無自覚万能王女様は、今日も傲慢な転生者を悪気なく退治している。

卯月ましろ@低浮上

文字の大きさ
59 / 70
番外編②

1 エヴァンシュカとアデルート

しおりを挟む
 ――わたくしはエヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジア。
 ハイドランジア現国王28人目の子供で、末の王女ですわ。明日はわたくしの3歳のお誕生日パーティですのよ! とっても楽しみ。

 お父さまのお名前はテオフィリュス・ガウリー・ヴェンデルベルト・フォン・ハイドランジア。
 お兄さまやお姉さまからは陛下と呼ぶように注意されますけれど、お父さまはまだ「お父さま」って呼ばれたいのですって。
 だから人前では「陛下」と呼んで、2人きりの時は「お父さま」と呼ぶことにいたしましたの。

 お母さまのお名前はユーフォリア・リリー・ローゼス・フォン・ハイドランジア、お父さまの第七妃ですわ。
 お父さまからは愛を込めてロゼと呼ばれているみたい。お母さまはとっても綺麗なお姫様です。絹のようにサラサラな金髪は波打っていて、瞳は空のように澄んでいますのよ。

 わたくしどちらかと言えばお母さまに似たので金髪なのです。青い瞳はお父さま譲りですわ。まだまだ小さい赤ちゃんですけれど、きっと大人になれば見られる顔になるのではないかしら。

 お父さまもお母さまもとってもお優しいから大好きよ。でもわたくしが世界で一番好きなのは、別の人ですわ。

「――こらルディ、歩けるようになったからと言って高いところへ登るのはおやめなさい。落ちたらケガをしますよ」
「……アデルお姉さま!! もう見つかってしまいましたわ、さすがお姉さまです!」
よわい3つにも満たない幼児が1人で木登りだなんて……ルディはターザンの子か何かですか」
「たーざんとは何ですの? お姉さまの話すことは知らないことだらけで大好きですわ!」
「いいから早く降りなさい」

 そう、この方こそわたくしが世界で一番大好きなお姉さま!
 ハイディマリー・ラムベア・アデルート・フォン・ハイドランジアことアデルお姉さまですわよ!
 アデルお姉さまはわたくしのすぐ上のお姉さま。10歳上の今年13歳ですけれど、大人よりも賢いのですわ。
 皆が知らないことをたくさんご存じで、本当に凄い方なのです。それに何故だかお父さまよりも落ち着いていらっしゃるのが格好いい……とても不思議な方だわ。

「……ルディ、危ないと言っているのが分からないのですか。君は賢いのだから分かるでしょう、その高さから落ちたら死んでしまうよ」
「うぅん……その、お姉さま、実は怖くて降りられなくなりましたの……」
「……………………ああ なるほど、ターザンではなく猫でしたか……」

 アデルお姉さまは呆れたようなお顔でわたくしを見上げていますわ。

 お姉さまとはお母さまが違うので、残念ながらあまり似ておりませんの。
 わたくしは金髪だけれどお姉さまの髪はグレーと言うか……灰銀色とでも言うのかしら。日を浴びるとキラキラ光るけれど、陰ではくすんだ灰色に。波打つ癖っ毛のわたくしと違って、お姉さまの髪は真っ直ぐ。
 でもやっぱりお父さまが同じだからかしら? 目の色だけは同じ青色。何から何までお姉さまと一緒だったら良かったのに……ああ、本当に素敵だわ。ずっとずっと一緒に居たい。

「あら……? 何だかお姉さまがそこに居て下されば、わたくし急に飛べるような気がして参りましたわ」
「――は? ちょ……お待ちなさいルディ、わたくしが迎えに行きますからそのまま待――」
「行きますわお姉さま! 受け止めてくださいませ!!」

 わたくしは一方的に会話を打ち切って、アデルお姉さまに向かって飛び降りました。
 わたくしがこうして少々無茶なことをした時や、素っ頓狂なことを言った時……いつも冷静沈着なお姉さまが目を丸めて焦る顔を見るのが、堪らなく好き。
 お姉さまはきっと、わたくしが可愛くて仕方がないのだわ。だってこんなにもわたくしの相手をしてくださる方は、他に居ないもの。

 お父さまもお母さまも、今でこそわたくしを愛してくださるようになったけれど……産まれて1年半ぐらいは少しだけ冷たかったのよ。
 わたくしには違いがよく分からなかったけれど、喋ったり動いたりするのが他の子よりも随分と早くて、少し恐ろしかったみたい。

 普通赤子は目もあまりハッキリ見えないらしいし、産まれてすぐの記憶も曖昧らしいのだけれど……わたくしはよく見えたし、全部よく覚えているの。
 わたくしが喋ったり動いたりするたびに乳母も侍女も、お父さまもお母さまも距離を取ったわ。「この子はおかしいかも知れない」「もしかすると赤子の姿をした別の何かかも知れない」という言葉もよく覚えている。

 でもアデルお姉さまだけは違った。
 わたくしが何か喋れば「面白い子だね」と言って綺麗に笑いながら言葉を教えてくれて、床を這いずり回るようになれば――距離をとるどころか、「早くこちらまでおいで」と手を叩いて呼んでくださったわ。
 つかまり立ちが出来るようになってからは毎日手を引いて歩いてくれて……今日は「かくれんぼ」という遊びを教えてくれていたの。
 まあすぐに見つかってしまったけれど。

 そうしてお姉さまがわたくしを可愛がるものだから、段々と周りの人達までわたくしを「可愛い」なんて言ってくれるようになって……きっとお姉さまが居なければ、こうはならなかったでしょうね。

「――ルディは本当に悪い子だな。すごく悪い子だ、反省するまで蔵に閉じ込めてやりたいよ」

 アデルお姉さまは突然飛び降りたわたくしを軽々と受け止めて、女神と見紛う優しい笑顔とは裏腹に怖いことを仰っているわ。
 お姉さまはこうしてたまに口調が砕ける事があるの。
 見た目はこんなにも麗しいのに、なんだか男性みたいな時があって……他のお姉さまとは全然違うところも大好きですわ。

 お姉さまは演劇が好きで、役者の真似事が得意なんですのよ――だから男性のような時があるのだわ。

「こんなに危ないことをしてへらへらしているような子には、誕生日プレゼントなんて渡せませんね……明日のパーティは期待しないでください」
「ええ!! 嫌ですわ、ごめんなさい、わたくし蔵に入ります! アデルお姉さまのプレゼント、絶対に欲しいですわ!!」
「人間、口では何とでも言えるのですよ。契約書でも用意なさい、二度と危険な真似はしないと書いて判を押すんです」
「け、契約書……わたくしまだ読み書きには不安がありますの……」

 わたくしが肩を落とせば、アデルお姉さまは小さく笑いましたわ。そうしてわたくしを抱いたまま、優しく囁いてくださいました。

「ルディは賢いからすぐに覚えてしまいますよ。……わたくしのプレゼントが少しでも役立てば良いのですが」

 お姉さまの言葉に、わたくしは思わずにっこりと笑ってしまいましたわ。
 だってお姉さま、やっぱりわたくしのことが大好きなのね……脅すようなことを言っておいて、ちゃんとプレゼントをくれるつもりなんだもの。

 だからわたくしもアデルお姉さまが大好き! 世界で一番大好きだわ。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

処理中です...