神は奇跡を選ばない ――英雄たちの帰還譚―

えええ

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魔力操作の手本として、私は掌の上に魔力を集めた。
淡い光が揺らぐことなく凝縮され、やがて――
きれいな球体状の魔力の塊となって、そこに留まる。

三人の視線が、自然と集まった。

だが実際にやらせてみると、思うようにはいかない。
魔力を感じ取ることはできても、体の外へと出す段階で詰まってしまう。

「そんなに力まなくていいわ」

私は様子を見ながら、声をかける。

「体の中にあるものを」
「そのまま、手に放出する感じで」

言葉を噛みしめるように、三人は何度も繰り返す。
失敗しては息を整え、また試す。
魔力は気まぐれで、意識を少し逸らすだけで霧散した。

それでも――数日後。

いびつではあるが、
確かに三人の掌の上に、魔力が“形”として現れた。

歪で、不安定で、今にも崩れそうな塊。
それでも、確実な一歩だった。

魔力操作の訓練を見守ってから、さらに数日が過ぎた頃。
レオンが、やや硬い表情で報告してきた。

「帝国の国境付近で」
「見慣れない魔物が現れた」

嫌な響きだった。

続けて、彼は状況を整理するように言う。

「勇者たちの面倒もある」
「俺か、稟」
「どちらかが向かった方がいいな」

その瞬間、胸の奥に、かすかな引っかかりを覚えた。
理由は分からない。
ただ――放っておいてはいけない、そんな予感。

「……私が行くわ」

そう言うと、レオンが一瞬だけ目を細める。

「いいのか?」

「ええ」
「だから――」

私は三人のいる方向を一度だけ見てから、レオンに向き直る。

「三人のこと、お願いね」

短く頷いた彼を背に、
私はそのまま現地へと向かった。

この胸騒ぎが、
ただの思い過ごしであることを――
まだ、この時は願っていた。

現地に到着した瞬間、
私は――言葉を失った。

そこは、戦場ですらなかった。
築かれていたのは、防衛線ではなく、屍の山。

帝国兵の鎧が砕け、折り重なり、
その合間には、武器すら持たぬ市民の亡骸が混じっていた。

老人。
女。
子供。

喉の奥が、ひくりと引き攣る。

――遅かった。

胸の奥から、冷たい怒りが湧き上がる。
私は周囲を見渡し、魔物の気配を探った。

すると――
そう遠くない場所から、悲鳴が聞こえた。

「――っ!」

考えるより早く、私は駆け出していた。

瓦礫を越え、崩れた家屋の影を抜けた先。
そこで目にしたものは――

生物への冒涜、そのものだった。

人の形を基にしながら、
関節の位置は狂い、肉と骨が無理やり繋ぎ合わされたような異形。

皮膚は裂け、内側の何かが脈打っている。
それは――笑っていた。

まるで、
小さな子供が虫の身体を引き裂いて遊ぶかのように。

悲鳴を上げる人々を掴み、
引きちぎり、
投げ捨てる。

その光景を見た瞬間、
私の中で、何かが切れた。

「――――ッ!!」

怒りに任せ、私は地を蹴る。
拳に魔力を込め、異形の横顔を殴り飛ばした。

鈍い衝撃音。
化け物の身体が、瓦礫を巻き込みながら吹き飛ぶ。

私は、倒れた人の元へ駆け寄った。
だが――

「……間に合わなかった」

その人の体は、すでに冷えていた。

瓦礫の中から、異形がゆっくりと立ち上がる。
そして、私を見るなり――

「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

喉が裂けるような、
生物とは思えない叫び声。

次の瞬間、
爪を振り上げ、こちらへ跳びかかってくる。

私は身を翻しながら、無詠唱で魔法を展開した。

「――ホーリー・ジャベリン」

光の槍が複数、空間に形成され、一斉に放たれる。

だが――

直撃したはずの槍は、
肉体を貫くこともなく、弾かれるように消えた。

「……効かない?」

異形は速度を落とすことなく、距離を詰めてくる。

次の一撃を避けようとした、その時――
背後に、気配。

振り返ると、瓦礫の陰に、震える子供がいた。

「っ……!」

私は即座に判断し、
爪の一撃を、剣で真正面から受け止める。

衝撃が、腕を痺れさせる。

「早く――」
「逃げなさい!!」

声を張り上げる。

子供は一瞬だけこちらを見て、
涙を浮かべながら走り出した。

その背中が見えなくなるまで、
私は必死に、時間を稼いだ。

――だが。

「……埒があかないわね」

そう呟き、私は一歩、後ろへ下がる。

そして、空間に手を伸ばした。

「――来なさい」

応えるように、
桜色の光が集束する。

桜花。


刀身は実体を持たぬまま、
無数の桜の花弁を纏い、形を成していく。

花弁は刃となり、
同時に、周囲を舞いながら硬質化し、防壁を形成する。

異形が、再び飛びかかってくる。

「――終わりよ」

一歩、踏み込み。

一閃。

桜の花弁が、夜空を裂いた。

次の瞬間――
化け物の身体は、縦に割れ、真っ二つとなる。

断面から、意味を成さない音を漏らしながら、
それは地に伏し、二度と動かなかった。

舞い散る花弁が、静かに地面へと落ちる。

私は、剣を下ろし、深く息を吐いた。

……だが。

この異形が、
“ただの魔物”でないことだけは、
はっきりと理解していた。

私は、割れた異形の断面を見下ろす。
血でも肉でもない、どろりとした何かが、地面に染みていく。

――おかしい。

魔物を斬った時の感触では、なかった。

まるで――
「器」だけを壊したような。

胸の奥が、ひやりと冷える。

(……まさか)

その瞬間、
風が、ぴたりと止んだ。

私は、無意識のうちに桜花を握り直す。

この異形は、始まりに過ぎない。
そう告げられた気がした。

――嫌な予感は、
やはり、外れてはいなかった。
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