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会談が行われた、その夜。
城の一角、静まり返った回廊を歩いていると、ふと――
亮が、(明日の調査だが……その剣じゃない。“桜花”を持っていけ)
思いがけない言葉に、私はわずかに足を緩める。
(……桜花を? どうして?)
問い返すと、少し間があって、淡々とした返答が返ってくる。
(今はいい)
(じきに分かる)
それ以上、彼は何も語らない。
理由を聞き出す隙すら与えない、いつもの調子だった。
胸の奥に、小さな違和感が残る。
(桜花……ね)
亮が、理由もなく名指しするはずがない。
そして、彼が“語らない”選択をした時ほど――
何かが起きる。
夜風が、城の外から静かに吹き込み、回廊を撫でていった。
明日の調査は、きっと――
想定通りには進まない。
翌朝、全員が所定の場所に集合した。
私は、腰に下げた武器を一度だけ確かめる。
そこにあったのは、いつもの剣ではない。
亮に言われた通り、携えているのは――
扇子のような形をした、淡い桜色の武器。《桜花》。
(……これでいいんでしょうね)
内心でそう呟きながらも、理由を問うことはしなかった。
亮が“今は語らない”と言った以上、それ以上を聞いても意味はない。
準備が整ったのを見て、レオンが一歩前に出る。
「今から転移する。現地へ直接向かうぞ」
その言葉と同時に、彼の足元から魔法陣が広がった。
七人が余裕をもって立てるほどの大きさで、幾重にも重なる魔術式が淡く光を放つ。
次の瞬間。
視界が反転し、空間が折り畳まれるような感覚が走った。
――そして、森の中。
湿った土の匂いと、木々のざわめきが一斉に押し寄せる。
一瞬前まで城内にいたとは思えないほど、はっきりとした自然の気配だった。
「……え?」
「うわ……」
王国側の四人――アイリスと三人の勇者は、明らかに戸惑った様子で周囲を見回している。
どうやら、転移魔法は初めてだったらしい。
王国側の四人が、戸惑いを隠せず周囲を見回しているのを、私は横目で眺める。
(魔道具による転移は、対応する魔道具同士の間でしか移動できない)
(でも、魔法による転移なら――術者が知っている場所であれば、どこへでも行ける)
初めての感覚なのだろう。
空間が折り畳まれるあの一瞬は、慣れていなければ驚いて当然だ。
建造物の目前に到着した瞬間、空気が明らかに変わった。
古代の魔力が淀み、呼吸のたびに肌を刺すような違和感がある。
レオンが一歩前に出て、周囲を見渡す。
「……ここから先は危険だ」
「アイリス王女とアウグスト皇帝は、これ以上進むべきではない」
そして、静かにこちらへ視線を向けた。
「光姫、行ってくれるか」
私は短く頷き、建造物の内部へと足を踏み入れる。
背後で、レオンの声が続いた。
「他の者は、王女と皇帝の護衛だ」
その言葉を聞きながら、私は迷いなく奥へ進む。
内部は外観以上に荒廃しており、壁には封印術式の残骸が走っていた。
(……やはり、ここね)
ほどなく、目的の“かけら”を回収し、私は再び外へと戻る。
合流すると、手の中のそれを掲げた。
「これが、かけらよ」
アイリス王女と、三人の勇者たちが息を呑む。
恭介が、一歩前に出て、食い入るようにそれを見つめた。
「これが……」
その瞬間だった。
背筋を撫でる、はっきりとした殺気。
「――伏せて!」
私は反射的に恭介を突き飛ばした。
刹那。
空を裂くような斬撃が、恭介の首があった位置を正確に薙ぐ。
(防御が間に合わない……なら)
迷いはなかった。
私は扇子状の武器――桜花を構え、能力を解放する。
次の瞬間、斬撃が私を捉えた。
鋭い衝撃。
フードが宙を舞い、視界が開ける。
「なっ――」
背後から、勇者たちの驚愕の声が漏れた。
「相変わらず、厄介な力だな」
低く、嘲るような声。
姿を現したのは――魔王。
だが、その斬撃が捉えたはずの私の首は、
――次の瞬間、桜の花弁へと変わり、風に溶けて散っていた。
散ったはずの桜の花弁が、ふわりと舞い戻り、再び私の輪郭を形作る。
何事もなかったかのように、私は魔王を見据えた。
「あら――」
口元に、わざとらしい微笑を浮かべる。
「魔王ともあろう者が、不意打ちなんて。
それとも――復活したばかりで、まだ本調子じゃないのかしら?」
挑発にも等しい言葉。
だが、魔王は眉一つ動かさなかった。
王女、皇帝、勇者たち――
周囲を一瞥し
「この人数か……殺すとなると、少々手間がかかるな」
そして、私へと視線を戻す。
「属性神よ」
「かけらを――全て寄越せ。
すれば、この場は引こう」
その一言で、空気が一段、冷え切った。
私は小さく肩をすくめ、首を傾げる。
「……全部?
随分と強欲ね」
次の瞬間、魔王の視線が、ゆっくりと私の背後へと流れた。
勇者たち。
アイリス王女。
アウグスト皇帝。
逃げ場のない存在たちを、品定めするように。
「お荷物を抱えながら、戦うか?」
声音は静かだったが、そこに含まれる意味はあまりにも明確だ。
これは取引ではない。
脅迫だ。
(……この場で倒すこと自体は、可能)
冷静に、即座に算段する。
(でも――
全員の生死まで、責任は持てない)
一瞬でも判断を誤れば、
誰かが確実に死ぬ。
刹那の沈黙を楽しむように、魔王は口角を吊り上げた。
「それとも――」
わざと、間を置く。
「主殺しの次は、
王族殺しでも、するか?」
くつくつと、喉を鳴らすような笑いが響いた。
「――貴様……!」
レオンの声に、抑えきれぬ怒気が滲む。
戦鬼の殺気が、空間を震わせた。
私は、ゆっくりと息を吸う。
(……感情で動けば、最悪の結果になる)
怒りを押し殺し、
私は真正面から魔王を見据えた。
「……全部渡したら」
言葉を選ぶように、区切る。
「本当に、引くの?」
魔王は、迷いなく答えた。
「――魔王の名に誓おう」
重い言葉だった。
嘘をつく必要のない立場の者の、断言。
一瞬の沈黙。
「……ちっ」
小さく舌打ちし、
私は手の中の“かけら”を――すべて、放った。
「……受け取りなさい」
「では、受け取った」
魔王はそれを掴み、満足げに頷く。
その身体が、闇に溶けるように後退しかけた――その瞬間。
私は低く、確かな声音で告げた。
「次は」
「封印じゃなく――確実に、殺してあげる」
闇の中で、魔王が嗤う。
「ふっ……楽しみだ」
その言葉を最後に、気配は完全に消え去った。
残されたのは、重く沈黙した空間と、
誰一人、すぐには言葉を発せぬほどの緊張だけだった。
魔王と、フードの少女――いや、「光姫」と呼ばれる存在の会話を聞きながら、
恭介は、ただ立ち尽くしていた。
言葉一つひとつが、重すぎた。
魔王。
その名だけで、世界を揺るがす存在。
(……勝てるわけがない)
剣を握る手が、わずかに震えていることに、恭介は気づいていた。
技量だとか、勇気だとか、そういう次元ではない。
あれは――
(力の“差”ですらない)
同じ土俵に立っていない。
存在そのものが、違う。
その恐怖に拍車をかけたのは、目の前に立つ少女だった。
(……死んだ、はずだ)
訓練中。
崖から落ち、誰もが――恭介自身も――
「もう助からない」と思った少女。
(……なのに、どうして)
今、ここにいる。
平然と魔王と向き合い、言葉を交わし、命を賭けた駆け引きをしている。
脳が、現実を拒絶していた。
理解しようとするほど、思考が追いつかなくなる。
(生きてる……?)
(いや、そんなはずは……)
混乱の最中、魔王の言葉が耳に刺さる。
――主殺し。
(……主、殺し?)
意味が、繋がらない。
誰のことを指しているのかも、
なぜそれを笑いながら口にするのかも。
(何を……言ってるんだ……?)
恐怖と疑問が、絡まり合い、胸の奥に沈殿する。
城の一角、静まり返った回廊を歩いていると、ふと――
亮が、(明日の調査だが……その剣じゃない。“桜花”を持っていけ)
思いがけない言葉に、私はわずかに足を緩める。
(……桜花を? どうして?)
問い返すと、少し間があって、淡々とした返答が返ってくる。
(今はいい)
(じきに分かる)
それ以上、彼は何も語らない。
理由を聞き出す隙すら与えない、いつもの調子だった。
胸の奥に、小さな違和感が残る。
(桜花……ね)
亮が、理由もなく名指しするはずがない。
そして、彼が“語らない”選択をした時ほど――
何かが起きる。
夜風が、城の外から静かに吹き込み、回廊を撫でていった。
明日の調査は、きっと――
想定通りには進まない。
翌朝、全員が所定の場所に集合した。
私は、腰に下げた武器を一度だけ確かめる。
そこにあったのは、いつもの剣ではない。
亮に言われた通り、携えているのは――
扇子のような形をした、淡い桜色の武器。《桜花》。
(……これでいいんでしょうね)
内心でそう呟きながらも、理由を問うことはしなかった。
亮が“今は語らない”と言った以上、それ以上を聞いても意味はない。
準備が整ったのを見て、レオンが一歩前に出る。
「今から転移する。現地へ直接向かうぞ」
その言葉と同時に、彼の足元から魔法陣が広がった。
七人が余裕をもって立てるほどの大きさで、幾重にも重なる魔術式が淡く光を放つ。
次の瞬間。
視界が反転し、空間が折り畳まれるような感覚が走った。
――そして、森の中。
湿った土の匂いと、木々のざわめきが一斉に押し寄せる。
一瞬前まで城内にいたとは思えないほど、はっきりとした自然の気配だった。
「……え?」
「うわ……」
王国側の四人――アイリスと三人の勇者は、明らかに戸惑った様子で周囲を見回している。
どうやら、転移魔法は初めてだったらしい。
王国側の四人が、戸惑いを隠せず周囲を見回しているのを、私は横目で眺める。
(魔道具による転移は、対応する魔道具同士の間でしか移動できない)
(でも、魔法による転移なら――術者が知っている場所であれば、どこへでも行ける)
初めての感覚なのだろう。
空間が折り畳まれるあの一瞬は、慣れていなければ驚いて当然だ。
建造物の目前に到着した瞬間、空気が明らかに変わった。
古代の魔力が淀み、呼吸のたびに肌を刺すような違和感がある。
レオンが一歩前に出て、周囲を見渡す。
「……ここから先は危険だ」
「アイリス王女とアウグスト皇帝は、これ以上進むべきではない」
そして、静かにこちらへ視線を向けた。
「光姫、行ってくれるか」
私は短く頷き、建造物の内部へと足を踏み入れる。
背後で、レオンの声が続いた。
「他の者は、王女と皇帝の護衛だ」
その言葉を聞きながら、私は迷いなく奥へ進む。
内部は外観以上に荒廃しており、壁には封印術式の残骸が走っていた。
(……やはり、ここね)
ほどなく、目的の“かけら”を回収し、私は再び外へと戻る。
合流すると、手の中のそれを掲げた。
「これが、かけらよ」
アイリス王女と、三人の勇者たちが息を呑む。
恭介が、一歩前に出て、食い入るようにそれを見つめた。
「これが……」
その瞬間だった。
背筋を撫でる、はっきりとした殺気。
「――伏せて!」
私は反射的に恭介を突き飛ばした。
刹那。
空を裂くような斬撃が、恭介の首があった位置を正確に薙ぐ。
(防御が間に合わない……なら)
迷いはなかった。
私は扇子状の武器――桜花を構え、能力を解放する。
次の瞬間、斬撃が私を捉えた。
鋭い衝撃。
フードが宙を舞い、視界が開ける。
「なっ――」
背後から、勇者たちの驚愕の声が漏れた。
「相変わらず、厄介な力だな」
低く、嘲るような声。
姿を現したのは――魔王。
だが、その斬撃が捉えたはずの私の首は、
――次の瞬間、桜の花弁へと変わり、風に溶けて散っていた。
散ったはずの桜の花弁が、ふわりと舞い戻り、再び私の輪郭を形作る。
何事もなかったかのように、私は魔王を見据えた。
「あら――」
口元に、わざとらしい微笑を浮かべる。
「魔王ともあろう者が、不意打ちなんて。
それとも――復活したばかりで、まだ本調子じゃないのかしら?」
挑発にも等しい言葉。
だが、魔王は眉一つ動かさなかった。
王女、皇帝、勇者たち――
周囲を一瞥し
「この人数か……殺すとなると、少々手間がかかるな」
そして、私へと視線を戻す。
「属性神よ」
「かけらを――全て寄越せ。
すれば、この場は引こう」
その一言で、空気が一段、冷え切った。
私は小さく肩をすくめ、首を傾げる。
「……全部?
随分と強欲ね」
次の瞬間、魔王の視線が、ゆっくりと私の背後へと流れた。
勇者たち。
アイリス王女。
アウグスト皇帝。
逃げ場のない存在たちを、品定めするように。
「お荷物を抱えながら、戦うか?」
声音は静かだったが、そこに含まれる意味はあまりにも明確だ。
これは取引ではない。
脅迫だ。
(……この場で倒すこと自体は、可能)
冷静に、即座に算段する。
(でも――
全員の生死まで、責任は持てない)
一瞬でも判断を誤れば、
誰かが確実に死ぬ。
刹那の沈黙を楽しむように、魔王は口角を吊り上げた。
「それとも――」
わざと、間を置く。
「主殺しの次は、
王族殺しでも、するか?」
くつくつと、喉を鳴らすような笑いが響いた。
「――貴様……!」
レオンの声に、抑えきれぬ怒気が滲む。
戦鬼の殺気が、空間を震わせた。
私は、ゆっくりと息を吸う。
(……感情で動けば、最悪の結果になる)
怒りを押し殺し、
私は真正面から魔王を見据えた。
「……全部渡したら」
言葉を選ぶように、区切る。
「本当に、引くの?」
魔王は、迷いなく答えた。
「――魔王の名に誓おう」
重い言葉だった。
嘘をつく必要のない立場の者の、断言。
一瞬の沈黙。
「……ちっ」
小さく舌打ちし、
私は手の中の“かけら”を――すべて、放った。
「……受け取りなさい」
「では、受け取った」
魔王はそれを掴み、満足げに頷く。
その身体が、闇に溶けるように後退しかけた――その瞬間。
私は低く、確かな声音で告げた。
「次は」
「封印じゃなく――確実に、殺してあげる」
闇の中で、魔王が嗤う。
「ふっ……楽しみだ」
その言葉を最後に、気配は完全に消え去った。
残されたのは、重く沈黙した空間と、
誰一人、すぐには言葉を発せぬほどの緊張だけだった。
魔王と、フードの少女――いや、「光姫」と呼ばれる存在の会話を聞きながら、
恭介は、ただ立ち尽くしていた。
言葉一つひとつが、重すぎた。
魔王。
その名だけで、世界を揺るがす存在。
(……勝てるわけがない)
剣を握る手が、わずかに震えていることに、恭介は気づいていた。
技量だとか、勇気だとか、そういう次元ではない。
あれは――
(力の“差”ですらない)
同じ土俵に立っていない。
存在そのものが、違う。
その恐怖に拍車をかけたのは、目の前に立つ少女だった。
(……死んだ、はずだ)
訓練中。
崖から落ち、誰もが――恭介自身も――
「もう助からない」と思った少女。
(……なのに、どうして)
今、ここにいる。
平然と魔王と向き合い、言葉を交わし、命を賭けた駆け引きをしている。
脳が、現実を拒絶していた。
理解しようとするほど、思考が追いつかなくなる。
(生きてる……?)
(いや、そんなはずは……)
混乱の最中、魔王の言葉が耳に刺さる。
――主殺し。
(……主、殺し?)
意味が、繋がらない。
誰のことを指しているのかも、
なぜそれを笑いながら口にするのかも。
(何を……言ってるんだ……?)
恐怖と疑問が、絡まり合い、胸の奥に沈殿する。
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