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魔王の気配が完全に消え去ったあとも、
しばらくの間、誰一人として動けずにいた。
重く沈殿した魔力の残滓が空気に絡みつき、
呼吸するたびに肺の奥を圧迫する。
それは、ただ「強敵と遭遇した」という感覚とは、明らかに異なるものだった。
私は、ゆっくりと周囲を見渡す。
アウグスト皇帝は、玉座にある時と変わらぬ威厳を保とうとしていたが、
その背に走る緊張までは、隠しきれていない。
アイリス王女は唇を強く噛み締め、
自らを叱咤するように背筋を伸ばしている。
だが、その瞳には――はっきりとした動揺の色が宿っていた。
そして、勇者たち。
恭介は剣を握ったまま、地面に縫い止められたかのように動かない。
直哉は浅い呼吸を繰り返し、
俊は青ざめた表情のまま、視線を伏せていた。
――戦意は、完全に削がれている。
無理もない。
あれは「戦える存在」ではなかった。
生きて帰れただけで、奇跡に等しい。
私は、そっと息を吐く。
(……この状態で、これ以上留まるのは危険ね)
隣に立つレオンへ、視線を向ける。
言葉は交わさない。
だが、戦鬼は一瞬で私の判断を理解した。
「――ここまでだ」
低く、短い声。
「これ以上の滞在は危険が大きすぎる」
「帝国へ戻る」
異論を挟める者はいなかった。
今は誰もが、
「魔王が去った」という事実よりも、
「魔王が、ここにいた」という現実に押し潰されている。
レオンが魔法陣を展開する。
再び、空間が歪み、折り畳まれていく感覚。
私は、最後にもう一度だけ、王女と勇者たちを見た。
(……今日、あなたたちが見たものは)
(きっと、世界の見え方そのものを変える)
光が視界を満たし――
次の瞬間、私たちは帝国へと帰還していた。
森の気配も、魔王の残滓も、すでに遠い。
だが、あの圧だけは、
確かに全員の心に刻み込まれている。
――恐怖という名で。
城へ戻ってから、しばしの時間が過ぎた。
医務官による簡単な確認を終え、
ようやく落ち着きを取り戻した頃――
アウグスト皇帝が、私の前に立った。
その表情には、もはや混乱はない。
皇帝としての冷静さが、確かに戻っていた。
「光姫よ」
低く、しかし威圧のない声。
「なぜ、あの場で――
魔王に“かけら”を渡した?」
玉座の間ではない。
あくまで非公式の場。
それでも、その問いの重さは変わらない。
私は答える前に、ほんの一瞬だけ隣を見る。
レオンが、無言でこちらを見つめていた。
責めるでも、急かすでもない。
ただ、私の身を案じる眼差し。
私は、小さく頷く。
――大丈夫。
そう伝えるための、ほんの僅かな仕草。
そして、皇帝へと視線を戻した。
「その件については……」
言葉を選び、静かに続ける。
「無用な混乱は、避けたいのです」
一拍、置いて。
「あの場にいた者のみを集めて」
「改めて、話しましょう」
空気が、わずかに張り詰めた。
それは拒絶ではない。
だが、即答を避けたという事実が、
この話題の重さを雄弁に物語っている。
アウグスト皇帝は、私をじっと見つめ――
やがて、静かに頷いた。
「……分かった」
「場を整えよう」
その声には、
すでに“聞く覚悟”が滲んでいた。
しばらくの間、誰一人として動けずにいた。
重く沈殿した魔力の残滓が空気に絡みつき、
呼吸するたびに肺の奥を圧迫する。
それは、ただ「強敵と遭遇した」という感覚とは、明らかに異なるものだった。
私は、ゆっくりと周囲を見渡す。
アウグスト皇帝は、玉座にある時と変わらぬ威厳を保とうとしていたが、
その背に走る緊張までは、隠しきれていない。
アイリス王女は唇を強く噛み締め、
自らを叱咤するように背筋を伸ばしている。
だが、その瞳には――はっきりとした動揺の色が宿っていた。
そして、勇者たち。
恭介は剣を握ったまま、地面に縫い止められたかのように動かない。
直哉は浅い呼吸を繰り返し、
俊は青ざめた表情のまま、視線を伏せていた。
――戦意は、完全に削がれている。
無理もない。
あれは「戦える存在」ではなかった。
生きて帰れただけで、奇跡に等しい。
私は、そっと息を吐く。
(……この状態で、これ以上留まるのは危険ね)
隣に立つレオンへ、視線を向ける。
言葉は交わさない。
だが、戦鬼は一瞬で私の判断を理解した。
「――ここまでだ」
低く、短い声。
「これ以上の滞在は危険が大きすぎる」
「帝国へ戻る」
異論を挟める者はいなかった。
今は誰もが、
「魔王が去った」という事実よりも、
「魔王が、ここにいた」という現実に押し潰されている。
レオンが魔法陣を展開する。
再び、空間が歪み、折り畳まれていく感覚。
私は、最後にもう一度だけ、王女と勇者たちを見た。
(……今日、あなたたちが見たものは)
(きっと、世界の見え方そのものを変える)
光が視界を満たし――
次の瞬間、私たちは帝国へと帰還していた。
森の気配も、魔王の残滓も、すでに遠い。
だが、あの圧だけは、
確かに全員の心に刻み込まれている。
――恐怖という名で。
城へ戻ってから、しばしの時間が過ぎた。
医務官による簡単な確認を終え、
ようやく落ち着きを取り戻した頃――
アウグスト皇帝が、私の前に立った。
その表情には、もはや混乱はない。
皇帝としての冷静さが、確かに戻っていた。
「光姫よ」
低く、しかし威圧のない声。
「なぜ、あの場で――
魔王に“かけら”を渡した?」
玉座の間ではない。
あくまで非公式の場。
それでも、その問いの重さは変わらない。
私は答える前に、ほんの一瞬だけ隣を見る。
レオンが、無言でこちらを見つめていた。
責めるでも、急かすでもない。
ただ、私の身を案じる眼差し。
私は、小さく頷く。
――大丈夫。
そう伝えるための、ほんの僅かな仕草。
そして、皇帝へと視線を戻した。
「その件については……」
言葉を選び、静かに続ける。
「無用な混乱は、避けたいのです」
一拍、置いて。
「あの場にいた者のみを集めて」
「改めて、話しましょう」
空気が、わずかに張り詰めた。
それは拒絶ではない。
だが、即答を避けたという事実が、
この話題の重さを雄弁に物語っている。
アウグスト皇帝は、私をじっと見つめ――
やがて、静かに頷いた。
「……分かった」
「場を整えよう」
その声には、
すでに“聞く覚悟”が滲んでいた。
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