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五学年に上がれば奉仕委員に志願できる年になるという情報を、ゲオルグはいち早く掴んでいた。
寮生たちを密かに観察し、筆頭監督生や王都での馬術大会で優勝した者、学生の身分でありながら素晴らしい論文を発表して女性ながら高等大学院へと進むことが決まっている最上級生が特定の生徒と密かに夜落ち合っていることを見抜き、彼らに呼ばれている生徒を通して『特別奉仕委員会』が寮監のフロックの管理下に置かれていることを突き止めた。すべては生き馬の目を抜く貿易業者としてしのぎを削ってきた父や祖父の生き方を間近で見て学んできた成果だ。そして自らフロックに直談判した。
アリスティドは普段から気難しくてプライドが高く、その分他人以上に自分にも厳しい。そんな彼が年頃の生徒たちが好んでする噂話や猥談に加わるわけもなく、年齢の割に性的なことには不慣れなことは明らかだった。そんな彼に奉仕委員として下手な相手がつけば逆に悪影響を及ぼし、ひいてはグランディール学院の不利益にも繋がりかねない。
そうフロックを説得するのは思っていた以上に簡単だった。
五学年の頃から監督生に任じられ、最上級生となると同時にアードラー寮の筆頭監督生となったアリスティドは、その美貌や見事な体躯、優秀な頭脳で学院中彼を知らぬ者はなく、常に生徒たちの注目を浴びている。奉仕委員の間では特に、だ。
ゲオルグよりもずっと純粋な気持ちで『学院の未来を担う優秀な彼らのために』と委員会に志願した者もいる。だがゲオルグが以前会話を盗み聞いた女生徒のように下心を持つ者も当然いた。
人並外れて容貌がよく、卒業後は恐らく王都の大学へと進みその後は執政官として王のお膝元に仕えるのではないかと噂されているアリスティドが多くの奉仕委員に注目されるのは当たり前のことだ。だからゲオルグは五学年になり奉仕委員に加わった時、すぐに寮監のフロックにはっきりと言った。
――――俺は筆頭監督生・アリスティド=ルノーのために奉仕委員になりました。
フロックはしばし考えて、そして言った。
――――奉仕委員の訓練は簡単なものではないし、守らなければならないルールはもっと厳しい。それにもし彼以外の生徒から指名されれば断ることはできない。それでも君は奉仕委員になると言うのかい?
もちろんゲオルグは「はい」と答えた。そうしてゲオルグはアードラー寮の特別奉仕委員五人の内の一人となった。
寡黙で己のことを語らず、特定の生徒とつるむこともない一匹狼のようなゲオルグがなぜ奉仕委員になったのか、その理由を知る者は二人だけ。フロックとゲオルグ本人のみだ。
それ以来ゲオルグは相手が男子でも女子でもきちんと役目を果たせるような技術を身に着け、その時を待った。
そして初めてアリスティドからフロックの元に奉仕を要請するメモが届いた時に、フロックは真っ先にゲオルグへと連絡してくれた。
――――アリスティド=ルノーから奉仕委員の要請が来た。行くか?
その時、ゲオルグはこの勝負に9割方は勝った、と思った。だがどんな試合でも100パーセント確実ということはない。予測不能なミスやアクシデントが飛び出すとも限らない。
だから初めてゲオルグがアリスティドの元へと訪れた夜、ゲオルグは持てるすべての技術と戦略と、そしてその奥底にこっそりと秘めた心を忍ばせてアリスティドに仕えた。
案の定、人の噂や酒や賭け事などの悪癖にもまったく興味を持たずに勉学に勤しんでいた優等生のアリスティドが初めて他人の手から得た快楽に溺れるのは早かった。その証拠にあれだけ嫌だといい、ゲオルグを憎らしいと言わんばかりの目で睨みつけておきながらも、アリスティドは奉仕委員を呼ぶことを止めなかった。
だから彼が連日オリエンテーリングの準備に明け暮れ、午後いっぱい下級生の訓練や方位機の扱いなどを指導するためにずっと外にいて疲れているはずなのに、我慢できないと言わんばかりに奉仕委員を呼び出す走り書きのメモを寮監の管理する目安箱に入れたと聞いても少しも不思議に思わなかった。
「アリスティド=ルノーからまた派遣の依頼が来た。今すぐ、と書いてあるが行くか?」
オリエンテーリングが行われる山道に安全のために張った綱やチェックポイントに打つ杭の残りを担いで山から戻った時、そう寮監のフロックから言われたゲオルグは、思わず浮かびそうになる笑みを慎重に隠してそのメモを受け取った。
『アードラー寮 三階9号室』
『今すぐ』
よほど急いで書いたのか、彼にしては珍しく筆跡が乱れていて必死さが伝わって来る。それがとても可愛らしいと思った。
「行きます。ありがとうございます」
ゲオルグはフロックにそう答えるとすぐに自室に戻り、沐浴をする。なにせアリスティドは『できるだけ早く』とご所望なのだ。
「あ、ゲオルグ先輩!」
部屋の一角にある洗面所を出ると丁度ドアが開いて同室の後輩であるトムが賑やかな声とともに入ってきた。
「今日は山道の整備に行かれてたんですよね? お疲れ様です!」
「ああ」
そう答えて新しいシャツを着ていると、トムが尋ねてくる。
「先輩、もう食堂に行かれますか!? 俺もすぐ支度するんで……」
「今日はいい」
「え!? 食べないんですか!? 食べないと後でお腹空きます……あ、もしかしてまだオリエンテーリングのことで何か重要な仕事が残っているとか!? お手伝いしましょうか!」
強面で決して人好きのしないであろうゲオルグ相手でも、このトムという少年はまるで物怖じせず大層元気よく手助けを申し出てくる。そんな彼の肩を一つ叩いて首を横に振ると、ゲオルグは沐浴用のタオルにいくつかの品を隠して部屋を出た。そして素早く辺りを見回し人目につかないように9号室へ向かって歩き出した。
寮生たちを密かに観察し、筆頭監督生や王都での馬術大会で優勝した者、学生の身分でありながら素晴らしい論文を発表して女性ながら高等大学院へと進むことが決まっている最上級生が特定の生徒と密かに夜落ち合っていることを見抜き、彼らに呼ばれている生徒を通して『特別奉仕委員会』が寮監のフロックの管理下に置かれていることを突き止めた。すべては生き馬の目を抜く貿易業者としてしのぎを削ってきた父や祖父の生き方を間近で見て学んできた成果だ。そして自らフロックに直談判した。
アリスティドは普段から気難しくてプライドが高く、その分他人以上に自分にも厳しい。そんな彼が年頃の生徒たちが好んでする噂話や猥談に加わるわけもなく、年齢の割に性的なことには不慣れなことは明らかだった。そんな彼に奉仕委員として下手な相手がつけば逆に悪影響を及ぼし、ひいてはグランディール学院の不利益にも繋がりかねない。
そうフロックを説得するのは思っていた以上に簡単だった。
五学年の頃から監督生に任じられ、最上級生となると同時にアードラー寮の筆頭監督生となったアリスティドは、その美貌や見事な体躯、優秀な頭脳で学院中彼を知らぬ者はなく、常に生徒たちの注目を浴びている。奉仕委員の間では特に、だ。
ゲオルグよりもずっと純粋な気持ちで『学院の未来を担う優秀な彼らのために』と委員会に志願した者もいる。だがゲオルグが以前会話を盗み聞いた女生徒のように下心を持つ者も当然いた。
人並外れて容貌がよく、卒業後は恐らく王都の大学へと進みその後は執政官として王のお膝元に仕えるのではないかと噂されているアリスティドが多くの奉仕委員に注目されるのは当たり前のことだ。だからゲオルグは五学年になり奉仕委員に加わった時、すぐに寮監のフロックにはっきりと言った。
――――俺は筆頭監督生・アリスティド=ルノーのために奉仕委員になりました。
フロックはしばし考えて、そして言った。
――――奉仕委員の訓練は簡単なものではないし、守らなければならないルールはもっと厳しい。それにもし彼以外の生徒から指名されれば断ることはできない。それでも君は奉仕委員になると言うのかい?
もちろんゲオルグは「はい」と答えた。そうしてゲオルグはアードラー寮の特別奉仕委員五人の内の一人となった。
寡黙で己のことを語らず、特定の生徒とつるむこともない一匹狼のようなゲオルグがなぜ奉仕委員になったのか、その理由を知る者は二人だけ。フロックとゲオルグ本人のみだ。
それ以来ゲオルグは相手が男子でも女子でもきちんと役目を果たせるような技術を身に着け、その時を待った。
そして初めてアリスティドからフロックの元に奉仕を要請するメモが届いた時に、フロックは真っ先にゲオルグへと連絡してくれた。
――――アリスティド=ルノーから奉仕委員の要請が来た。行くか?
その時、ゲオルグはこの勝負に9割方は勝った、と思った。だがどんな試合でも100パーセント確実ということはない。予測不能なミスやアクシデントが飛び出すとも限らない。
だから初めてゲオルグがアリスティドの元へと訪れた夜、ゲオルグは持てるすべての技術と戦略と、そしてその奥底にこっそりと秘めた心を忍ばせてアリスティドに仕えた。
案の定、人の噂や酒や賭け事などの悪癖にもまったく興味を持たずに勉学に勤しんでいた優等生のアリスティドが初めて他人の手から得た快楽に溺れるのは早かった。その証拠にあれだけ嫌だといい、ゲオルグを憎らしいと言わんばかりの目で睨みつけておきながらも、アリスティドは奉仕委員を呼ぶことを止めなかった。
だから彼が連日オリエンテーリングの準備に明け暮れ、午後いっぱい下級生の訓練や方位機の扱いなどを指導するためにずっと外にいて疲れているはずなのに、我慢できないと言わんばかりに奉仕委員を呼び出す走り書きのメモを寮監の管理する目安箱に入れたと聞いても少しも不思議に思わなかった。
「アリスティド=ルノーからまた派遣の依頼が来た。今すぐ、と書いてあるが行くか?」
オリエンテーリングが行われる山道に安全のために張った綱やチェックポイントに打つ杭の残りを担いで山から戻った時、そう寮監のフロックから言われたゲオルグは、思わず浮かびそうになる笑みを慎重に隠してそのメモを受け取った。
『アードラー寮 三階9号室』
『今すぐ』
よほど急いで書いたのか、彼にしては珍しく筆跡が乱れていて必死さが伝わって来る。それがとても可愛らしいと思った。
「行きます。ありがとうございます」
ゲオルグはフロックにそう答えるとすぐに自室に戻り、沐浴をする。なにせアリスティドは『できるだけ早く』とご所望なのだ。
「あ、ゲオルグ先輩!」
部屋の一角にある洗面所を出ると丁度ドアが開いて同室の後輩であるトムが賑やかな声とともに入ってきた。
「今日は山道の整備に行かれてたんですよね? お疲れ様です!」
「ああ」
そう答えて新しいシャツを着ていると、トムが尋ねてくる。
「先輩、もう食堂に行かれますか!? 俺もすぐ支度するんで……」
「今日はいい」
「え!? 食べないんですか!? 食べないと後でお腹空きます……あ、もしかしてまだオリエンテーリングのことで何か重要な仕事が残っているとか!? お手伝いしましょうか!」
強面で決して人好きのしないであろうゲオルグ相手でも、このトムという少年はまるで物怖じせず大層元気よく手助けを申し出てくる。そんな彼の肩を一つ叩いて首を横に振ると、ゲオルグは沐浴用のタオルにいくつかの品を隠して部屋を出た。そして素早く辺りを見回し人目につかないように9号室へ向かって歩き出した。
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