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8話:ヒキガエルの魔女と王子(追放者と???サイド)
しおりを挟む王都内――魔術師協会本部、応接室。
「ミラルダさん。単刀直入に言います。例の彼女を学院に戻しませんか? 優秀な冒険者の現役生がいるのは御校にとって大きなプラスになりますし、今の状況は我々にとってもあまりよろしくありません」
眼鏡を掛けた理知的な顔付きの女性が、そう目の前に座るヒキガエル――ミラルダへと告げた。
その体重のせいでミシミシと音を上げるソファの上で、ミラルダが顔を真っ赤にしながらその眼鏡の女性を睨む。
「ルーナ……お前、誰に口を利いていると思っているんだ。誰のおかげで本部長になれたと思っている!!」
魔術師協会本部長――つまりこの王都における魔術師としての実質トップであるルーナは、ミラルダの低い脅すような声を平然と受け止めつつ、紅茶を飲む。
「感謝していますよミラルダさん。姉弟子である貴女のおかげでここまでこれたのは事実ですから。ですが、それとこれとは関係ありません。例の彼女は今すぐにでも学院に戻し、広告塔として担ぎ上げるべきです。ただですら、今アステリアスは評判が悪いのですから」
「……ふざけるな」
「はい?」
「お前は……誰に向かって口を利いている!! 賢しい振りをして私に指図するな!!」
ミラルダが目の前にあるテーブルへと、傷が癒えたばかりの太い手を叩き付けるが、ルーナが素早く衝撃吸収魔術を使った。ミラルダの手もテーブルも接触しただけで、衝撃は拡散され、ティーカップに入った紅茶の表面が軽く揺れるだけで済んだ。
「そうやって癇癪を起こす癖も直してください」
「もういい。お前には本部長から降りてもらう! 話は以上だ!!」
そう言ってミラルダが立ち上がると、よたよたと応接室の扉から出て行った。
「……貴女の時代はもう終わったんですよ、ミラルダ」
ルーナの呟きはしかし、ミラルダに届く事はなかった。
魔術師協会本部から出たミラルダは馬車が用意されていない事に激怒し、喚き散らす。しかし誰も相手してくれないせいで、ブツブツ言いながら仕方なく徒歩で帰路についた。
「くそ……! くそ! なんで私がこんな目に……!! 」
ミラルダが憤っていると突然、影からヌルリと黒いローブを着た男が現れた。その顔には白いのっぺりとした仮面を被っている。
「……要は、アレがやはり無能だったと分からせれば良い……そうだろ? ミラルダ様」
「何の用だ」
ミラルダが不機嫌そうに返事する。その不躾な言葉に怒りが湧くも、それをぶつけられる相手ではないことをミラルダは知っていた。
「簡単な話だ……殺せばいい」
「殺れるのか」
「……俺達を誰だと思っている」
「そうだな……そうか……そうだった。邪魔なら殺せばいい……その通りだ!!」
「今さらだろ? これまでもあんたはそうして今の地位を手に入れてきた」
「黙れ……。さっさとあの小娘の首を持ってこい」
「言われずともな……」
そうして白仮面の男は音もなく消え去った。
「くははは!! さあ魔女狩りの時間だ!!」
ミラルダは一人、醜悪な笑みを浮かべたのだった。
それが、逆に自身を窮地へと追い込むことも知らずに。
☆☆☆
王都――ティエル・クルス城内、図書室。
その広大な空間は本で埋め尽くされていた。武力を尊ぶこのティエル・クルス王国の王家であるクルス家はしかし、知識の重要さも良く分かっていた。その為、歴代の王達は蔵書集めに精を出し、いつしか兵士の数より本の数の方が多いと揶揄されるほどになった。
そんな巨大な図書室で、窓枠に腰かけて本を読む金髪碧眼の美青年がいた。
彼の名は、キルリアッシュ・クルス。この国の第三王子であった。
「あら、珍しいわねお兄様、読書なんて」
「……色々と気になる事があってね」
そんなキルリアッシュに声を掛けたのは、その妹であるサレーナ第一王女だった。ふんわりとした金髪と澄んだ空のような碧眼は兄であるキルリアッシュと同じでその端正な顔によく似合っていた。
「ふーん。最近つまらないわ、お兄様はずっと引きこもっているか外に出ているかのどちらかですもの」
「もうお互い一緒に遊ぶ歳でもないだろ?」
「さては……女ですわね」
悪戯っぽい笑みを浮かべるサレーナを見て、 キルリアッシュは溜息をつくと、本を閉じた。
「……何を言っているんだお前は」
「何について調べていますの」
「特異点についてだよ」
特異点。
このティエル・クルス王国の歴史は古い。そしてその長い歴史上で、時折現れるのが特異点と呼ばれる存在だ。
それは英雄であったり、悪鬼であったりと様々だが、人として並外れた力を持っており、必ず何かしらの爪痕を歴史に残していた。平和になって久しい今の時代は、そういった特異点は現れにくいと言われているのだが……。
「ああ……で、あれば」
サレーナがそう言って本棚の方に行くと、はしごを使って上の方へとスルスルと登っていった。その様子は普段から使い慣れているように見える。
「これがオススメですわ。旧ゼイラ歴からの特異点についての歴史書。流石に【極光のローザ】については書かれていませんけど……彼女もまた、特異点だったのでしょうね。お兄様も確か、ファンだったでしょ?」
そう言って微笑むサレーナにキルリアッシュが苦笑する。
「……ありがとうサレーナ。別にローザの事を調べようとしているわけではないんだけどね」
サレーナから渡された本は随分と古い革表紙の本だった。その目次にさっと目を通すと、キルリアッシュの目にとある単語が飛び込んで来た。
「〝遠くからはたらきかけるもの〟――グラビトン」
それは、彼の中でしっくりとくる言葉だった。急いでそのページを読んでいく。
「なるほど……なるほど。やはり歴史は繰り返す……か」
「何が分かったのですか?」
サレーナが隣に座り、本を覗き込む。
「いや何、僕も一度、二つ名を人に付けてみたかったんだ」
「はい?」
サレーナが首を傾げ、キョトンとした表情を浮かべた。
「ふっ、こちらの話さ」
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