氷の人形と呼ばれた令嬢が、内なる炎の言葉で真実を語る

夢花音

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静寂の令嬢、新たなる風

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春の陽射しがやわらかく庭園を包み、エリスは一人、咲き誇る花々の間を歩いていた。社交界の混乱から数日が経ち、リーデル侯爵家の屋敷は静けさを取り戻していた。しかし、エリスの心には、これまでにないほどの充実感と、かすかな不安が同居していた。

 彼女のもとには、各家の令嬢や貴族からの手紙が山のように届いていた。かつて「冷たい人形」と呼ばれた彼女を、今は多くが「誇り高き淑女」と称え、相談や助言を求める声も多かった。
 エリスは一通一通、丁寧に返事を書いた。自分の静けさが、誰かの勇気や支えになることを初めて知ったのだ。

 ある日、エリスは父から「新たな縁談が舞い込んでいる」と告げられる。
 「今度は、エリスの意思を最優先にする」と父は優しく微笑んだ。

 縁談の相手は、隣国から来た若き公爵、ユリウス・フォン・ヴァイスベルク。
 彼は外交のため一時的に滞在しており、噂を聞きつけてエリスに興味を持ったという。

 初めての対面の日、ユリウスはエリスにこう言った。

 「あなたの静けさは、強さの証だと聞きました。私は、そんなあなたと、ゆっくり言葉を重ねてみたい」

 エリスは驚きながらも、心のどこかで安堵していた。彼の瞳には、打算や虚栄ではなく、純粋な敬意が宿っていたのだ。

 ユリウスとの時間は、エリスにとって新鮮だった。彼はエリスの言葉を急かさず、沈黙さえも大切にしてくれる。
 庭園での散歩、書斎での読書、時には音楽を静かに聴く――二人は少しずつ、互いの距離を縮めていった。

 ある日、ユリウスはエリスに尋ねた。

 「あなたは、これから何を望みますか?」

 エリスはしばらく考え、静かに答えた。

 「私は、私のままで生きたい。誰かの期待や噂に振り回されるのではなく、自分の誇りを守りながら、誰かと心を通わせてみたい」

 ユリウスは微笑み、そっとエリスの手を取った。

 「では、私もあなたの静けさを守る盾となりましょう。あなたが望む限り、隣にいます」

 やがて、エリスとユリウスの婚約は正式に発表された。
 社交界は再び騒然となったが、今度は祝福と期待の声が満ちていた。

 エリスは、かつてのように周囲の声に惑わされることはなかった。
 静けさの中にこそ、自分らしさと誇りがある――そう胸を張って歩けるようになったのだ。

 新たな人生の扉を開くエリスの瞳は、これまでで一番、柔らかく澄んでいた。

エリスの静けさは、弱さではなく強さ。
彼女の新たな物語は、これからも静かに、しかし確かに続いていく――。

END

これで本編は完結です。後日談として2話続きます。
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