ――もしかすると、わたくしが下手に「黄金郷」の護身術を授けたのも、良くなかったのかも知れませんね。

 正直に申しまして、王女に「絵本の騎士」など必要ないのです。
 ご自身で暴漢を退治出来るのですから、あとはありのままを愛してくれる殿方さえ居ればそれで充分ですよ。

「それでハイド、ジョーはどうでしたの? 剣を習えそう?」
「素養は十分ございます。ただ、所有するスキルの問題で武器を扱うのは難しいとの事ですよ」

 わたくしの説明を受け、王女はこれでもかと疑いの眼差しを向けました。

「――本当に? ただ、あなたが教えるのが面倒だからではなくて?」
「心外ですね、わたくし与えられたお仕事は真面目にこなす人間ですよ」
「…………ジョー、試しに木剣ぼっけんを握ってみて? 軽くで良いからわたくしと打ち合いましょう、自分の目で見て確かめますわ」
「ええ~~……」
「えぇえ……わたくしの信頼度、ゼロでございますね――」
「ど、どうしてジョーまでそんな嫌そうなお顔をされますの!? もし暴漢に襲われでもしたら、どうなさるおつもり? わたくしはただ心配で――!」

 ぷっくりと両頬を膨らませて不貞腐れる王女を見て、面倒くさそうな顔をしていたジョーが破顔します。
 そして彼は参ったように頭をかくと、「幻滅すんのはナシッスからね」と言って木剣を手に取りました。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...