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1章:ルーチェ幼少期
4話「タフ&リアル」
しおりを挟むそれから、エルドアは毎日真面目に私に剣術を初歩から教えてくれた。
「そう。いいぞ。いいか、人ってのは必ず何か行動する前に予兆がある。足の動き、手の動き、呼吸、目線。それを見逃すな。相手が攻撃してくる、と分かりさえすれば——」
エルドアは器用に喋りながら、私の剣を避けて、
「——避けるも受けるも自在だ」
ポンと私の頭を木剣ではたいた。
エルドアは、母と違い教えるのがめちゃくちゃ上手かった。理論だった考えで分かりやすい。この人ひょっとして実は有能では?
そっか。予兆に気付きさえすれば避けるも受けるも自在か……まるで今の私の為の言葉のようだ。胸に刻んでおこう。
「むー。でも動きながら見るの難しい!」
「ははは、いきなり出来たら俺はお役御免だ。ルーチェは基本の動きは出来ている。ふむ……観察力を上げる訓練を重点的にはじめるか……いや、まずは身体作りか……」
ブツブツと今後のメニューを考え始めるエルドア。
しかしどうしてこうなった。そもそも、エルドアを家庭教師にしたのは剣術の腕を上げる為ではない。
本来のゲームでの流れはこうだ。
エルドアとの初対面でわざと挑発する。すると、戦闘が開始される。当然勝てないのだけど、予め母から股間を狙えという助言を受けていると、エルドアの股間を強打できるようになる。
これを行うと、エルドアが泡を吹いて気絶。結果男性機能を失ってしまう。当然、血筋が一つ途絶えた事を知ったゼンギル卿が大激怒し、私を処刑しようとする。
しかし父の尽力で処刑は無くなり、めでたく王都地下牢獄に投獄される。
の! はずでしたが!
「参ったなあ……このままじゃ賢者イベント起きないし、攻略対象のライトとも出会えない……」
これは非常にまずい。右手をもがれた状態でボクシング挑むレベルで不利な状況だ。
「なんだブツブツと」
訝しげな様子でこちらを見てくるエルドア。相変わらず、安そうな麻の服だが、本人曰く、汚れてもいいし、身体を動かしやすいので機能的なのだそうだ。確かにその通りだった。
「エルドア……先生」
「なんだ急に。別に先生なんざいらん。好きに呼べ」
「じゃあエルちゃん」
「おい。俺への敬意の乱高下についていけんぞ」
この人、話してみると案外面白い。
なんとなくもう休憩かなと思い、私は母が用意してくれた器に入った水を飲むと、それをエルドアへと渡した。
「……」
エルドアが受け取った器と私との間を視線で往復させる。
あれ、水飲みすぎたかな? 十分に量は残しておいたはずだけど。
「……お前、変な奴だな」
頭をポリポリと掻いて、エルドアが水を飲んだ。
「失礼な。変じゃありません」
「いや、変だ。貴族の娘とはとても思えない。が、嫌いじゃない」
そう言ってエルドアが笑った。その笑顔だけは少年みたいで……。
ああもう! そういうのずるい!
「それで? さっき何を言いかけた」
庭にあるベンチに座って、汗を拭く。隣に静かに腰掛けたエルドアがそう問いかけてきた。
この人、無頼漢っぽいけど、案外所作は綺麗だし静かなんだよね。
「あー。えっとエルちゃん……じゃなかったエルドア先生は王都に行った事は?」
「ん? ああ……俺の噂についてか。なんだクロイツ師から聞き出せとでも言われたのか?」
やれやれといった感じでエルドアがため息をついた。そうじゃないんだけど、まあそこも気になってはいた。
ちなみに、クロイツ師とは父の事だ。
父は王宮魔術師なので、卿ではなく師と呼ばれるそうだ。
「違うけど、それもついでに聞く」
「ついでかよ。まあどうせろくでもない噂ばっかだろうが、全部でたらめだ」
エルドアはため息をついて、空を仰ぐ。その横顔に少しドキッとする。
いかんいかん、こんなところでドキドキしている場合ではないぞ私。
このゲーム、私に限っては恋に走るとろくな事が起きない。
勿論これはゲームじゃない。私はタフに、リアルに生きるのだ。恋をしている暇はない!
のだけど……そうのたまう私に、タフさもリアリティも一切なかった。
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