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21:スランプの男

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 ドラヴァリア、最下層。魔王軍第2研究開発室。

「んー難しいね」
「やはり、ミスリルの反応固定は難しいか……これが出来れば安定化、量産化の目処が立つが」
「ミスリルの扱いについてなら、ドワーフやゴーレムのが詳しいからな……俺じゃ力になれなくてすまねえ」
「いや、グロックのおかげで遺産の活用法はかなり分かって来ていた。感謝している」

 ガリル、イサカ、グロックがミスリルを使った実験の結果を見て、議論していた。しかしその結果は芳しくないようだ。

「はーいほら、3人ともお茶! ずっとそうやって見てても結果は変わらないよ?」

 長時間顔を突き合わせているその3人を見て、コルトが笑顔を浮かべながらお茶を差し出した。

「……休憩するか」
「さんせー。僕もちょっと疲れた」
「だな」

 そうして休憩していると、開発室の扉が勢い良く開いた。

「話は聞かせてもらった! よし、旅に出るぞガリル!!」

 それは、満面の笑みを浮かべるドライゼだった。コルトがその姿を見て走っていき、その胸へと飛び込んだ。

「お姉様!!」
「コルトも元気そうだな」
「魔王殿か。久々だな。【黒竜咆ファーヴニル】のメンテナンスならバッチリだぞ」
 
 ガリルがのんびりとそう返した。

「今、旅って言ってなかった?」
「俺にもそう聞こえたが。まあドライゼ、茶でも飲んでけ」
「そのつもりだ」

 そう言って、魔王はガリルの横にどかりと座った。コルトがお茶を入れにキッチンへと向かう。

「最近、調子悪いんだってな」

 ドライゼの言葉にガリルは首を横に振った。

「元気だぞ。銃を弄っている限り、俺は死なん」
「そういう事を聞いているわけじゃないと思うけどね……」

 イサカが呆れたようにそう呟いた。

「そうなのか?」
「スランプなんだってな? 後装銃……【イェーガー3】だったか? のマイナーチェンジはしてるみたいだが……各魔族用の銃もまだだし、銃の開発も停まっているように見えてな」
「基礎研究はおろそかにして発展はないぞ魔王殿」

 そう答えるガリルの目をまっすぐにドライゼは見つめた。

「それを理由に逃げていないか? 基礎研究が大事なのは分かるがよ。お前は錬金術師でも冶金屋でもねえだろ。そんなもんはそういうのが得意な奴に任せろ。お前の価値はそこじゃねえだろ」
「……俺の……価値か」
「ファーヴニル以来、あたしをワクワクさせるような銃も、運用方法も上がってきていない。あれレベルを作れって話じゃなくてだな、何かお前に足りない部分があるんじゃねえかって話だ」

 ドライゼの言葉にガリルは思い当たる節がある事は自覚していた。彼女はコルトからお茶を受け取ると豪快にそれを飲みながら、ガリルの言葉を待った。

「……何もかもが足りていない。アイディアもイメージもある。だがありすぎて、まだ俺の中で整理出来ていないんだ。各魔族達の特徴も全部叩き込んだが、やはりどれもピンとこない。まるで砂丘を削って小さな城を作っている気分だ」
「大体よ、何かを作り上げる奴には、二パターンしかないんだ。ゼロから少しずつ積み上げていって形にするやつ。それと、最初にあるでかいイメージを削っていき、形にする奴。お前は後者だとあたしは思っている」
「そう……かもしれないな」
「今のお前に必要なのは削る事だ。だが削り方も、削る箇所も分かっていない。だから手が停まっている」
「魔王殿の言う通りだな」

 ガリルのその言葉を聞いて、ドライゼが頷いた。

 そして、蠱惑的な笑みを浮かべて、こう言った。

「んで、話は最初に話は戻るわけだ――ガリル、。魔界行脚の旅だ」


☆☆☆


 揺れる獣車の荷台に揺られる二人の影。6本足の魔獣によって引かれた荷台には座る場所が用意されており、そこにガリルとドライゼが座っていた。

 大陸南西部にある海岸沿いの街道を走っており、天気は良く、海風が爽やかに吹いている。

 海を見つめるドライゼへとガリルが声を掛けた。彼女の長い黒髪が陽光を反射し、煌めきながら風でなびいていた。

「魔王殿」
「その呼び方やめろっての。この旅の間はドライゼでいいよ。出来ればこの旅の間は身分を隠したいしな」

 少し間を置いて、ガリルが声を出した。

「……ではドライゼ」
「なんだ」
「いや、旅は良いんだが……執務は大丈夫なのか?」
「この為に必死こいてここ最近仕事してたんだよ。領土再建案やら防衛案やらをまとめて出したからそれの検討に2週間は掛かる。その間に各地域の視察って名目でこうして出てきたんだ」
「そうか……感謝する」
「お前に魔王軍の未来は掛かっているからな」
「俺は銃を開発するだけだ。そのヒントがこの旅にあると信じている、が……わざわざこうして獣車を使わずとも転移魔法で移動すれば良いのではないか?」

 ガリルのその質問にドライゼは盛大にため息をついた。

「お前全然分かってねえな。つまらねえ男だ。転移で移動したらそれは旅じゃねえだろ。結果じゃなくて過程を楽しめ」
「なるほど……過程を楽しむか」
「さて、最初の目的地がそろそろ見えてきたな」

 ドライゼが指差す方向に、大きな港町が見えた。港には大きな帆船や、魔力船が並んでいる。
 その奥には白い砂浜が続いており、人々が海水浴を楽しんでいた。

「あれが魔界で一番の港町、ポートポルティアだ。他大陸から入ってくる物も色々あって、ヒントになるかもしれないぞ? さあバカンスを楽しもうぜ」
「視察はどうした」
「それ込みでバカンスなんだよ! 野暮な事を言うな」

 そう言って、ドライゼは屈託のない笑顔を浮かべたのだった。
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