愛されない王女は世界を壊す

夢花音

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1章《赦されざる者たち》

4話 壊れた心

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医師たちは慌ただしく呼び出され、リリスの診察にあたった。
だが、診断結果は明白だった。

「――急性の精神的ショックによる失神です。体には異常ありません。」

医師の言葉に、皇帝は胸をえぐられる思いだった。
リリスは皇后として幸せに暮らしていたはずだった。
それを、この短時間で壊してしまったのだ。

「私が……」
震える手でリリスの頬に触れ、皇帝は呟く。

「私が、お前を傷つけた……」

ベッドに横たわるリリスは、細い息をつくばかりだった。
信じていた全てを裏切られ、絶望の中で倒れた。
その事実が、皇帝の心を容赦なく叩きのめす。

家臣たちは固く頭を垂れ、誰も何も言えなかった。
ただ、皇帝の後悔と苦しみだけが、重苦しく広間に満ちていた。

やがて、リリスの睫毛が震え、ゆっくりと目を開けた。
焦点の合わない瞳が、皇帝を捉える。

「……私、殺されるの……?」

掠れた声で、リリスは尋ねた。

皇帝は、かぶりを振るしかなかった。
そんなこと、あるはずがない。
だが、リリスの胸に刻まれた絶望は、そう言わせたのだ。

「すまない……リリス……」
声を震わせながら、皇帝はリリスをそっと抱き寄せた。

壊れたガラス細工のように、リリスは皇帝の腕の中で小さく震えていた。

その日からリリスは笑わなくなった。今まで天使のように明るく華やかだったリリスはほとんどベットから起き上がれず食事も細く会話することもなくただ黙って窓の空を見つめていた。

皇帝は塔に書かれた血文字の事はリリスには隠していた。もしもそれを知ったらリリスは今度こそ完全に壊れてしまうかも知れない。


一人の見慣れない侍女がリリスの部屋に入ってきた。ただ黙って窓を見つめているリリスに向かって「知っていましたか?セリナ様が監禁されていた部屋の壁に 血文字があったそうです。それもリリス 様宛だったそうで……」ハッとしてその侍女を見ると嫌な笑みを残し部屋を出ていった。

よろよろとベッドから起き上がったリリスは、まるで夢遊病者のように、セリナが監禁されていたという塔へ一人で向かっていった。途中、家臣やメイドたちが慌てて止めたり声をかけたりしたが、リリスにはまったく届いていない様子だった。

騎士が急ぎ皇帝に報告し、皇帝とともに塔に駆けつけたのは、リリスが塔の部屋に入ったのとほぼ同時だった。直後、切り裂くような悲鳴が響き渡る。慌てて部屋に駆け込むと、そこには頭を抱えてうずくまり、「お姉様ごめんなさい、お姉様ごめんなさい、お姉様……ごめんなさい」と、まるで呪文のように繰り返すリリスの姿があった。彼女の心は、完全に壊れてしまっていた。

皇帝はリリスを寝室に運びながら、なぜ、どうして、と繰り返し考えていた。これ以上リリスを苦しませぬよう、あの"血文字"のことは徹底して隠していたはずだった。なのになぜリリスは知ってしまったのか。誰が、どのようにして……?

その答えは、意外なほど早く明らかになった。リリスの治療を担当する医師が話しかけたとき、一瞬だけリリスが正気を取り戻したのだ。そしてそのとき、「見慣れぬ侍女が教えてくれたの」と告げると、再びうわ言を呟きはじめたという。医師はすぐに皇帝へ報告し、「誰かが意図的にリリス様に知らせ、あの方の心を壊したのです」と告げた。

その報告を受けた皇帝は、すぐにその"見慣れぬ侍女"を探し出した。彼女は、皇帝の従姉妹である姫・アリーナの専属侍女だった。

アリーナは昔から皇帝のことが好きだった。年齢も近く、血筋を考えても、いずれ自分が皇帝の妃になるのだと信じて疑わなかった。しかし皇帝が選んだのは、隣国の"花の王女"だった。そんな現実、アリーナが受け入れられるはずもなかった。彼女は、必ずあの女を皇后の座から追い落としてやると、密かに機会を窺っていたのだった。

皇帝は、たとえ血を分けた親族であろうとも、リリスを害したことを決して許さなかった。侍女はその場で処刑され、遺体は城の外壁に晒された。アリーナには厳しい刑が科され、民の目にさらされることで罪の重さが示された。侍女の一族は奴隷として扱われ、アリーナの一族は貴族の地位を剥奪されて平民に落とされた。皇帝の怒りは、それほどまでに激しいものであった。

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