愛されない王女は世界を壊す

夢花音

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2章凍てつく断罪----慈悲の導き

9話 精霊の封印とセレナの覚悟

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セレナは、眠るとなぜか同じ夢を見続けていた。

霧の立ち込める谷――白銀の木々、凍てついた石の祠、そしてその中央に佇む、刻まれた名のない古い碑。
耳元には、囁くような声が繰り返される。

「原初の名は、原初の地にてのみ還る――」

その言葉だけが、幾度の夢の中で鮮明に、そして強く残っていた。

彼女は思い出す。断罪の精霊と契約したのは、寂れた学園の奥、封印の間。
慈悲の精霊と契約したのは、人の訪れない静かな教会。
だがどちらも、本当の“起源”ではなかった。

精霊たちは、もっと前に、この世界に初めて姿を現した“地”がある。
彼らの記憶の奥底に眠る、始まりの場所――それが、霧の谷だったのだ。

融合の儀のあと、セレナの中に残された精霊たちの力は、静かに、しかし確実に揺れ動いていた。
夢で見た風景、光、囁き――それらが彼女を導いたのではない。
精霊たちの記憶が、彼女の中で目を覚ましたのだ。

そしてセレナは悟った。
封印は契約の場では成し得ない。
彼らの“根”がある場所でなければ、本当の意味で還すことはできない。

それが、「霧の谷」――精霊たちが初めてこの世界に現れた、原初の地。

彼女は決意した。今度こそ、両精霊を正しく、均衡を保ったまま、還すと。
もう片方だけを扱えば、破壊か暴走を生む。
彼らは対なのだ。だからこそ、同時に、等しく――。

だが、その決意に応じるように、セレナの中の力がざわめく。

断罪の精霊の声が荒々しく唸る。
「この力を封じる? 貴様が何を得てきたか、忘れたか!」

慈悲の精霊は、優しげな囁きで彼女に問いかける。
「あなたは本当に、私を手放せるの……? あの子を救ったのは、私よ……」

セレナは歯を食いしばった。彼らは帰りたいと思っているわけではない。
むしろ、封印されることを拒み、セレナの心と身体を通して、現世にとどまろうとしていた。

霧の谷へと向かう旅路の中で、断罪の精霊はその力で現実を歪め、セレナの行く先を妨げた。
慈悲の精霊は、彼女の優しさに語りかけ、選択を迷わせた。

だがセレナは、もう迷わない。
過去の自分の過ち――断罪の精霊だけを解放したその行為――を、深く悔いていたから。
今度こそ、彼らの均衡を保ち、正しい形で封印する。
たとえ、どれだけ心を揺さぶられても。どれだけ苦しみを突きつけられても。

――この力に頼るだけでは、世界は壊れてしまう。

だからこそ、セレナは霧の谷へと、歩みを進めるのだった。

山を越え、雪に沈む古道を歩き、セレナは霧の谷を目指していた。
白く霞む世界の中で、彼女の呼吸だけが微かに音を立てる。寒さが肌を刺しても、彼女は一歩一歩、確かに進んでいた。

その足元に、突如、黒い影が広がる。

――断罪の精霊だった。
セレナの意識にすら許可を求めず、彼の力が外に溢れ出していた。
空が裂け、虚空から雷が降る。大地が揺れ、枯れた木々が火を吹いた。

「行くな。そこへ向かえば、我らは消える」
怒りと恐怖が混じる、剥き出しの声がセレナを囲む。

セレナは立ち尽くす。
彼の力は、自分の一部となっていた。契約を通して、幾度となく命を救い、戦いを越えてきた。
それを「もう使わない」と言うことが、どれほど残酷か、彼女自身が一番よく知っていた。

けれど――。

「……それでも、私は行く」

セレナは、小さく囁くように言った。
その声は、かつての彼女では出せなかったもの。
弱さと痛みを受け入れた先に生まれた、静かな決意。

断罪の精霊の咆哮が、世界を割る。
彼は暴れる。地を這う闇がセレナの足を絡めとろうとする。

だがそのとき、ふわりと光が舞った。
優しい風。揺れる小さな羽根。
慈悲の精霊の力だった。

「やめて、そんなに傷つけないで」
慈悲の声は、断罪に向けられたもののようであり、セレナに向けられたものでもあった。

そして彼女は、ゆっくりと語りかけてくる。

「セレナ。あなた、本当に私たちを手放すの? ……もう誰も救えなくなるよ」

その声は甘く、あたたかい。
まるで親しい友が、肩に手を置いて寄り添うようだった。
セレナの心に迷いが差す。
あの子を救ったのは、確かに慈悲の力だった。
癒し、包み、未来を繋いだのは彼女の温もりだった。

だが――。

「その力に縋れば、また誰かが壊れる。私は……そうやって、何かを失い続けた」

セレナは両腕を強く抱くようにして、目を閉じる。
思い出すのは、力で押し切ったときの後悔、誰かの涙、そして自分の心の傷。

「私が進まなきゃ、誰も終わらせられない。……その力が優しくても、過ちのままでは、使えない」

再び歩き出す。
今度は、地を焦がす炎も、冷たい声も、足を止めることはできなかった。

セレナは知っていた。
谷の奥、始まりの地に至れば、すべてが終わる。
しかしそれは、二人の精霊との最後の対話の場でもある。

――封印とは、拒絶ではない。
受け入れ、感謝し、そして別れを告げること。

彼女の足音が、霧の中へと消えていく。
白銀の世界の先に、確かに“始まり”が待っていた。

 


 




 
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