神は奇跡を選ばない ――英雄たちの帰還譚―

えええ

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俊が、かすれた声で呟いた。

「……それが」
「主殺しの、真実……」

それは問いではなく、
ようやく辿り着いた答えを、胸の中に落とすための独白だった。

私は星空から目を離さないまま、独り言のように続ける。

「私ね……」
「あの時、もし――」

一拍、息を吸う。

「力を解放していなければ」
「……いえ」
「そもそも、ソフィアを選ばなければ」

夜風が、静かに頬を撫でた。

「好きな人と結婚して」
「子供が生まれて」
「その子たちに囲まれて……」

遠い光を見つめるように、言葉を紡ぐ。

「やがて、おばあちゃんになって」
「家族に看取られながら、静かに逝く」

小さく、息を含んだ笑み。

「……そんな」
「“人として普通の幸せ”が」
「あの子にも、あったんじゃないかって」

「ふと、思う時があるの」

振り返ると、三人は何も言えずに立ち尽くしていた。

それでも、私は構わず続ける。

「でもね」
「それでも――後悔はしてない」

きっぱりと、けれど柔らかく。

「ソフィアを選んだことも」
「剣を突き立てたことも」

そして――

「逃げなかったことも」

星が、ひとつ瞬いた。

「だって」
「あの子がいたから、世界は救われた」

「それだけは……」
「確かだから」

沈黙が、庭園を包み込む。

やがて私は、そっと問いかけた。

「……他に、何か聞きたいことは?」

三人は顔を見合わせ、少し迷ったあと、直哉が口を開いた。

「さっきから、気になってたんですけど……」
「魔王が言ってた“属性神”とか」
「稟さんが言ってた“現人神”って――」

一度、言葉を切る。

「それって……人間なんですか?」

私は小さく息を吐き、首を横に振った。

「人間かどうかで言えば――」
「人間じゃないわ」

三人の視線が、一斉に集まる。

「昔ね」
「事故で死にかけていた人がいたの」

夜空を仰ぎながら、静かに続ける。

「その人に提案したの」
「寿命が尽きるまで、生かしてあげる」
「その代わり――」

私は、自分の胸に手を当てた。

「死後、この身体を“私の器”として使わせてほしい、って」

風が、木々を揺らす。

「その契約で」
「今の私があるの」

――亮。

胸の奥で、懐かしい記憶がそっと揺れた。
死にかけていた彼に、私が手を差し出した、あの瞬間。

直哉が、恐る恐る尋ねた。

「……その人は、どうなったんですか?」

私は、ほんの少しだけ微笑む。

「ええ」
「私が何度も、“結婚してもいいんだよ”って言ったのに」

小さく肩をすくめた。

「結局、誰とも結婚しなかった」
「でもね……」

一拍、置いて。

「それでも、幸せだったと思うわ」

その言葉には、後悔ではなく、
確かに生きた時間の温度があった。

夜の庭園に、静かな風が流れる。

神であり、
人であり、
そして――誰かを想い続けた存在。

その事実を、三人は言葉もなく、静かに受け止めていた。

庭園を離れ、城の回廊を歩く。
夜の静けさが、やけに耳についた。

しばらく、誰も口を開かなかった。

最初に沈黙を破ったのは、俊だった。

「正直さ」
「聞かなきゃよかった、って思ってる」

直哉が、少し間を置いて言う。

「……俺も」
「軽く聞いたつもりはなかったけど」

「覚悟が、全然足りなかった」

恭介が、苦く笑う。

「分かる」
「事情知れば納得できる、とか思ってた」

「そんな簡単な話じゃなかったな」

俊が、小石を蹴った。

「主殺しの真実、なんてさ」
「言葉にしたら軽いのに」

「中身が重すぎる」

直哉が、低い声で続ける。

「一番きたのは」
「後悔してない、って言葉だな」

「忘れたわけでも」
「平気なわけでもない」

恭介が、拳を握る。

「全部抱えたまま、生きてるってことだ」

俊が、小さく笑った。

「神様のくせに」
「一番、人間くさいよな」

直哉が、少しだけ目を伏せる。

「俺たちさ」
「勇者って言われて」

「選ばれた側だって」
「どっかで思ってた」

恭介が、静かに言う。

「でも今日で分かった」
「選ばれたんじゃなくて」

「……生き残ってるだけだ」

俊が、ゆっくり息を吐く。

「彼女は」
「選んで」
「背負って」
「逃げなかった」

「そりゃ、敵わねぇわ」

直哉が、顔を上げる。

「だからさ」
「もう、軽い気持ちじゃ無理だ」

「聞いた以上」
「関係ない、じゃ済まない」

恭介が、前を見たまま言う。

「戻る気はない」
「戻れないのも、分かってる」

俊が、短く笑う。

「三人とも」
「同じ顔してるな」

「覚悟決めた顔だ」

三人は、それ以上何も言わず、歩き出した。

夜風が、少しだけ冷たかった。
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