神は奇跡を選ばない ――英雄たちの帰還譚―

えええ

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砦に到着した瞬間、誰もが言葉を失った。

眼前に広がっていたのは、地平線そのものを塗り潰すかのような――アポストルの大軍勢。
無数の異形が波のようにうねりながら、重く、確実に砦へと迫ってくる。

大地は低く唸り、
空気そのものが、彼らの存在に押し潰されているかのようだった。

その中に――見慣れぬ存在が混じっている。

空を覆う影。
巨大な翼を広げ、低空を滑空する飛竜型のアポストル。

鱗に覆われた巨体が太陽の光を鈍く反射し、
咆哮が響くたび、砦の兵士たちは無意識に喉を鳴らした。

「……空にも、いるのか」

誰かの呟きは、風に紛れて消える。

城壁には無数の旗がはためいていた。
王国の紋章。
帝国の双頭の紋。
そして、周辺諸国の旗。

本来なら、決して同じ戦場に並ぶはずのないそれらが、今は肩を並べ、同じ方向を向いている。

それが意味するものは、ただ一つ。

――ここが、最後の砦。

この場所が落ちれば、守るべきものは、もう後ろには何も残らない。

兵士たちの顔には恐怖が浮かんでいた。
それでも、誰一人として持ち場を離れようとはしない。

剣を握る手は震え、
槍を構える腕は強張り、
それでも視線だけは、迫り来る敵から逸らさなかった。

その背後にあるのは、家族であり、街であり、
この世界そのものだったからだ。

やがて、砦の上から重々しい号令が響き渡る。

「――全軍、戦闘配置につけ!」

決戦の時は、すぐそこまで迫っていた。

ふと勇者たちに目を向けた瞬間、私は小さく眉をひそめた。

「……ちょっと」
「いつまで指輪を着けているの、あなたたち」

その一言で、三人は同時に自分の手を見る。

「――あっ」
恭介が間の抜けた声を上げた。
「やべ……慣れすぎてて、完全に忘れてた」

私は思わず、ため息をつく。

「まったく……」

その空気を察したのか、三人は慌てて指輪を外した。

次の瞬間。

「……おおっ!」

俊が驚いたように声を上げ、何度も腕を振る。

「すげぇ……」
「体、めちゃくちゃ軽い!」

直哉も自分の手を見つめ、静かに息を呑んだ。

「これが……」
「本来の、俺たち……」

魔力の流れが、一気に澄み渡るのがはっきりと分かる。
異空間で鍛え上げた力が、ようやく完全に解放されたのだ。

だが――
私は彼らの変化よりも、前方を見据えていた。

砦の外。
地平線を埋め尽くすアポストルの軍勢。
そして、その最奥に鎮座しているであろう魔王。

私は静かに目を細める。

――魔眼、《観測者の眼》。

世界が数値へと置き換わる。
個体数、魔力量、階級、連携精度。
砦の防御値、結界の耐久、連合軍の士気。

無数の情報が、一瞬で脳裏に流れ込む。

そして、はっきりと浮かび上がる一つの結果。

《勝率:1%》

「……1%、か」

誰にも聞こえないほどの声で呟く。

戦術の問題ではない。
努力や覚悟で埋まる差でもない。

これは――圧倒的な戦力差。

私はさらに思考を加速させる。
可能な行動、犠牲、時間配分。
未来の分岐を次々とシミュレートする。

そして辿り着く結論は、一つだけだった。

「……やはり、そうなるわね」

最初から、薄々分かっていた方法。
だが、それ以外に道はない。

私は踵を返し、砦の中へ向かった。

向かった先は――この砦を統括する、総司令官のもと。

「これは、光姫殿」
「どのようなご用件でしょうか?」

警戒と緊張を含んだ声。

私は迷いなく告げる。

「作戦を提案しに来ました」

地図の前に立ち、指で戦場をなぞる。

「まず、私の魔法でアポストルの数を大幅に減らします」
「その後、私と勇者たちで先陣を切る」

司令官の眉が動いた。

「……そして?」

「あなた方は、砦へ向かう残存戦力を迎撃してください」
「正面から全軍でぶつかるより、その方が犠牲は少ない」

司令官は腕を組み、怪訝そうに私を見る。

「それは……あまりにも危険では?」

私は視線を逸らさず、はっきりと言った。

「これが――」
「最も人類が勝つ方法です」

一瞬の沈黙。

やがて司令官は深く息を吐き、決断したように頷いた。

「……分かりました」
「その作戦に、賭けてみましょう」

その言葉を聞き、私は静かに一礼する。

そして、刻限が来た。

私と勇者たちは砦の前、
眼下に広がるアポストルの軍勢を最もよく見渡せる位置に立っていた。

黒く蠢く異形の群れが、大地を覆い尽くすように進軍してくる。
その圧倒的な光景を前にしても、私は静かに息を吐く。

「……もう」
「そこまで力を隠さなくていいわよね」

その瞬間。

私の眼前に、無数の魔法陣が展開された。
空間を埋め尽くす光の紋様が互いに連結し、
まるで巨大な砲列のように並び立つ。

それを見た直哉が、愕然とした声を上げた。

「……それって」
「対城塞攻略用の魔法じゃ……」

答える代わりに、私は前へと手をかざす。

「――行きなさい!!」

掛け声と同時に、魔法陣が一斉に輝いた。

次の瞬間、
一つ一つの魔法陣から、極大の光線が解き放たれる。

空を裂き、
大地を穿ち、
すべてを飲み込む、光の奔流。

光属性極大魔法《ライト・レイ》。

本来であれば、複数の高位魔法使いが協力して、
ようやく一発放てるかどうかという、常軌を逸した高難度魔法。

その制御の困難さゆえ、魔道具化は不可能。
やがて体系から失われ、ロストテクノロジーとなった禁呪の一つ。

それを――
私は、単独で放った。

眩い光が収まり、視界が戻る。

そこに残っていたのは、
消し炭と化した大地と、
跡形もなく消滅したアポストルの群れだけだった。

「…………」

砦の上も、勇者たちも、言葉を失っている。

その中で――
ただ一人、レオンだけが、小さくため息をついた。

「……やれやれ」

私は振り返り、彼に微笑む。

「行ってくるわ」

レオンは短く頷き、静かに返した。

「行って来い」

その声には、揺るぎない信頼が込められていた。

私は前を向き直り、勇者たちに告げる。

「行くわよ。あなたたち」

三人は一瞬だけ息を整え、そして強く頷く。

こうして――
私と勇者たちは、
連合軍の先陣として、
決戦の最前線へと踏み出した。
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