愛されない王女は世界を壊す

夢花音

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1章《赦されざる者たち》

15話 真実を見つめる眼差し

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 わけなく無性に腹がたった――その瞬間
まるで時が止まったかのように、世界から音が消えた。身体が固まり、動けなくなる。

静寂の中、雷鳴のような声が響く。

『セレナ……最後に問う。この娘を――どうする?』

それは、断罪の精霊の声。

答えに躊躇していると、セレナの意識はふっと引き込まれるように、深い底へと落ちていった。

――そこは、光が揺れる春の野原。
幼い頃の自分とリリスが、手をつないで走っている。

「お姉様、見て! たんぽぽがたくさん!」
「本当ね、リリス! 花冠作ろうか?」
「うんっ!」

笑い合い、寄り添い、疑うことなく信じ合っていた日々。

(そう……私は、ずっと……あの子が世界でいちばん大切だった。リリスだけが、私を見ていてくれた)

彼女の記憶が映し出すのは、笑顔。差し伸べられた手。孤独の中で得た、たった一つの温もり。

憎しみにすり替わっていたその奥底に、たしかにあった「愛しさ」がよみがえる。

「……私は……ただ憎んでいただけじゃ……なかった」

意識が現実に戻るにつれて、身体を縛っていた力がゆるやかに解けていく。
その解放とともに、魔法を纏った手が微かに震えた。
感情の波が、残った魔力を通して形を成す。

今にも泣き出しそうな顔で、セレナは力を抜いた。

『ならば、断罪は保留とする』


再び雷鳴のような声が響き、現実の世界へと引き戻される。 身体の拘束が解け、セレナはその場に膝をついた。

(……なんて面倒な……封印を解いたのは間違いだったかしら。でも、祖国の時には何も起きなかった……あれは、正しいと認められたのかしら?)

天を仰ぐその目は、いつもの冷静さを取り戻していた。

目の前には、涙に濡れてうつむくリリス。

セレナは目を閉じて呟いた。

「……そう……リリスは、知らなかったのよね……だから仕方がなかった……」

だが、それに応えるように、再び断罪の精霊の声が響いた。

『知らなかったから罪ではない――そう言いたいか』

セレナは目を開けビクリと肩を揺らし空間を見つめた。

『だが、知ろうとしなかった。見ようとしなかった。耳障りの良い言葉に身を委ね、お前の不遇に背を向けた』

『それは、異なる世界の歴史でもかつてあったこと。少女のまま王妃となり、革命の火種を見ようとしなかった者がいた』

断罪の精霊の記憶が、セレナの脳裏に流れ込む。

『知らなかった、では済まされない。知らぬまま傷つけ、知らぬまま踏みにじる――それもまた、断罪されるべき罪だ』

「……リリスも……それに、当てはまるのね……」

『今はお前だけの問題だが、それが弱き民に変わることもあり得るのだ』

セレナは手を握りしめた。彼女の心には、凍てつく力が未だに満ちていた。

息を吐き、言葉を選んで、口を開く。

「リリス……もしあなたに罪があるのなら、それは、何も疑問に思わない、その天真爛漫なところ」

「祖国にいた頃から、あなただけに惜しみなく注がれる愛情に、何の疑問も持たなかった」

「私が苦しんだ年月は、決して軽くない」

「この国でも同じ。私に死を望まれたあの数日間、あなたは何も知らずに過ごしていた」

リリスが小さく身を震わせる。

「でも……恨みをぶつければそれで済むほど、単純な話でもない」

セレナは小さくため息をついた。

「あなた自身が、考えなければならないことよ。あなたは今、皇后陛下なのよ」

「報告がすべて真実とは限らない。側近くに寄る者たちが正しき者たちとは限らないのよ。天真爛漫のままではいけない」

「自らの目で確かめ、人を見極めるべきよ」

「……はい……」

かすれた返事。リリスの声には、悔恨とわずかな救いがにじんでいた。

セレナはその瞳から視線を外し――玉座のある方角を見つめる。

(私を閉じ込め、殺そうとした本当の元凶――皇帝。あの人だけは……)

胸の奥に、冷たい決意が灯る。

だが今はまだ、その力を解放する時ではない。セレナは静かに、立ち上がった。

(リリスを許したわけではない。ただ……罰するべきは、あの人)

廊下の空気が徐々に変わる。寒気と重圧――城の中枢へ近づいている証。

そのとき、再び精霊の声がささやいた。

『お前の心に迷いが生まれた。怒りを捨てたわけでは…ないな。それでも……』

「……ええ。でも私は、私の手で真実を見極めるわ。
憎しみで覆い隠されたものの奥を」

強い決心とともに歩みを早めて更に奥へ進んでいった。



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