Chorus! -終演の合唱部-

星川わたる

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第49話 深まる二股疑惑

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 翌、火曜日――
 昨日花菜さんと絵里さんに頭をなでられてすっかり後輩気分にひたっていた俺は、今度はかわいい後輩のおしゃべりに付き合っていた。

 そう、今日も里奈は教室にやって来た。「輝さん、おはようございます!」と挨拶しながら勝手知ったるふうにすたすた歩いて来て、初めから空いていた明の席にちょこんと座った。
 まるで自分の席のようにそこに座る里奈も里奈だが、先読みしてあらかじめ席を空けている明も明だ。あいつは絶対、分かってて席空けてる。
 ロリコン疑惑は自分で何とかしろ――とか言ってたくせに、お前むしろ加担してるじゃないか。俺があわてふためくさまを面白おかしく眺めるつもりだろうが――いつか仕返ししてやる、おぼえてろよ。
 ……たぶん、軽々と返り討ちにされるだろうけど。

 いま目の前に座っている里奈は、楽しそうに笑う。

「輝さん、昨日は頭なでられてましたね、花菜さんと絵里さんに」
「あー、うん」

 完全に後輩気分でなでられているところを、本当の後輩に見られていた俺。同じ部屋にいたんだから見られて当たり前なのだが、今更ながらなんかちょっと……気まずい。

「男子にまで頭なでなでするのは、ちょっと予想外でしたよ。私たちは去年までに、みんななでなでされたんですけど」
「みんな……?」

 ……昨日はふたりとも、当たり前のように頭をなでてきたけど――これ、後輩全員にやってた?

「はい! 花菜さんはいつもみんなの頭なでなでするんです。癖みたいですね」

 そう言って里奈は、にやっと笑った。

「輝さん、大人しくなでられてましたね。なんだか『下級生の男の子』って感じでしたよ」

 男の子……

 花菜さんはいい。絵里さん……も、まあいいとして、里奈にそんなふうに思われたのはだいぶ恥ずかしい。

「私、今まで輝さんのことすごい先輩だと思ってきたんですけど……」

 ……「今まで」か。

「下級生みたいな輝さん、あんな感じなんですね。私と同じ――ではないですけど、なんだか身近な人みたいでした。私と輝さんが同じクラスだったら、あんな感じになるんですね」

 俺はそんなに中学生っぽかっただろうか。

 里奈は楽しそうに笑っている。俺が「すごい先輩」じゃなくて「下級生の男の子」になってしまっても、失望したり嫌いになったりはしないのか。
 里奈は俺のどこがよくて、こうもおしゃべりしてくるんだろう。俺のどこを、こんなに気に入ったんだろう。

「今度はふたり一緒に、花菜さんになでられましょう。私、輝さんと一緒に下級生してみたいです」

 小さな里奈と並んで、よしよしとなでられる俺。
 ……ちょっとシュールな光景じゃないかな、それ。

 それと……

「絵里さんは?」

 そう聞いた俺に、里奈は苦笑しながら答えた。

「絵里さんは花菜さんに自動的に付いてきます」
「そっか……」

 花菜さんの真似をしたがる絵里さん。だから花菜さんが頭をなでていたら、もれなく絵里さんが付いてくるわけか。

「それと、なんか……絵里さんのなでなでは、違う、っていうか……」

 絵里さん、言われてますよ。里奈に。
 今度は俺が苦笑しながら言う。

「無理して花菜さんの真似さえしなければ――絵里さん自身、とっても魅力がある人なのにね」
「そうです。でも……無理して花菜さんの真似をするのも含めて、絵里さんなんです」

 絵里さん……言われてますよ。里奈に。

・・・・・・

 始業10分前のチャイムに追い立てられるようにぱたぱたと出て行った里奈と、入れ替わりに悠々と現れた明。

「どうだ輝、二股疑惑とロリコン疑惑は」
「だめだ、打つ手がない」

 それを聞いた明は、これまた面白そうに笑う。

「クラス展の映画さ、もうヒロインを桜井とあの中2のふたりに絞ってお前を主人公に――」
「やめろそんなもん!」

 うひひと笑った明は席につき、こちらに向き直った。

「それで、あの件――器楽部の定演に合唱部を出させる件な、昨日また話してみた」
「……」

 俺をダシにして面白がってるだけじゃないから、こうして話していられるんだな。俺と明は。

「……どうだった?」
「だめだな。縁も面識もない合唱部にどうして舞台を貸すのか、とさ」
「そりゃ、そうだな」

 俺が器楽部の立場だったらまずそう言う。器楽部に何のメリットもないし、縁とか付き合いとか、そういうのもこれまでなかったようだから。

「でもまだ、お前から聞いた情報は全部は出してない。次にまたいい機会を狙って、聞いてみるよ」

 ……そういう工作みたいなことは、頭がよく回る明はうまい。今回だって、こうして報告をくれているんだから、ちゃんとやってくれている。

「……頼む」
「ああ、任せとけ」

・・・・・・

 それからすぐ始業となったので、俺の予定はひとつ昼休みに持ち越しとなった。
 昼食を済ませてから、陽和のもとへ向かう。幸い、今は席にいる。

「陽和――」

 座っている陽和のすぐ横に立ち、声をかける。

「ん?」

 こちらを見た陽和の目が、「どうしたの?」と言っている。
 里奈が朝の教室内でおしゃべりを始めてから、陽和は一度も俺のところに来ていない。機嫌は大丈夫だろうかと心配していたが、反応は普段と変わりなかった。

「えっと……」

 そして、声をかけることしか考えてなかった俺。何を言うためにここまで来たのか、考えてない。

 ……。

「あー、その――なんか話題ない?」

 自分で声をかけておいて、話の中身は相手に投げる。何やってんだ、俺。
 でもそれを聞いた陽和が、ふふっ、と笑ってくれたので、とりあえずよしとする。

「声かけにきてくれたの? 私に」
「うん……」

 そう、本当に声だけかけにきた。

 朝、里奈とのおしゃべりに興じる俺は、陽和からみれば相当親密にみえるだろう。そして逆に、ここ数日、陽和とはあまり顔を合わせていない。

 陽和は明るくしっかりしているように見えるがだいぶ繊細で、こらえていた涙をひとりきりの時に流す――そういう事をする。陽和が特に明るく振るまっていたり、逆に何も言ってこない時は、自分の気持ちを押し込めている可能性があるから、あぶない。
 だからとにかく、声をかけにきた。「忘れてなんかないよ」と。

 しかし陽和は意外にも、不満そうにもせず明るく振るまうわけでもなく、ただやわらかな笑顔をみせた。

「大丈夫……分かってるもん」
「――?」

 分かってる――て、何を?

「輝が言いたいこと。それと――」

 ……?

「大丈夫だ、って、分かってるもん。輝、この前言ってたでしょ。『かな』って」

 この前? 何の話――?
 いい後輩、って――?

 陽和は少し身体をずらして、俺から離れた。

「ほら――半分座る?」

 そう言って、半分だけ空いた自分の椅子をぽんぽんとたたく。
 表情はやさしいまま。変わらない。

「空いてる席、ないから。一緒に話しに来てくれたんでしょ?」

 ……その椅子に、座れと?
 陽和の席、それもいま陽和が半分座っているそれに?

 混乱気味の俺に向けて、陽和は事も無げに言う。

「輝だけ立ってるの、大変でしょ? ほら」

 ほら、って――
 そこに座ったら、その……

 いや、前にも陽和と触れそうなくらいになったことはあったけど、あれは夜の森の中、誰の目もなかったし、それに本当に触れてたわけじゃないし――

 そんなことを考えている俺を見て、陽和は小悪魔みたいな笑みを浮かべた。

「ねえ、輝。いまクラスで二股疑惑がかかってるのは知ってるよね」

 ……知ってます。不本意ながら。

「『相手』の片方は?」
「……」

 そりゃあ、目の前に……

「私たち、そういうふうに見られてるみたい。だから別に、こんなの周りに見られても別にいいでしょ?」

 陽和のすぐ横、同じ椅子。
 陽和の言う通り、周りは俺たちが付き合ってるんじゃないかとか言ってるらしいけど……

 ……。

 陽和が――陽和がいいっていうなら、まあ……いいか。

 すぐそばに寄って、恐る恐る、腰をおろす。
 半身が陽和とぎゅっとくっついて、身体の暖かさがじんわり伝わってくる――

「……」
「……」

・・・・・・

 結局――

 声をかけた俺も、誘った陽和も――
 どちらも何も言えなくなって、周りの視線にさらされたまま、ぎゅっと身を寄せて座っていた。
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