なんでも探偵部!

きとまるまる

文字の大きさ
上 下
268 / 330

268話「努力は期待を裏切らないから、まずは努力をしましょう③」

しおりを挟む


 張間 彩香が赤点で悩んでることなど全く知りもしない探偵部の男二人は、部室で変わらぬ生活を続けていた。

関は悩みを抱えた生徒がいつ来てもいいように部室内の清掃を、間宮はいつものことながら椅子に座り漫画を黙々と読み進めている。


関「...張間くん、遅いですね。」

間宮「言われてみれば、確かに。なんかあったのかな?」

関「傑くんみたいに、先生のお手伝いでもしているんでしょうか?」

間宮「仮にそうだとしたら、張間さんなら連絡してきそうじゃないですか? 「今日、先生の手伝いしてから行きまーす!」って。」

関「そうですね。というか、彼女に先生がなにか頼むとは考えにくいですね。」

間宮「さすがにそれは言い過ぎじゃないですか?」

関「傑くんが先生だったとして、彼女になにか頼みます?」

間宮「頼みませんね。」

関「傑くんも同罪ですよ。」

間宮「どうしたんだろ?」

関「あの子が遅れてきたことって、あまりないですからねぇ。」

間宮「僕より遅いのって、数えるほどしかありませんよね?」

関「ですね。遅れてきたことと言えば...。」


 張間が部室に遅れてきた時の出来事を思い返す二人。

ふと浮かぶ、北台の時の出来事。


関「...まさか?」

間宮「もしかしたら?」

関・間宮「......。」

張間「こ、こ、こここここんにちは~!」

間宮「あっ、張間さん。」

関「ずいぶんと遅かったじゃないか。何かあったのかい?」

張間「え!? あ、いや、べ、べべべ別に~~! な、ななななんにもありませんよ~~! お、おほほほほ~!!」

関・間宮「......。」

張間「あ、あのぉ~どうされました~...?」

間宮(明らかに、いつもと様子が違う...。)

関(元気がないように、見えなくもない...。まさか、また...!?)

間宮「張間さん。」

張間「は、はいぃ!? な、ななななんですか!?」

間宮「今日、遅かったけどどうしたの? 何かあったの?」

張間「あ、え、えっと...そのぉ...。」

張間(わざわざ聞かなくてもわかってんだろうが!! テストが返ってくるって、わかるだろうが!! わかってること、いちいち聞いてこないでよ!!)

関「落ち着いてください、張間くん。飲み物でも飲んで落ち着きましょう。なにが飲みたいですか? 言ってくれれば、なんでも用意してあげますよ。」

張間(や、優しい! 気持ち悪いくらいに優しい!! なんで!?どうして!? あれか?苦しい思いさせる前に...ってやつか!? そうなのか!?)

張間「あ、いや、そ、そのですね...! その...えっと...!」

間宮「張間さん、落ち着いて。大丈夫だよ。」

関「私たちにできることなら、なんでもしてあげますから。遠慮せずなんでも言ってください。」

張間(やめろぉぉぉぉ! 優しい言葉を投げてくるなぁぁぁぁ! ただただ言いづらくなるだけだろうがぁぁぁ!! こんな空気で、赤点とりました~☆とか、言えるわけないだろうがぁぁぁぁぁ!!)

張間(だ、ダメだ...! ずっとここにいても、言えるわけがない...! 一旦ここから離れて、気持ちを落ち着かせよう! よし、そうしよう!)

張間「わ、わ、私、いちご牛乳が飲みたいんで! 今からちょっくら買ってきますね! ではーーー」


 慌てて部室を出ようとする張間ーーー関は逃さまいと言わんばかりに、腕をガッチリと掴む。


張間(なっ...!?)

関「買いに行かなくて大丈夫ですよ、張間くん。いちご牛乳なら、冷蔵庫に入ってますから。」

間宮「はい、どうぞ。いちご牛乳。」

張間(なんでだよ!? なんで入ってんの!? いつも入ってないじゃん! なんで今日に限って入ってんの!?)

関「まずは、椅子にでも座って落ち着いてください。」

張間「あ、いや、でも...!」

間宮「僕ら、どんなことでも受け止めるからさ。ほら、座って座って。」

張間「あ...は、はいぃ...。」

張間(こ、こいつら、私を逃さない気だ...! 逃走ルートを一個ずつ一個ずつ潰して、私を...! あ、あぁぁぁ...!? どうしようぅぅ...!)


 言われるがままに椅子に座り、頭を抱える張間。その様子を見た男二人は、張間に背を向けて小声でヒソヒソと会議を始める。


間宮「先輩。」

関「えぇ、いつもと明らかに様子が違いますね。」

間宮「やっぱり、何かあったんですよ。」

関「私たちに言いづらいなにかが...心配ですね...。」

間宮「大丈夫かな...?」

張間(あ、あいつら、なにを...何を話してやがる...!? 何をヒソヒソと...ま、まさか!?)





関「へっへっへ...! あの赤点野郎、どう調理してやりましょうかねぇ~!」

間宮「現代文、数学、英語...地理や歴史もありますよ! へへへへっ!」

関「傑くんや、生物も忘れちゃいけませんよ~! いや~教科がたくさんあって、どれにするか迷っちゃいますねぇ~!!」

間宮「先輩先輩、全部やればいいんじゃないですか~!?」

関「それはとっても素敵な考えですねぇ~! そうしましょうかそうしましょうか!」

間宮「張間さ~ん!」

関「勉強...しましょうねぇ~~!」

関・間宮「へっへっへっへ~!!」




張間(あ、あぁ...!? とんでもねぇ...とんでもねぇ奴らだ...! 鬼だ!悪魔だ!人の皮被った狼だ!! こんなところにいたら、命が幾つあっても足りやしない...!)

間宮「ねぇ、張間さーーー」


 心配そうに後輩へと視線を向ける。

いつもと様子の違う後輩は、紙パックのイチゴ牛乳を手にし、ストローをブッ刺し、ムンクの叫びのような表情で中身を一気に吸い込む。


間宮「...!?」

関「こ、これは、我々が思っている以上だぞ、傑くん...!!」

張間「はぁ美味しかったでもまだ飲み足りないので屋上に買いに行ってきますねでは!!」


 一瞬で飲み物を吸い込み、畳み掛けるような早口で先輩たちに言葉を吐き捨て、部室を出ようとする。

が、先ほどのリプレイ映像を見ているかと錯覚してしまうほどに、関に腕を掴まれる。


関「ご安心を、張間くん。イチゴ牛乳なら、まだまだ冷蔵庫にありますから。今日は好きなだけ飲んじゃってください。」

張間「なんでやねん!! なんで今日に限って大量に備蓄されとんねん!? 貴様ら、寄ってたかってイジメやがって、こんちくしょうが!! 私が追い詰められていく姿を見るのが、そんなに楽しいのか、ごらぁぁぁ!!」

間宮「張間さん。」

張間「はっ!? な、ななななんでしょうか!? ご心配なさらなくても、張間 彩香ちゃんは大丈夫でございまするよ~! お、おほほほ~!」

関「いやいや、大丈夫ではないでしょうに...。なんだか慌てているというか、いつも以上に落ち着きがないというか...まるで「テストで赤点とっちゃったぜ! どうしましょどうしましょ!?」としているみたいですよ?」

張間「ぎくり!?」

張間(絶対知ってるだろ!知ってんだろ、てめぇぇぇぇ! そうだよ、その通りだよ!全くもってその通りでございますよ!! 赤点とって慌ててますよーーーだ!! バーーカバーーカ!!)

張間(くそこんちくしょう...! こいつらは、あれだ...私が赤点を取ったことを知っていて、私自ら赤点を取ったと言わせようとしている...! 私は赤点取ったと自白するのを待っているんだ...!)

張間(あーーー! もういいよ、言ってやる言ってやる! どうせどのタイミングで言っても怒られるだけだし、今の流れならサラッと言えるし、もう言ってやるよ! お望み通り言ってやる!)

張間「あ、あの...実はーーー」

間宮「先輩、バカみたいなこと言わないでください。」

張間「...え?」

間宮「赤点取ったとか、そんなわけないじゃないですか。張間さんは、こんなにも悩んでるんですよ? もっと真剣に話を聞いてあげてください。」

関「これはこれは、失礼しました。」

間宮「ったく...。ごめんね、張間さん。先輩が酷いこと言って。」

張間「あ、いや、えっと...だ、だだ大丈夫です~! あ、あははは~!」

張間(間宮てめぇこんちくしょうがぁぁぁぁ!! お前は、バカか!? おバカちゃんか!? なんでそんなこと言うの!? なんで!? ただただ言いづらくなるだけじゃん! 空気を読め、空気を!!)

間宮「なんだかんだ、文句言いながらもちゃんと勉強...というか、宿題してたんだし。張間さんだって、やることきちんとやってるんですから。」

関「そうですね。全くもってその通りです。」

間宮「あんた、部長でしょ? こういう時こそ、茶化したりしないで褒めてあげたり温かい言葉かけてあげたりとかさ、出来ないんですか?」

関「すみません...。今回は傑くんの言う通りです...。言い訳などありません...本当にすみません...。」

間宮「ここではあんたが一番上なんですから、あんたが僕たちの良い見本とならなきゃいけない立場なんですよ? わかってます?」

関「は、はい...申し訳ございません...。」

張間(や、やめて...これ以上はやめて、間宮さん...! 悪いのは、私なの...部長じゃなくて、この私なの...! 流石の私も、心が痛む...ものすごく痛む...! もう、やめてあげてぇぇぇ...! ごめんなさい、部長ぉぉぉ...!)

間宮「張間さん。」

張間「は、はい!?」

間宮「赤点なんて、とってないよね?」

張間「は、は、はい! もちろんでございます! 赤点なんて、取るわけないじゃないですか! はっはっは!!」

張間(あ、あぁぁぁ...!? なんか流れというか勢いで言っちゃった...! 言ってはいけないこと、言っちゃった...! あははは、終わった...全てが終わった...! さよなら、私のマイライフ...! もう戻れないわ、この先は地獄...!)

間宮「ほら。ちゃんと謝ってください。」

関「張間くん...この度は君が悩んでいるというのに茶化したりして、本当にすまなかった...。関 幸、これから心を入れ替えて残りの学校生活を過ごしていきます。あなたたち後輩の道標となれるよう、努力して参りたいと思います。」

張間「そ、そんなしなくても大丈夫ですよ!! 部長はいつもの部長のままで、よ、よよよよよいのですよ!!」

関「私にそのような温かいお言葉を...! ありがとうございます、張間さん!」

張間「や、やだなぁ~張間さんだなんて! 私、そんなそんなそんな! お、おほほほほ~!」

張間(あーーダメだ。頭が回んなくなってきたぁぁ~。この先どうして良いのかわかんな~い! 張間ちゃん、お手上げで~す! お手上げお手上げばんざーい! 喋れば喋るほどに、地獄に近づきますわ~! 地獄の閻魔様が、こちらにはよ来いって手招きして~るぅ~~! おひょひょひょ~!)

張間「そんな手招きしなくても、すぐ行きますヨォ...! お、おひょひょひょ~!」

間宮「え? 手招き?」

関「あなた、どこへ行く気ですか?」

張間「あ、口に出てた。おひょひょ~! もうダメだ~!」

間宮「は、張間さん...。」

関「私たちといても、良くなる傾向が見えませんし...少しの間一人にした方がいいかもしれませんね。」

間宮「ですね。もしかしたら、そっちの方が落ち着くかもしれませんし。」

張間「え? 一人?」

張間(一人...一人に......そ、それだ!!)

張間「あ、あの...間宮先輩、部長。」

間宮「なに?」

関「どうしました?」

張間「えっと、その...一つワガママ言っても、いいですか...?」

間宮「うん、いいよ。」

関「もちろんです。どんなことでも言ってください。」

張間「少しの間でいいので、一人にさせてもらえませんか...? お二人に、何をどう話そうか全然まとまらなくて...一人でまとめてから話したいんです。お願いします。」

関「そんなことでしたら、お安いご用ですよ。」

間宮「一人で落ち着く時間、欲しいよね。ごめんね、さっきからしつこく色々聞こうとして。」

張間「いえ、謝らないでください。間宮先輩たちは、私のこと心配しての行動ですから。むしろ嬉しいです。ありがとうございます。」

関「では、私たちは出て行きますか。」

間宮「はい。張間さん、30分くらいしたら、また戻ってくるね。」

関「なにかあったら、すぐに連絡してくるんですよ。」

張間「はい。本当にありがとうございます。」



 男たちは特に疑う様子なく部室を出ていく。柔らかな笑顔で二人を見送った張間は、二人の姿が見えなくなった途端に笑顔を掻き消し、戦術を組み立てる部隊長のような真剣な顔つきに変えた。
しおりを挟む

処理中です...