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第4話 婚約者がやってきた(朝)
しおりを挟む「パーティー……とは?」
「令嬢の支度は長いだろう。だから起こしにきた。寝起きは、相変わらず最悪だな」
アンドリューは瞼の重いセレーナの顔を両手で挟み、されるがままの彼女は必死に意識を保つ。
「ふぉれは、ふぁかるへど……」
「遅刻しても知らないぞ。自分の婚約披露に」
その一言で、眠気は吹き飛んでいった。彼の手を払い除けベッドから這い出ると、春の肌寒さのお陰で昨夜の記憶がありありと呼び覚まされた。
「昨日は、いつお帰りに? 心配したのよ」
「ははっ。顔を合わせなくて、ラッキーだったろう。あんな場面を見せつけておいて」
アンドリューの意地の悪い言い草に、セレーナはまた一つ恥を思い出す。
「……見ていたの?」
「あぁ、本当に憐れなアンディだ」
「悪かったわよ、あんな呼び方して。その後の事も、深い意味はないわよ……」
「何をそんな恥ずかしがる事がある? たかが、パーティーの誘いだろう」
アンドリューの事だから昨晩の抱擁を目撃していたら、また喚き散らすだろうと予防線を張っていたセレーナだったが、窓辺に身体を寄せて物憂げに考え事をする彼の様子から、本当に途中で帰ってしまったのだと分かった。
「今夜のパーティーはどうするの? 正式な発表をしてしまったら、もう後戻り出来ないわ」
「分かっている。子爵とも今朝方、話をつけた」
セレーナは想定内の幼馴染の行動にホッとし、侍女に脱いだ寝巻きを手渡した。どさくさに紛れて抱いた昨日の気持ちに、彼女は後ろめたさがあったのだ。
「パーティーの場で、また破談になるような無茶をするのね。その練習があるから、こんなに早く私を起こしたんだわ」
「いいや違うが、一つある。マイケルの事なんだ」
「お兄様?」
「マイケルの話を今日、伯爵にしてくれないか?」
昨日と打って変わって、あまりに簡単でセレーナは拍子抜けだった。
「いいわ。でも、それだけ?」
「あぁ。後はパーティーを楽しめ」
「それで、久々に髪を撫でつけてるのね。アンディがパーティーに参加するなんて奇跡だわ。でしょう?」
「勿論、パーティーにはお供する。俺の婚約者もな」
着替えの真っ最中だったセレーナは、驚きのあまり素っ裸に下着を巻きつけただけの姿で顔を出した。
「婚約者?!」
「未婚の淑女さん。そんなふしだらな格好で、紳士の前に現れていいのかな」
セレーナは慌てて隠れ、パーテーションの隙間からアンドリューを覗く。口調は変わらずとも、昨日までと何かが違うとは感じていたが、それが婚約者だとセレーナは思いつきもしなかった。
「応接間で待っている。伯爵家の連中を、釘付けにするドレスを頼むよ」
彼はセレーナではなく、支度をする侍女に向けて言付けた。
「私は一番に知らせたのに」
「お嬢様?」
アンドリューが居なくなると、セレーナは一気に脱力しベッドに倒れ込み、コルセットを持った侍女は困惑した。結婚は家同士の繁栄の為という理解はあるけれど、本人の意思の配分を誰も彼女に教えなかったし、人生が一変する恐怖を語ってはくれなかった。今日の婚約披露をセレーナが一人で迎えるのは、侍女抜きの夜会支度と同じだ。幼馴染無しの人生など、彼女は一度も考えた事がなかった。
応接間の扉の奥からは何やら親しげな声が聞こえ、それを両親だと思ったセレーナは急いで扉に体重をかけた。
「セレーナ……」
そこに父と母の姿はなく、アンドリューと見知らぬ女性が菓子を手に談笑していた。
「まぁ、なんてお美しいの!」
「おいで、セレーナ」
ドレスの裾を持ち上げ、顔つきの変わったセレーナは慎ましく室内を進んでいった。
「本当に綺麗だよ……」
「身に余るお言葉です。公爵様」
セレーナは長いまつ毛を伏せ、誰の顔もきちんとは見なかった。
「紹介しよう。こちらはデイジー・カートライト侯爵令嬢だ。そして……」
「アンドリュー様の婚約者ですわ。セレーナ嬢の美貌のお噂は、かねがね伺ってました。お会い出来て、大変喜ばしいです」
謎の女性はアンドリューの好きそうな淡い色味のドレスをまとい、年の割に言葉遣いは粗く、この辺りでは聞かない名だった。
「こちらこそ、大変光栄に存じます。公爵様、本日はどういった予定になるのでしょうか?」
「詳しい事は、馬車で話すとしよう」
セレーナは昨日の楽しかった帰り道を思い出して、胸を握られるような痛みがした。
「承知いたしました。お二人は、もう少しここで足を伸ばしていてくださる? すぐに戻ります」
そして部屋を出たセレーナは「コルセットがきついみたいなの」と侍女を呼んだ。その痛みがコルセットのせいではない事に気付いていた侍女は、何も言わずに彼女の気の済むまで優しく結び目を緩めた。
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