神は奇跡を選ばない ――英雄たちの帰還譚―

えええ

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しばしの沈黙の後、アウグストはゆっくりと目を開いた。
その眼差しには、もはや迷いはなかった。

「……つまりだ」
「各地に出現している建造物は、偶然現れた遺跡などではない」
「邪神の力の一部が封じられた“楔”であり、なおかつ――」

言葉を切り、アウグストは私を真っ直ぐに見据える。

「魔王と邪神が手を組み、その“かけら”を回収している、ということか」

「ええ。その認識で合っているわ」

私は頷き、そのまま続けた。

「本来、あれらは世界の管理者によって厳重に封じられていたものよ」
「でも、長い年月で封印は摩耗していった。そこに魔王の封印の歪みが重なって――」
「今はもう、外部からの干渉に耐えられない状態になっているの」

一拍置き、静かに告げる。

「厄介なことに……いくつかのかけらは、すでに向こうの手に渡っている」

私は小さく肩をすくめた。

「何も知らずに近づけば、利用される」
「知っていれば……破滅する」
「どちらにせよ、人の手に余る代物よ」

その言葉が謁見の間に重く落ちた、その時だった。
壁際で黙って話を聞いていたレオンが、低い声で口を開く。

「建造物の数は、確認できているだけで七つだ」
「だが――表に出ていないものがあっても、おかしくない」

「七……」

アウグストが小さく呟く。

私は女神から聞いた情報を思い返しながら、静かに言葉を続けた。

「向こうは、最低でも三つは回収しているはずよ」

一呼吸。

「それに対して、こちらが確保できているのは……一つだけ」

数字として口にした瞬間、その差はあまりにも明確だった。
力の均衡は、すでに静かに、しかし確実に崩れ始めている。

このまま放置すれば――
次に動くのは、間違いなく向こうだ。

アウグストはしばし考え込むように腕を組み、やがて口を開いた。

「……ならば、こちらから騎士団を派遣させよう」
「調査と同時に、封印の維持も試みる」

その言葉に、私は静かに首を振る。

「勇者なら、女神の加護があるから問題ないわ」
「でも、そうじゃないなら……最低でも、あの戦いの時のレオンや英雄たちと同等の力がなければ」
「近づいたところで、あれに飲み込まれるだけね」

事実を突きつける言葉だった。
誇張ではない。むしろ、控えめなくらいだ。

アウグストは短く息を吐き、苦笑する。

「……となると、まともに対処できるのは」
「この国に限れば、俺と稟だけか」

その言葉に、私はわずかに視線を伏せる。

「でも……昨日今日来た私が、この件の中心にいることに、異を唱える人も出ると思うけど」

そう考えていると、アウグストが不意に顔を上げた。
何かを思いついたような表情だった。

「……いや、そうではないな」

皇帝の声に、確信が混じる。

「稟は、かつて“光姫”に呼ばれ、共に戦ったではないか」

(……光姫)

その名が、胸の奥を静かに刺す。
ソフィア。
当時の皇帝から与えられた、彼女の二つ名。

記憶を辿る間もなく、アウグストは続けた。

「どうだ、稟」
「帰還した英雄として、“光姫”の名を継ぐのは?」

その提案に、空気が一瞬張り詰める。

すると、レオンから静かな念話が飛んできた。

『……いいのか?』

私は小さく息を吸い、同じく念話で答える。

『ええ……これが、私に課せられた罰なのでしょう』

私は一度、静かに息を整え、前を見据えた。

「分かった」
「その名は……私が引き受ける」

決意を込め、はっきりと言い切った。

アウグストは、わずかに目を細める。

「皇帝が個人に二つ名を授ける――その意味が、どれほど重いか分かっているな?」

「ええ。よく知っているわ」

それは、ただの称号ではない。
個人で国家と対等に渡り合える存在であると認める証。
同時に、皇族と同等の立場を与え、帝国に牙を剥かせないための――鎖でもある。

その意味を、私は誰よりも理解していた。

それでもなお、私はその名を引き受ける。

光姫の名を。
かつて守れなかった少女の、その続きを生きるために。

その日のうちに、皇帝アウグストの名のもと、緊急の勅命が下された。

場所は謁見の間。
だが今回は、重鎮だけでなく、上級貴族、将軍、騎士団長、魔道技師長までが招集されていた。
私とレオンは、玉座のやや前――
本来なら皇族しか立てない位置に並んで立っている。

二人とも、深くフードを被っていた。
光を遮るほど深く落とされた影が、顔の上半分を覆い、
表情どころか視線の動きさえ読み取りにくい。

意図的な装いだった。
英雄として名を示す場であっても、
“何者か”をすべて晒す必要はない。

(……やっぱり、視線が痛いわね)

抑えられてはいるが、無数の疑念と警戒が空気を満たしていた。

やがて、アウグストが玉座から立ち上がる。

その瞬間、場は水を打ったように静まり返った。

「諸君」
「本日、急遽集まってもらったのには理由がある」

低く、よく通る声が謁見の間に響く。

「近年、国内外に出現している謎の建造物について――」
「帝国として、正式に対処を開始する」

ざわり、と空気が揺れる。

だが、アウグストは一切の間を置かず、核心へ踏み込んだ。

「そして、その対処の中核を担う存在を、ここに示す」

視線が、私に向く。

「彼女は、かつて勇者召喚の時代において、魔王討伐に深く関わった者」
「時を越え、この帝国に帰還した英雄である」

息を呑む気配が広がる。

「そして――」

アウグストは、はっきりと告げた。

「皇帝の権限により、彼女に“光姫”の二つ名を授ける」
「先代光姫の名を継ぐ者として、ここに認める」

沈黙。

次の瞬間、それは爆発した。

「な……っ」
「光姫、だと……?」
「まさか、あの称号を……?」

老貴族が、震える声で前に出る。

「陛下……光姫とは、勇者と並び称され、国を救った象徴……」
「それを、今この場に現れたばかりの者に与えるなど――」

アウグストは視線一つで封じた。

「光姫の名は、血筋で継がれるものではない」
「世界を守る覚悟と力を持つ者が継ぐ名だ」

そして、言い切る。

「彼女は、建造物の正体を知っている」
「魔王と邪神の動きを把握し、対処できる数少ない存在だ」

一瞬、間。

「そして何より――」
「この帝国において、単独で国と対等に交渉できる力を持つ者だ」

その重さを、誰もが理解した。

私は一歩前へ出る。

「光姫の名を継ぎ、この世界を守るために動きます」

期待、恐怖、反発、希望――
様々な感情が、私に向けられていた。

(……ソフィア)

あなたが背負っていた重さを、今度は私が引き受ける。

レオンが小さく呟く。

「……やれやれ。面倒な役回りだな」

『今さらでしょう?』

『そうだな』

こうして――
光姫は、再び帝国の歴史の表舞台に姿を現した。

それが救いになるのか、
それとも新たな火種となるのか。

その答えを知る者は、まだ誰もいない。
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