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168話「夏に白球〜後編〜①」
しおりを挟む東咲高校、部室棟。時刻は午後8時を過ぎており、辺りは静まり返っている。
部活動を終え、本日の役目を果たし終わったはずの部室棟に、人影が一つーーー野球部キャプテンだった三年の今本が、野球部の部室前で腰を下ろし、一人静かに空を見上げている。
今本「......。」
関「一人で何やってるんですか?」
今本「ん? おぉ、幸。どした?」
関「それは、こっちのセリフですよ。もう解散したんじゃないんですか?」
今本「まぁ、ちょっとな。」
関「...やり残したことでも、あるんですか?」
今本の隣に腰を下ろし、同じように空を見上げる。雲がなく、小さな小さな星たちが元気いっぱいに輝く美しい夜空ーーー関は、あまりの美しさにフッと笑みを溢すが、今本は表情一つ変えず、質問に答えることなく、ただ静かに夜空を見上げ続けている。
関「試合、惜しかったですね。」
今本「お前、見に来てたのかよ?」
関「えぇ。探偵部三人で、全力全開で応援してましたよ。」
今本「そっか。すまねぇな、カッコ悪いとこ見せちまって。」
関「カッコ悪いところなんて、何一つありませんでしたよ。強いて言うなら、投手交代の時ですかね? 見ていて楽しかったですけど。」
今本「あぁ、あれな。大賀がいつも通りだったせいで...ふ、ふふふ...! 今思い出しても、笑えてくるわ...!」
関「笑いの沸点の低さは、相も変わらずですね。」
今本「うるせぇ。んで、マジで何しに来たんだよ? 無様に負けた俺を笑いに来たのか?」
関「そんなことするわけないでしょ? 部活動ですよ、部活動。」
今本「部活動?」
関「なんでも探偵部は、困っている人に手を差し伸べる、素晴らしい部活動です。」
今本「......。」
関「話相手、欲しいんでしょ? 私でよければ、いくらでも付き合いますよ。」
今本「...お前ってやつは...。やっぱ、すげぇな...。」
今本「...なぁ、幸。」
関「なんですか?」
今本「......終わっちまった。終わっちまったよ、俺の夏。これで、部活引退...明日から、帰宅部ですわ。」
関「ですね。なんでも探偵部に入部しますか?」
今本「それはそれで面白そうだけど、今はそんな気分じゃねぇから、やめとくわ。」
今本「...なんか、あっという間だったなぁ。もうちょいと続けるはずだったんだけど...。」
関「野球って、恐ろしいスポーツですよね。」
今本「ホントだよ。あそこから負けるって、誰が予想してたよ? 完全に俺たちが勝つ流れだったじゃん? あとアウト一つだったのにさぁ...あっ、油断とかは一切してないからな? 勘違いすんなよ?」
関「言われなくてもわかってますよ。でも、私も勝てるって思っちゃいましたよ。あと一つでしたし。」
今本「だよなぁ~誰でも思うよなぁ~。その裏の追い上げムードも俺がぶち壊しちまうし...あっ、ちょっと待て? 探偵部で応援ってことは、もちろんのこと張間ちゃんも来てたってことだよな? やべーめちゃくちゃカッコ悪いとこ見せちゃったじゃん。うわー恥ずかしいー。」
関「あの子は、君のことカッコ悪いなんて思ってないですよ。むしろ、逆転されても最後まで諦めずに食らいつく姿を見て、カッコいいって思ってるはずです。」
今本「そっか。張間ちゃん、いい子だからな~。」
関「そうですよ。あの子、あぁ見えて良い子なんです。」
今本「張間ちゃん、俺たちが負けたからってわんわん泣いてそう。どうだった?」
関「大声でわんわん泣いてましたよ。試合終わったあと、大変だったんですから。」
今本「ん? なんかあったの?」
関「「私たちに、夢と希望を与えてくれた野球部の皆さんに、感謝の言葉を届けてくる!!」とかなんとか言って、泣きながら野球部のところに行こうとして...今行くのはやめなさいって、傑くんと二人で全力で止めてたんです。」
今本「ふ、ふふふ...! さすが、張間ちゃんだわ...! 面白すぎる...! ってか、来てくれてもよかったのにさ。」
関「行ったら地獄のような空気になるのは目に見えてたので。行かせるわけないでしょ。」
今本「そうか? 野球部みんな張間ちゃんのこと好きだし、元気出たと思うけどな。大賀も、張間ちゃんが来ればギャーギャー言い合って元気出しただろうに。」
関「張間くんなら、一人一人に熱いメッセージを届けそうですね。それで元気出してくれるなら、今度改めて部室に向かわせますね。」
今本「......。」
関「健ちゃん、どうしました?」
今本「...なぁ、幸。」
関「なんですか?」
今本「...俺、なにが足りなかったのかな? なにがダメだったと思う?」
関「...あなたに、足りないところもダメなところもないですよ。あれは、あのセンターが凄かったと言うしかありません。」
今本「だよな。俺が悪いんじゃなくて、あいつが凄かっただけだよな?」
関「えぇ。普通は捕れませんよ、あの打球は。」
今本「だよな。捕れるわけねぇよな? あれは普通、落ちるよな?」
関「えぇ。落ちます。何十回とやって、一回捕れたら良い方ですよ。」
今本「だよな~。俺のせいじゃないよな~。あいつがおかしいんだよなぁ...マジで...。」
今本「......なんで捕ってんだよ...ふざけんなよ、マジでさぁ...。クソ...クソクソクソ...!!」
今本「......クソがぁぁ......!!」
顔を俯かせ、拳を丸めひざを力強く叩く。ポタポタと、地面に涙がこぼれ落ちていく。
今本「最後の最後に逆転されて...最後の最後にファインプレーで終わって...野球の神様は、どんだけ俺たちのこと嫌ってんだよ...!? 俺たちが、なんかしたのかよ...!? なんでだよ...クソがぁぁ...!」
今本「俺さ...明日から、何したらいいんだ...? どうしたらいいんだ...? 明日からも、みんなで野球するはずだったのに...それなのに、いきなり終わりだって...もう終わりだって...! こんなの、酷すぎだろ...!!」
今本「終わっちまったよ...俺の...三年生の夏が...! 俺が...俺が終わらせちまった...! みんなが、必死に繋いでくれたモノを...繋いでくれたのに...! 俺がぶち壊しちまったんだ...俺のせいで......!!」
今本「俺はキャプテンで、みんなを引っ張っていかなきゃいけなかったのに...! 俺が、みんなの足を引っ張ってさ...! 笑えねぇよ...笑えねぇよぉぉ...!!」
今本「クソが...ちくしょうがぁぁぁぁぁ!!」
今本(M)自分でも、想像していなかった幕切れ...きっと、いつまで経っても忘れることはないだろう。何かあるたびに、寝てる時にも、あの光景は鮮明に浮かび上がって、俺をずっと苦しめるだろう。
今本(M)俺のせいだ...俺のせいで...俺が、みんなの夢を壊しちまった...。キャプテンの俺が...キャプテンなのに...。なにしてんだろうな、俺は...。
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