神は奇跡を選ばない ――英雄たちの帰還譚―

えええ

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城に着くと、レオンは迷いなく謁見の間へと向かった。
重厚な扉の前に立つと、左右を守っていた騎士たちが無言で扉を開く。

中へ足を踏み入れた瞬間、空気が一段と引き締まった。
無骨ではあるが、細部まで手入れの行き届いた質の良い調度品が並ぶ広間。その最奥、わずかに高く設えられた壇上に、玉座に腰掛ける一人の男がいた。

鋭い眼差しと、長年権力の中枢に立ち続けてきた者特有の威圧感。
一目で、この国の頂点に立つ存在だと理解できる。

私は静かに一礼する。

すると、男は低く響く声で口を開いた。

「我こそがヴァルハイム帝国皇帝、アウグスト・フォン・ヴァルハイムである。
お主のことは、そこのレオンからすでに聞いておる」

玉座の肘掛けに指を置き、皇帝アウグストは私をじっと見据える。

「――時を越えて現れた存在。
そして、最近各地で問題となっている“建造物”について、何かを知る者、とな」

私は皇帝に向かい、例の建造物――邪神の力のかけらが封印されている場所であること、そして本来封じられているはずの魔王と邪神が手を組んだ事実を告げた。

その瞬間、謁見の間に集っていた重鎮たちが一斉にざわめき始める。

やがて、その中の一人が一歩前に出て、声を荒げた。

「おい、貴様。そんな荒唐無稽な話を並べ立てて、陛下に取り入ろうとしているのではあるまいな」

私は落ち着いたまま答える。

「いいえ。本当のことですよ」

すると、その男はさらに語気を強めた。

「平民風情が、なんという口の利き方だ。本来ならば深く頭を垂れるべき場で、あのような軽い礼をしおって。礼儀も知らぬのか」

その言葉に、他の重鎮たちも同調するようにざわめきを大きくしていく。

(……もう、何を言っても無駄ね)

内心でそう呆れながら、私は隣に立つレオンへと視線を向ける。

「ねえレオン。あの人たち、一旦黙らせてきていい?」

彼は小さくため息をつき、肩をすくめた。

「……好きにしろ」

その一言を合図に、私は静かに一歩前へ出る。

「では――少し黙っていてもらおうか、人の子よ」

そう告げた瞬間、普段は隠している純白の翼が背に顕れ、私は女神としての姿を現した。
清浄な光が謁見の間を満たし、空気そのものが震える。

「先ほど、礼を欠いていると言っていたな」

静かに、だが確かな重みを込めて言葉を続ける。

「だが――女神を前にしてその態度。
無礼なのは、果たしてどちらだ?」

圧倒的な神威に、重鎮たちは顔面蒼白となり、言葉を失う。

その様子を見届けた皇帝が、重く響く声で口を開いた。

「――もうよい」

玉座から重鎮たちを一瞥し、命じる。

「女神殿がお怒りだ。お主たちは一旦下がれ」

逆らえる者はいない。
重鎮たちは深々と頭を下げ、逃げるように謁見の間を後にした。

やがて足音が消え、広間には静寂だけが残る。

私は小さく息を吐いた。

次の瞬間、背に広げていた純白の翼が淡い光となってほどけ、粒子のように空気へと溶けていく。
神威に満ちていた空間はゆっくりと収束し、張り詰めていた圧迫感も霧が晴れるように消えていった。

髪を撫でていた神々しい光も失われ、私はいつもの――一人の少女の姿へと戻る。

「……ふう」

思わず漏れた吐息は、少しだけ人間らしいものだった。

それを横目で見ていたレオンが、肩をすくめる。

「相変わらず切り替えが早いな」

「長くあの姿でいると、周りが疲れるでしょう?」

そう返しながら、私は軽く肩を回す。
神であることは事実でも、常にそれを前面に出す必要はない。

玉座の上からその様子を見ていたアウグストも、わずかに表情を緩めていた。

張り詰めていた空気は確かに緩み、
ようやくこの場は“話し合い”のための場へと戻った。

――ここからが、本題だ。

皇帝は深く息を吐き、私に向かって言葉をかける。

「先ほどはすまなかった、女神殿。あの者たちには、少々灸を据えるつもりでな」
「そこのレオンにも、話を通して協力してもらっていたのだ」

私はゆっくりとレオンを見る。

「……レオン。こうなるって、最初から分かっていたわね」

「さてな。何のことだ」

わざとらしい態度に、小さくため息が漏れる。

「まったく……」

私は改めて皇帝へ向き直った。

「それと、私のことは“女神”といった堅苦しい呼び方でなくて構いません。
稟と呼んでいただければ十分です」

稟の言葉を受けて、皇帝アウグストは一瞬だけ言葉を失い、やがて小さく笑みを浮かべた。

「……そうか。ならば、我――いや」

一度言葉を切り、肩の力を抜くように続ける。

「俺のことはアウグストでいい。
女神にそこまで畏まられるのも、正直落ち着かなくてな」

玉座に座ったままではあったが、その声音からは、先ほどまでの皇帝然とした硬さが薄れていた。

「この場では、皇帝ではなく一人の人間として話そう。
その方が、腹を割って話せるだろう?」

それを聞いて、私は小さく目を瞬かせる。

「あら……そう言われると、少し気が楽になるわね」

そう応じると、謁見の間に残っていた最後の緊張も、ようやく完全に溶けていった。

やがてアウグストは表情を引き締め、静かに問いかける。

「……先ほどの話は、本当なのだな?」

「ええ。本当よ」

迷いなく頷く。

「この世界を管理している女神から、直接聞いた話だもの。確かな筋からの情報よ」

アウグストは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
事の重大さを、誰よりも理解している――そんな沈黙だった。
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