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3:魔法は解けた
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「相変わらず怖い顔してるな。もっと柔らかい表情を浮かべないと、モテないぞフラム」
そんな事を嬉しそうに言いながら、風で乱れる金髪をそのままに、クリスが庭に生えていたタンポポの花をちぎった。
それは、突然の来訪だった。クリスが私を訪ねて屋敷へとやってきたのだ。
私は身だしなみもそこそこに愛想なく、〝何しに来た〝とだけ聞いたところ、お喋りしに来たと返ってきたので追い返そうとしたらシャムが勝手に家へと上げてしまった。どうやら彼女は婚約破棄について話し合う良い機会だと思ったのだろう。私は、彼を自室には入れたくないので、妥協案として屋敷の中庭で話す事にしたのだった。
「しかし懐かしいよなあここ。よくフラムのおままごとに付き合わされたっけ」
中庭の中心にある、大きな木の下。私はクリスの声にそっけなく答える。
「覚えてない」
クリスは何も言わずごろりと転がって空を見つめた。その蒼い瞳は、空を映していて綺麗だった。
私はスカートの裾を気にしながら、風で煽れた髪を弄る。
「俺、ククリにさ、フラれちゃったよ。あんな素敵な人を不幸にするなんて最低です!って。フラムはあいつに何をしたんだ?」
「誰、そのククリって子」
「リスみたいな子で胸がデカい」
あの子か……。
「クリスとククリって名前が似てるよね~って声掛けて、付き合ったまでは良いけどさ……なんかしっくりこなくてなあ。別れようかと思って、フラムの名前出したら、別れ話を切り出す前にどっかいっちまってな。んで、次の日に会ったら、豹変してたよ。だから女は怖いんだよなあ」
ペラペラと喋るクリスの話を聞き流しながら、私は何度もあの時の事を思い出すが、余計な事をした覚えがない。
「何もしてない。ぶたれそうになったから避けたぐらい」
「そっか。なんかフラムに惚れ込んでいるような感じだったけどなあ。ま、とにかくさ。この一年、色々な子と付き合ってみたけど、どうにも面白くないんだよなあ。ベタ惚れしてくれるのはありがたいけど、なんというか張り合いがなくてさ。貴族令嬢ってあんなんばっかりなのか?」
「知らないよそんなの。みんな良い子でしょ」
私に一々文句を言いに来るぐらいには、クリスの事を一途に好いていた子達だ。悪く言えるわけがない。
ま、自分でもお人好しが過ぎるとは思うけどね。
「友達がさ、フラムが特別過ぎるんだってしつこく言っててさ。最近ようやくそうかもなあって思えてきた」
クリスが雲を掴もうと右手を伸ばした。だけど、その手は空には届かない。
「週が明けたら……成人の儀だよ。ちゃんと練習してる?」
「……嫌々ね。今時、剣舞なんて、やって意味あるのかよ」
「儀式はそういうものでしょ。やりたくても出来ない大役なんだからしっかりやんなさいよ」
「フラムに言われると、途端にやる気が出るよ」
そう言って、クリスが起き上がった。そして私へと、いつものあの無邪気な笑顔を向けてくる。
「フラム。婚約の件だけどさ――」
クリスの言葉にドキリとする。
まだ心の中で保留していた事が……ここで決まるかもしれない。
それが恐怖を掻き立てた。曖昧であって欲しかったことが――定まってしまう。
それは凄く……嫌だ。
「破棄するって去年言ったけどさ。それを無しにしないか」
そう言って、クリスは真剣な表情で私を見つめた。
え?
どういうこと?
「いやさ……俺達ってずっと一緒だったろ。ちっちゃい頃からさ。だから、俺知りたかったんだよ。フラム以外の女の子の事を」
「待って……分からない」
私は首をふるふると横に振った。何も、言葉が出て来ない。
「うちの騎士長いるだろ?」
そう言って、クリスがチラリと中庭の入口に立っている三十代ぐらいの無精髭を生やした男へと視線を向けた。それは、彼の護衛であり、マゴーシュ聖国騎士団の騎士長の……確かグラディウスとかいう名前の男だったはずだ。
だけど、今はそんな事はどうでもいい。
「あいつがさ、いつか言っていたんだよ、〝人は失って初めてその良さに気付く〟って。だからさ、俺はフラムと一旦距離を置こうと思って。フラムを失って、俺はどう感じるかなあと。最初は楽しかったよ。だけど……段々物足りなくなってきてさ。従順なのもつまらないし、俺が何言っても肯定しかしないし」
「なにそれ……」
「だからさ、分かったんだ。やっぱり俺には、フラムしかいないって。だから婚約破棄を……破棄する。それで、成人の儀の後に、正式に婚約を結ぶ。俺は残念ながら第3王子だから、王妃になれるわけではないけど……それなりの生活も地位も約束できる。そして君を幸せにする。絶対にだ」
そう言って、クリスが手を私に差し出した。
だから私は――
「ふざけんな!!」
クリスを思いっきり引っぱたいたのだった。
スパーン! という心地良い音が中庭に響いた。
そんな事を嬉しそうに言いながら、風で乱れる金髪をそのままに、クリスが庭に生えていたタンポポの花をちぎった。
それは、突然の来訪だった。クリスが私を訪ねて屋敷へとやってきたのだ。
私は身だしなみもそこそこに愛想なく、〝何しに来た〝とだけ聞いたところ、お喋りしに来たと返ってきたので追い返そうとしたらシャムが勝手に家へと上げてしまった。どうやら彼女は婚約破棄について話し合う良い機会だと思ったのだろう。私は、彼を自室には入れたくないので、妥協案として屋敷の中庭で話す事にしたのだった。
「しかし懐かしいよなあここ。よくフラムのおままごとに付き合わされたっけ」
中庭の中心にある、大きな木の下。私はクリスの声にそっけなく答える。
「覚えてない」
クリスは何も言わずごろりと転がって空を見つめた。その蒼い瞳は、空を映していて綺麗だった。
私はスカートの裾を気にしながら、風で煽れた髪を弄る。
「俺、ククリにさ、フラれちゃったよ。あんな素敵な人を不幸にするなんて最低です!って。フラムはあいつに何をしたんだ?」
「誰、そのククリって子」
「リスみたいな子で胸がデカい」
あの子か……。
「クリスとククリって名前が似てるよね~って声掛けて、付き合ったまでは良いけどさ……なんかしっくりこなくてなあ。別れようかと思って、フラムの名前出したら、別れ話を切り出す前にどっかいっちまってな。んで、次の日に会ったら、豹変してたよ。だから女は怖いんだよなあ」
ペラペラと喋るクリスの話を聞き流しながら、私は何度もあの時の事を思い出すが、余計な事をした覚えがない。
「何もしてない。ぶたれそうになったから避けたぐらい」
「そっか。なんかフラムに惚れ込んでいるような感じだったけどなあ。ま、とにかくさ。この一年、色々な子と付き合ってみたけど、どうにも面白くないんだよなあ。ベタ惚れしてくれるのはありがたいけど、なんというか張り合いがなくてさ。貴族令嬢ってあんなんばっかりなのか?」
「知らないよそんなの。みんな良い子でしょ」
私に一々文句を言いに来るぐらいには、クリスの事を一途に好いていた子達だ。悪く言えるわけがない。
ま、自分でもお人好しが過ぎるとは思うけどね。
「友達がさ、フラムが特別過ぎるんだってしつこく言っててさ。最近ようやくそうかもなあって思えてきた」
クリスが雲を掴もうと右手を伸ばした。だけど、その手は空には届かない。
「週が明けたら……成人の儀だよ。ちゃんと練習してる?」
「……嫌々ね。今時、剣舞なんて、やって意味あるのかよ」
「儀式はそういうものでしょ。やりたくても出来ない大役なんだからしっかりやんなさいよ」
「フラムに言われると、途端にやる気が出るよ」
そう言って、クリスが起き上がった。そして私へと、いつものあの無邪気な笑顔を向けてくる。
「フラム。婚約の件だけどさ――」
クリスの言葉にドキリとする。
まだ心の中で保留していた事が……ここで決まるかもしれない。
それが恐怖を掻き立てた。曖昧であって欲しかったことが――定まってしまう。
それは凄く……嫌だ。
「破棄するって去年言ったけどさ。それを無しにしないか」
そう言って、クリスは真剣な表情で私を見つめた。
え?
どういうこと?
「いやさ……俺達ってずっと一緒だったろ。ちっちゃい頃からさ。だから、俺知りたかったんだよ。フラム以外の女の子の事を」
「待って……分からない」
私は首をふるふると横に振った。何も、言葉が出て来ない。
「うちの騎士長いるだろ?」
そう言って、クリスがチラリと中庭の入口に立っている三十代ぐらいの無精髭を生やした男へと視線を向けた。それは、彼の護衛であり、マゴーシュ聖国騎士団の騎士長の……確かグラディウスとかいう名前の男だったはずだ。
だけど、今はそんな事はどうでもいい。
「あいつがさ、いつか言っていたんだよ、〝人は失って初めてその良さに気付く〟って。だからさ、俺はフラムと一旦距離を置こうと思って。フラムを失って、俺はどう感じるかなあと。最初は楽しかったよ。だけど……段々物足りなくなってきてさ。従順なのもつまらないし、俺が何言っても肯定しかしないし」
「なにそれ……」
「だからさ、分かったんだ。やっぱり俺には、フラムしかいないって。だから婚約破棄を……破棄する。それで、成人の儀の後に、正式に婚約を結ぶ。俺は残念ながら第3王子だから、王妃になれるわけではないけど……それなりの生活も地位も約束できる。そして君を幸せにする。絶対にだ」
そう言って、クリスが手を私に差し出した。
だから私は――
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クリスを思いっきり引っぱたいたのだった。
スパーン! という心地良い音が中庭に響いた。
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