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第3話:ミッション開始
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京都市南部――通称〝お化けビル〟
深夜零時。
「んだよ、誰もいねーじゃん」
俺はその明らかに廃墟になっている四階建のビルを見上げた。窓ガラスは割れているし、ツタやら草やらが壁面に生えており、もう何十年も人の手が入っていないことが分かる。
『――〝お化けビル〟と周辺地域の住民に呼ばれている建造物で、42年前に廃棄されている。だが土地主にビルを撤去する金がなくそのまま放置……今に至るって感じだね。なるほどここを使えば確かにそれっぽいダンジョンになる。とはいえ、やはり子供だまし感が拭えないが』
付けているスマートデバイスであるVR機――運営に必ず付けてくるように言われた――を通して俺の脳内にルナコの声が届く。
「ダンジョンっていうには……ちょっと拍子抜けだな。ただの心霊スポット巡りになりそうだよ」
周囲には、田んぼやら山しかなく、なぜこんな場所にビルを建てたのかは謎だ。
ここまで来る間に人の気配はなく、今も俺一人しかいない感じだ。
『いや、中に数人……おそらく4~5人ぐらいの人間がいるね』
……勝手に思考を読むなよ。
『君の思考は単純だから、解析しなくても分かるのさ。それよりも、おそらくその数人が君と同じ参加者かもしくは運営の者だろうね』
「ああそうかい。しかしなんかダンジョンって感じでもねえし、がっかりだよ。こんなんで100万円とか楽勝すぎるな」
『油断はしない方がいい。絶対に何か仕掛けはある』
「へいへい」
俺はそう言って、何の気負いもなくそのビルの敷地内へと――足を踏み入れた。
その瞬間――どこからか電子的な声が響く。
『参加者が揃いました。これより第一ミッションを開始します――再現開始』
俺の視界にノイズが走ると同時に――視界の右端に、ミッション達成条件らしき、文章が映った。
~生け贄の塔を攻略せよ~
・ソウルを3個収集
・ソウルキーを作成
・最上階の大扉を開く
・ボスを倒す
「なんだこりゃ。おいおい、VR機を起動させてないのに勝手に」
『っ!? なんだこの数値!? 先輩! 今そっちどうなってる!?』
ルナコの焦った声が聞こえる。更に、俺の視界の左端に、
――シグル LV1
とだけ表示されている。レベル……? アルター・テラにはレベルなんて概念はなかったはずだが……。とりあえずルナコに答える事にする。
「あー、うん。なんだろ……ビルが消えて、代わりに塔が立ってる」
俺は相変わらずビルの敷地内に立っているし、振り返っても今来た道がある。虫の声や、風のざわめきも聞こえる。だが、ビルがあったはずの場所に、なぜか螺旋を描く白い塔が立っていた。高さや太さは確かにあのビルと同じだが見た目は全く違う。
なにより、それには確かな存在感があった。決して造り物やまがい物ではない――そう確信させるほどの存在感。
『有り得ない……有り得ない。なんだこれ? 情報の逆流現象? いや違うなそれだとこの仮想シンクロ率の次元値が異常を示す説明がつかない』
ルナコが珍しく混乱している。言っている意味はさっぱり分からんが。
「とりあえずさ、ARってのがよーく分かったぜ。なんだよ、これの何処が幼稚なんだ?」
俺は塔の近くまで行き、その白い壁を触る。すべすべの大理石のような触感に、俺は頷く。
これはホログラムじゃない。ただの視覚情報でもない。
間違いなくこの塔は実在し、俺の目の前に佇んでいる。
『これを見てくれ』
ルナコから画像が俺の視界へと転送される。それは衛星画像だった。そこには、この塔とその麓に立つ俺が写っていた
『有り得ない。これは有り得ないことなんだ。今、先輩の周囲に起こっていることは異常だ!」
「何がだよ。要するに、俺のVR機を起動させて、そう見せかけているだけだろ? 触感も操作して、そうであると錯覚させているだけとか」
それならば、ARのダンジョンでもそれなりに楽しめるだろう。
『――違う。仮にそうだったとしよう。だったら、この衛星画像はなんだ? 言っとくがこれは某国の軍事衛星をちょこっと拝借して撮った画像だぞ? それに塔が写っていること自体がおかしいんだ。先輩の視界をVR機が弄っているとしても――軍事衛星の目までは騙せない。それがどう意味か分かるかい』
……それは確かにそうだ。俺の視界、触覚は確かにVR機で弄れる。だが、軍事衛星はどうだろうか? アルター・テラがそこにまで、この塔の視覚情報を潜り込ませた? 否、そんなことは有り得ない。いや、可能かもしれないが、それをするメリットが見出せない。だってそんなものを覗き見できるのはルナコレベルのハッカーでないと無理なのだから。
「ってことは、この塔はVR機による、仮想ではなく――」
『――ガチのマジで塔がリアルに出現したということだよ。今、先輩のスマートデバイスを使って情報収集をしているけど、光反射率やら何やらを計算しても、実在しているという結論しか出せない。つまりそれはARではな――』
俺はルナコの言葉の途中で、VR機を外した。軍事衛星云々なんてしなくたって、これで分かる。
「ははは……いや、どういう技術なんだこれ?」
VR機を外したのにもかかわらず、俺の目の前には白い塔が静かに佇んでいた。つまり、これはARどころかVRですらない。
現実に、ダンジョンが出現したのだ。
その正面にある重厚な造りの木の扉――元々ビルの入口があった場所――がひとりで開いていく。
まるで、中へと俺を誘うかのように。
「面白え」
俺は再びVR機を付ける。ミッション中も外さないようにと言われていたからね。
『こら! 勝手に外すな! これが君の生命線と言っても過言ではないんだぞ!』
ルナコの怒鳴り声に、俺は思わず笑ってしまう。
「そう怒るなって。外しても塔は塔のままだったよ。まやかしでもホログラムでもない、ガチのダンジョンだ」
『だろうね。だからこそ、もう何が起こるか分からないよ!』
「上等だよ。こちとら、物心ついたころからゲームに明け暮れていた男だぜ? 現実のダンジョンなんて楽勝だよ」
俺はそういって、塔の中へと足を踏み入れた。すると背後でひとりでに扉は閉まり――消えた。
そこには、まるでずっと前からそうだったとばかりに、壁しかなかった。
「これ、攻略しないと出られない系か。凝ってるねえ」
塔の内部は、まさしくどこかのゲームで見た、石造りの床と壁の通路になっていて、壁に掛かっている松明の火がゆらゆらと揺れている。おそらくどこかに上へと続く階段があるのだろう。
『……有り得ない。現実改変なんてそんな……』
ルナコの声を聞きつつ、俺は奥から三方向に続く通路の一つから、黒い影がのっそりとこちらに向かって来ているのを見つめていた。
「早速バトルの予感だ」
それは、アルター・テラ内でスケルトンと呼ばれるモンスターだった。歩く白骨死体と言えば分かるだろう。その窪んだ眼孔には赤い火が灯っており、手には錆びた剣が握られている。いわゆる雑魚キャラってやつだ。
『先輩、くれぐれも気を付けてくれ』
はっきり言おう。まだこの時、俺はこのミッションとやらを舐めていた。確かにビルを塔にしたり扉を壁にしたりするのは凄い技術だ。だけど、それはあくまでエンターテイメントとしての凄さであり、俺はいつものゲームと同様に余裕綽々だった。
だからこそ、ルナコのその言葉の意味を、俺はすぐに知ることになる。
「カタカタカタカタ!」
歯を打ち鳴らしながらスケルトンが俺へと迫る。いやー、リアルだなあ。これは流石にホログラムか? いや、もしくは誰かが仮想ならぬ仮装してるのにCGを被せているとかかね?
『先輩、避けてくれ!!』
スケルトンの剣が俺へと唸りを上げて迫る。それはゲームの中では見慣れた速度ではあるが――完全に油断していた俺に反応できる速度ではなかった。
「痛ってええええ!!」
鮮血が舞う。スケルトンの剣は的確に俺の首を狙っていて、咄嗟に上げた俺の右腕を浅く切り裂いた。
これまでに感じたことがないほどの痛みが走る。傷口が、熱い。
『やっぱりか! 早くそこから逃げろ先輩! そのスケルトンもリアルだ! そして今の太刀筋や動きからして……本気で君を殺す気だぞ!!』
「痛てええええ!! ふざけんな! こんなのありかよ! 怪我するなんて聞いてないぞ!」
俺は右腕を庇いながらスケルトンから逃げようと走り出した。背後で剣が空を切り裂く音が響き、俺の肌を粟立たせる。
聞いてない。こんな事は聞いてない! ただのゲームだろ!?
なんで、そんなので怪我をしなきゃならない!
『早く脱出を! 既に通報も済ませた! 警察と救急車と自衛隊を向かわせてる! だから先輩は早く逃げるんだ!』
「そうは言うがどっから出れるんだよ!!」
『くそ、スキャンが出来ない! 今走ってきた道はマッピングしてるが全体把握は無理だ! だがビルの面積と同じと想定するとさほど広くはないはず!』
ルナコの声を聞きながら暗い通路を走る。背後からスケルトンの不気味な足音が追ってくる。
怖い。ゲームならともかく、リアルでこれはない。
倒すという思考すら湧いてこない。
こっちは徒手空拳で、向こうはガチのモンスターなんて無理に決まっているだろ! そもそも向こうはアルター・テラ準拠の動きをしているのに、こっちだけリアルとか納得いかねえ!
そして――通路の奥から、更なる絶望が姿を現した。
「カタカタカタカタ……」
もう一体のスケルトンが俺を見て、笑うように歯を鳴らしていた。
『挟まれた!? まずい!』
思考が加速する。どう考えてもここをこのまま突破するのは無理だ。
落ち着け、考えろ。これはゲームだ。そう考えるんだ。
そう、これはちょっとしたマゾいクソゲーなんだ。肉体は傷付くし、身体能力もリアル準拠――たったそれだけだ。
そう考えると、スーッと頭が冴えてくる。視界に、ミッションの条件やらプレイヤーネームとレベル表示があるおかげで、そう思えてくる。
「死んだら文字通りゲームオーバー。HPとスタミナは俺自身の体力か。クソゲーにもほどがあるな」
右腕が痛い。だけど、これもそういうペナルティだと考えれば、不思議と受け入れられた。
ゲーム中毒ここに極まれり、だ。
『何をしているんだ先輩! 早く逃げ――』
「ルナコ、手伝え。スケルトンの動き及び剣の軌道予測をして視界に表示してくれ。お前なら出来るだろ』
『馬鹿か君は! 生身の人間がモンスターに勝てるわけないだろ!!』
「良いから、やってくれ。これはな、クソゲーなんだよ。だからツールアシストぐらい入れてもバチは当たらねえ。それに忘れたか? アルター・テラの物理法則はリアルと同じだ。アルター・テラで倒せるなら……リアルでも倒せる!」
ここまできたらやるしかない。
命をかけたダンジョン攻略が――始まる。
深夜零時。
「んだよ、誰もいねーじゃん」
俺はその明らかに廃墟になっている四階建のビルを見上げた。窓ガラスは割れているし、ツタやら草やらが壁面に生えており、もう何十年も人の手が入っていないことが分かる。
『――〝お化けビル〟と周辺地域の住民に呼ばれている建造物で、42年前に廃棄されている。だが土地主にビルを撤去する金がなくそのまま放置……今に至るって感じだね。なるほどここを使えば確かにそれっぽいダンジョンになる。とはいえ、やはり子供だまし感が拭えないが』
付けているスマートデバイスであるVR機――運営に必ず付けてくるように言われた――を通して俺の脳内にルナコの声が届く。
「ダンジョンっていうには……ちょっと拍子抜けだな。ただの心霊スポット巡りになりそうだよ」
周囲には、田んぼやら山しかなく、なぜこんな場所にビルを建てたのかは謎だ。
ここまで来る間に人の気配はなく、今も俺一人しかいない感じだ。
『いや、中に数人……おそらく4~5人ぐらいの人間がいるね』
……勝手に思考を読むなよ。
『君の思考は単純だから、解析しなくても分かるのさ。それよりも、おそらくその数人が君と同じ参加者かもしくは運営の者だろうね』
「ああそうかい。しかしなんかダンジョンって感じでもねえし、がっかりだよ。こんなんで100万円とか楽勝すぎるな」
『油断はしない方がいい。絶対に何か仕掛けはある』
「へいへい」
俺はそう言って、何の気負いもなくそのビルの敷地内へと――足を踏み入れた。
その瞬間――どこからか電子的な声が響く。
『参加者が揃いました。これより第一ミッションを開始します――再現開始』
俺の視界にノイズが走ると同時に――視界の右端に、ミッション達成条件らしき、文章が映った。
~生け贄の塔を攻略せよ~
・ソウルを3個収集
・ソウルキーを作成
・最上階の大扉を開く
・ボスを倒す
「なんだこりゃ。おいおい、VR機を起動させてないのに勝手に」
『っ!? なんだこの数値!? 先輩! 今そっちどうなってる!?』
ルナコの焦った声が聞こえる。更に、俺の視界の左端に、
――シグル LV1
とだけ表示されている。レベル……? アルター・テラにはレベルなんて概念はなかったはずだが……。とりあえずルナコに答える事にする。
「あー、うん。なんだろ……ビルが消えて、代わりに塔が立ってる」
俺は相変わらずビルの敷地内に立っているし、振り返っても今来た道がある。虫の声や、風のざわめきも聞こえる。だが、ビルがあったはずの場所に、なぜか螺旋を描く白い塔が立っていた。高さや太さは確かにあのビルと同じだが見た目は全く違う。
なにより、それには確かな存在感があった。決して造り物やまがい物ではない――そう確信させるほどの存在感。
『有り得ない……有り得ない。なんだこれ? 情報の逆流現象? いや違うなそれだとこの仮想シンクロ率の次元値が異常を示す説明がつかない』
ルナコが珍しく混乱している。言っている意味はさっぱり分からんが。
「とりあえずさ、ARってのがよーく分かったぜ。なんだよ、これの何処が幼稚なんだ?」
俺は塔の近くまで行き、その白い壁を触る。すべすべの大理石のような触感に、俺は頷く。
これはホログラムじゃない。ただの視覚情報でもない。
間違いなくこの塔は実在し、俺の目の前に佇んでいる。
『これを見てくれ』
ルナコから画像が俺の視界へと転送される。それは衛星画像だった。そこには、この塔とその麓に立つ俺が写っていた
『有り得ない。これは有り得ないことなんだ。今、先輩の周囲に起こっていることは異常だ!」
「何がだよ。要するに、俺のVR機を起動させて、そう見せかけているだけだろ? 触感も操作して、そうであると錯覚させているだけとか」
それならば、ARのダンジョンでもそれなりに楽しめるだろう。
『――違う。仮にそうだったとしよう。だったら、この衛星画像はなんだ? 言っとくがこれは某国の軍事衛星をちょこっと拝借して撮った画像だぞ? それに塔が写っていること自体がおかしいんだ。先輩の視界をVR機が弄っているとしても――軍事衛星の目までは騙せない。それがどう意味か分かるかい』
……それは確かにそうだ。俺の視界、触覚は確かにVR機で弄れる。だが、軍事衛星はどうだろうか? アルター・テラがそこにまで、この塔の視覚情報を潜り込ませた? 否、そんなことは有り得ない。いや、可能かもしれないが、それをするメリットが見出せない。だってそんなものを覗き見できるのはルナコレベルのハッカーでないと無理なのだから。
「ってことは、この塔はVR機による、仮想ではなく――」
『――ガチのマジで塔がリアルに出現したということだよ。今、先輩のスマートデバイスを使って情報収集をしているけど、光反射率やら何やらを計算しても、実在しているという結論しか出せない。つまりそれはARではな――』
俺はルナコの言葉の途中で、VR機を外した。軍事衛星云々なんてしなくたって、これで分かる。
「ははは……いや、どういう技術なんだこれ?」
VR機を外したのにもかかわらず、俺の目の前には白い塔が静かに佇んでいた。つまり、これはARどころかVRですらない。
現実に、ダンジョンが出現したのだ。
その正面にある重厚な造りの木の扉――元々ビルの入口があった場所――がひとりで開いていく。
まるで、中へと俺を誘うかのように。
「面白え」
俺は再びVR機を付ける。ミッション中も外さないようにと言われていたからね。
『こら! 勝手に外すな! これが君の生命線と言っても過言ではないんだぞ!』
ルナコの怒鳴り声に、俺は思わず笑ってしまう。
「そう怒るなって。外しても塔は塔のままだったよ。まやかしでもホログラムでもない、ガチのダンジョンだ」
『だろうね。だからこそ、もう何が起こるか分からないよ!』
「上等だよ。こちとら、物心ついたころからゲームに明け暮れていた男だぜ? 現実のダンジョンなんて楽勝だよ」
俺はそういって、塔の中へと足を踏み入れた。すると背後でひとりでに扉は閉まり――消えた。
そこには、まるでずっと前からそうだったとばかりに、壁しかなかった。
「これ、攻略しないと出られない系か。凝ってるねえ」
塔の内部は、まさしくどこかのゲームで見た、石造りの床と壁の通路になっていて、壁に掛かっている松明の火がゆらゆらと揺れている。おそらくどこかに上へと続く階段があるのだろう。
『……有り得ない。現実改変なんてそんな……』
ルナコの声を聞きつつ、俺は奥から三方向に続く通路の一つから、黒い影がのっそりとこちらに向かって来ているのを見つめていた。
「早速バトルの予感だ」
それは、アルター・テラ内でスケルトンと呼ばれるモンスターだった。歩く白骨死体と言えば分かるだろう。その窪んだ眼孔には赤い火が灯っており、手には錆びた剣が握られている。いわゆる雑魚キャラってやつだ。
『先輩、くれぐれも気を付けてくれ』
はっきり言おう。まだこの時、俺はこのミッションとやらを舐めていた。確かにビルを塔にしたり扉を壁にしたりするのは凄い技術だ。だけど、それはあくまでエンターテイメントとしての凄さであり、俺はいつものゲームと同様に余裕綽々だった。
だからこそ、ルナコのその言葉の意味を、俺はすぐに知ることになる。
「カタカタカタカタ!」
歯を打ち鳴らしながらスケルトンが俺へと迫る。いやー、リアルだなあ。これは流石にホログラムか? いや、もしくは誰かが仮想ならぬ仮装してるのにCGを被せているとかかね?
『先輩、避けてくれ!!』
スケルトンの剣が俺へと唸りを上げて迫る。それはゲームの中では見慣れた速度ではあるが――完全に油断していた俺に反応できる速度ではなかった。
「痛ってええええ!!」
鮮血が舞う。スケルトンの剣は的確に俺の首を狙っていて、咄嗟に上げた俺の右腕を浅く切り裂いた。
これまでに感じたことがないほどの痛みが走る。傷口が、熱い。
『やっぱりか! 早くそこから逃げろ先輩! そのスケルトンもリアルだ! そして今の太刀筋や動きからして……本気で君を殺す気だぞ!!』
「痛てええええ!! ふざけんな! こんなのありかよ! 怪我するなんて聞いてないぞ!」
俺は右腕を庇いながらスケルトンから逃げようと走り出した。背後で剣が空を切り裂く音が響き、俺の肌を粟立たせる。
聞いてない。こんな事は聞いてない! ただのゲームだろ!?
なんで、そんなので怪我をしなきゃならない!
『早く脱出を! 既に通報も済ませた! 警察と救急車と自衛隊を向かわせてる! だから先輩は早く逃げるんだ!』
「そうは言うがどっから出れるんだよ!!」
『くそ、スキャンが出来ない! 今走ってきた道はマッピングしてるが全体把握は無理だ! だがビルの面積と同じと想定するとさほど広くはないはず!』
ルナコの声を聞きながら暗い通路を走る。背後からスケルトンの不気味な足音が追ってくる。
怖い。ゲームならともかく、リアルでこれはない。
倒すという思考すら湧いてこない。
こっちは徒手空拳で、向こうはガチのモンスターなんて無理に決まっているだろ! そもそも向こうはアルター・テラ準拠の動きをしているのに、こっちだけリアルとか納得いかねえ!
そして――通路の奥から、更なる絶望が姿を現した。
「カタカタカタカタ……」
もう一体のスケルトンが俺を見て、笑うように歯を鳴らしていた。
『挟まれた!? まずい!』
思考が加速する。どう考えてもここをこのまま突破するのは無理だ。
落ち着け、考えろ。これはゲームだ。そう考えるんだ。
そう、これはちょっとしたマゾいクソゲーなんだ。肉体は傷付くし、身体能力もリアル準拠――たったそれだけだ。
そう考えると、スーッと頭が冴えてくる。視界に、ミッションの条件やらプレイヤーネームとレベル表示があるおかげで、そう思えてくる。
「死んだら文字通りゲームオーバー。HPとスタミナは俺自身の体力か。クソゲーにもほどがあるな」
右腕が痛い。だけど、これもそういうペナルティだと考えれば、不思議と受け入れられた。
ゲーム中毒ここに極まれり、だ。
『何をしているんだ先輩! 早く逃げ――』
「ルナコ、手伝え。スケルトンの動き及び剣の軌道予測をして視界に表示してくれ。お前なら出来るだろ』
『馬鹿か君は! 生身の人間がモンスターに勝てるわけないだろ!!』
「良いから、やってくれ。これはな、クソゲーなんだよ。だからツールアシストぐらい入れてもバチは当たらねえ。それに忘れたか? アルター・テラの物理法則はリアルと同じだ。アルター・テラで倒せるなら……リアルでも倒せる!」
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