神は奇跡を選ばない ――英雄たちの帰還譚―

えええ

文字の大きさ
10 / 27

10

しおりを挟む
任命式が終わり、人の気配が少しずつ薄れていく中、アウグストがふとこちらを振り返った。

「稟、少しついてこい」

「……どこへ行くの?」

そう尋ねると、彼は歩き出しながら短く答える。

「行けば分かる」

それ以上は何も語られず、私は黙ってその背中を追った。

城の奥へ、さらに人目のつかない道を進んでいく。
やがて視界が開け、そこは城内とは思えないほど静かな、丘のような場所だった。

緩やかな草地の中央に、大きな石碑がひとつ。
その周囲を囲むように、少し距離を置いて四つの小さな石碑が並んでいる。

アウグストは足を止め、低い声で語った。

「ここは、俺の祖先が守ってきた場所だ」
「勇者タケルがな……“もし稟が帰ってくることがあれば、必ずここへ案内してほしい”と」
「それが、皇家に代々伝えられてきた言葉だった」

そう言って、彼は一歩奥へ進む。

小さな石碑の一つひとつには、かつての英雄たちの名が刻まれていた。

――ソフィア
――タケル
――レイナ
――エドガー

そして中央の、大きな石碑。
そこには、あの戦いで命を落とした無数の者たちの名が、隙間なく刻まれている。

私はその前に立ち、静かに手を合わせた。

(……みんな)

胸の奥が、きゅっと締めつけられる。

(あの戦いのあと、すぐに帰ってしまってごめんなさい)
(でも……ちゃんと、帰ってきたわ)

風が草を揺らし、丘を静かに吹き抜けていく。

私は、ソフィアの名が刻まれた石碑を見つめ、心の中でそっと語りかけた。

(見ていてね、ソフィア)
(今度こそ、魔王を倒す)
(あなたが望んでいた――平和な世界を、必ず目指すから)

小さく息を吸い、私は顔を上げた。

過去は、もう背負った。
ここからは、前に進むだけだ。

少しの月日が流れた。

その間、私は“光姫”としてではなく、ただの稟としてギルドに籍を置き、依頼を淡々とこなしていた。

そんなある日、レオンを通じて皇帝から正式な依頼が届く。
内容は、邪神封印の建造物に関する調査――そして、必要であれば対処。

私はそれを受け、久しぶりに“光姫”として動くことを決めた。
深くフードを被り、素性と気配を抑えたまま現地へ向かう。

到着した時には、すでに遅かった。

建造物の前には、まだ結界の残滓が空気に漂っており、魔族たちが引き上げようとしているところだった。
その手には、邪神の力のかけら。

私は岩陰から様子を窺い、数を数える。

「……三体か」

小さく呟き、ためらいなく前へ出る。

「その手に持っているものを渡しなさい」
「そうすれば……見逃してあげる」

静かな声だったが、意思ははっきりと込めた。

返答はない。
魔族たちは即座に散開し、襲いかかってきた。

先頭の一体が剣を振るい、正面から斬りかかる。
同時に、後方の二体が詠唱を終え、闇属性魔法――ダークジャベリンを放ってきた。

私は即座に判断する。

身体強化の魔法を展開。
同時に、光属性魔法《ホーリージャベリン》を四本、宙に構成した。

金属音が響く。
剣の斬撃を、魔力で形作った刃で正面から受け止める。

飛来するダークジャベリンには、二本のホーリージャベリンを放ち、正面から相殺。
残る二本は軌道を変え、後方の魔族へと突き刺さった。

光が貫き、二体は悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちる。

最後に残った剣の魔族が、一瞬だけ動きを止めた。

私はもう片方の手に魔力を集束させ、刃の形へと収める。

迷いはない。

一歩踏み込み、横一閃。

魔力の刃が魔族の身体を切り裂き、そのまま地へと倒れ伏させた。

静寂が戻る。

私は魔族の手から、邪神の力のかけらを回収し、周囲を一瞥する。
追撃の気配はない。

フードを深く被り直し、その場を後にした。

こうして私は、かけらを確保し、何事もなかったかのように帰還した。

ギルドへ戻ると、受付を素通りして奥へ向かい、レオンの姿を見つける。
彼に近づき、簡潔に報告した。

「回収は完了したわ。抵抗はあったけど、問題ない」

そう口にしながらも、胸の奥に小さな違和感が残っていた。
――あまりにも、静かすぎる。

レオンは短く頷いたあと、すぐに表情を引き締める。

「ちょうどいいタイミングだな。ついさっき皇帝から連絡が入った」

私は視線だけで続きを促した。

「魔王と邪神封印の建造物についての件で、王国から使者が来る」
「アイリス王女と、三人の勇者が直接会談に臨むそうだ」

その言葉に、胸の奥がわずかにざわめく。

「……私たちも?」

「ああ。皇帝直々の命令だ。俺と稟も出席しろ、とな」

私はフードの奥で、静かに息を整えた。

(……やっぱり、動き出したわね)

ここから先は、もう避けられない。
魔王も、勇者たちも、そして過去も――
すべてが、同じ場所へ集まろうとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...