息子を訪ねて何万光年?

夢花音

文字の大きさ
7 / 9
1章

6話

しおりを挟む
「異世界への転送準備、最終確認完了。」

静かな電子音が室内に響く。
壁一面を覆うホログラムモニターに、無数の数値と魔術式が並んでいた。
ナミの手が淡々と操作パネルを滑る。美月はその背中を見つめながら、胸の奥にひとつの決意を押し込めた。

「本当に、ひとりで行くのね」
ナミが振り返る。その声に微かな震えが混じっていた。魔法陣の解析に間違いは無い。それでも美月を一人で送り出すのは不安があった。これから飛ぶ異世界はどんな世界かわからない。危険が伴うことは確かなのだ。
ナミは苦しげに眉を寄せて
「私しか転送装置を制御できない。不測の事態に備えるため、私はここに残るしかないの。……必ず帰ってきて」

美月は頷いた。
床の上には、すでに準備が整っている。
タイムマシーンバイク。異空間収納ユニットに格納されたシステムボックス。
その中には、武器・医療・生活すべての装備が収められていた。そして、魔法陣の幾何パターンを読み取り、書き換えるための科学式転写ユニット。これは渉たち3人を連れて元の地球に転移する為にナミが開発して物だ。異世界の魔法陣を書き換える事が出来る。
対ドラゴン級電圧を誇るレーザー銃とスタンガン。緊急治療用の医療カプセル。十年分の携帯食料と、発電・水分生成機能を備えた小型ログハウス。どんな世界であっても、生き延びるための最低限の装備は揃っている。

「タイムマシーンバイク、起動――」
美月が呟くと、金属のフレームが淡く光り、低い振動音が空気を震わせた。
異世界への座標は、解析された召喚魔法陣の“補完結果”によって割り出されている。
あの欠けた紋様が導いた行き先。渉が消えた“その瞬間”と“その世界”。

ナミがそっと指を伸ばし、美月の耳たぶに銀色のピアスをつけた。
この時代のピアスは、穴を開ける必要がない便利なタイプだ。
「これは生命感知よ。美月なら大丈夫だろうけど、未知の世界だから命の危険もあるかもしれない。このピアスは、美月が生命の危機に陥ったとき、強制的にこの世界へ転送を戻すことができるの。だけど美月だけなのよ。並の人間の身体だと耐えられないから。美月でもギリギリ……」
「そんな貴重なものを‥でもわたし一人では……」
「それでも、生きていれば、最悪次の機会もあるわ。だから!ひとりで行かせてごめんなさいね」

ナミが申し訳なさそうに微笑み、起動スイッチに触れる。
空間がわずかに歪み、天井の照明が白く滲んだ。
「転送ゲート展開、カウント開始――」

光が強くなり、風が逆巻く。
美月は最後にナミを見た。
「必ず、渉たちを連れて戻ってくるわ」

次の瞬間、閃光が全てを包み込む。
空気が弾け、視界が白く反転した。
タイムマシーンバイクは、音もなく時空の彼方へと消えた。

残されたナミは静かに息を吐き、モニターの光に照らされながら呟く。
「……お願い。時間も、空間も、彼女を拒まないで」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【完結】異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~

かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。 望んで召喚などしたわけでもない。 ただ、落ちただけ。 異世界から落ちて来た落ち人。 それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。 望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。 だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど…… 中に男が混じっている!? 帰りたいと、それだけを望む者も居る。 護衛騎士という名の監視もつけられて……  でも、私はもう大切な人は作らない。  どうせ、無くしてしまうのだから。 異世界に落ちた五人。 五人が五人共、色々な思わくもあり…… だけれど、私はただ流れに流され…… ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...