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森の中の村へ
リツたちが魔獣を倒した後、近隣の村の者だという男が何人か駆けつけてきた。
彼らの話では、先ほど倒した魔獣は数か月前からあの森の西の端に住みついていて、王都から東の商業都市エルベへ向かう隊商がすでにいくつも襲われていたらしい。この辺りの村や街でもあの魔獣のせいで森を抜けることができず、人の行き来が滞るだけでなく食料や物資が入って来ずに困っていたのだという。
その魔獣を倒したお礼に、と、その晩は彼らの村に招かれて暖を取る火と酒とをご馳走になることになった。
商隊の馬には厩と水と飼い葉も用意してくれるらしい。護衛たちや商隊の男たちが手厚い歓迎を期待して村の中心である広場へ向かおうとする中、リツは商隊の馬を重い荷車の頸木から外してやろうと駆けだした。
まだ若く、傭兵のグラトたちや魔導士のヴェニスのように魔獣と直接戦うことのできないリツは護衛仲間の仲でも一番立場が弱い。それに元はただの高校生だったリツにはこちらの知識も常識も足りない。生き延びるだけで精一杯、毎日が綱渡りのような今の生活で、あれこれ難癖つけられぬように率先して雑用をこなすのがリツなりの処世術だった。だが魔獣に襲われて気が立っているのか、馬は突然いななきを上げてリツに噛みつこうとした。
「うわっ」
慌てて身を引こうとした時、後ろから伸びてきた太い腕が馬首をぐい、と掴んで押しのける。すると馬は慌てて服従するように項垂れてリツから距離を取った。
リツが振り向くと半獣の大男はすでに背を向けて別の荷車の方へと歩いていくところだった。
自らを盾として魔獣の一撃を防ぐ彼には身体のあちこちに傷があって、いつも血の匂いがする。
彼の主人である商人や彼の尻馬に乗った男たちにどれほどひどい言葉を浴びせられ邪険に扱われてもひと言も文句を言わず、リツと言葉を交わしたことも一度もない。けれど彼は時々、いや何度もこうしてリツを守ってくれていた。
彼にとってはそれもただの仕事の一部で、特別なことではないのだろう。それでもリツはちゃんと礼が言いたかった。けれど男はあまりにも無口で取り付く島もなく、いつも声を掛けそびれてしまう。今も人を寄せ付けぬ空気に押されて自分から追いかける勇気もなく、ただ口を噤んでその大きな背中を見送ることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
その夜の空気はひどく生暖かかった。
村の中央の広場に大きなかがり火を焚いて、村人たちとあの太鼓腹の商人が率いる隊商の男たち、そしてリツとともに彼らを護衛をしている傭兵たちが酒を飲んで浮かれている。
リツは彼らとともに騒ぐ気になれず、かといって一人でテントに戻ると言い出す勇気もなくてただ隅に隠れるように座って炙った肉をちびちびと齧っていた。
燃え盛るかがり火を囲む人たちを、リツはぼんやりと見つめる。
この世界に落とされて三年が経った。今日もなんとか生き延びることができた、とどこかにいるかもしれない神に感謝する。
元々、リツはごく普通の男子高校生だった。ある日学校の帰りに突然歩道にトラックが突っ込んできて、リツは多分その時に死んだ。
けれど次に意識が戻った時、リツは剣と魔法と魔獣と死が常にすぐ身近にあるようなこの世界にいたのだ。
もしもこれがマンガや小説ならファンタジーの世界に異世界転生した主人公の心躍る大冒険が始まったことだろう。だが現実の話ともなれば別だ。
この世界には頼れる家族も知り合いもおらず、リツは自分一人で生き抜いていかなければならなかった。
なぜかはわからないが、この世界でリツに魔法の力が備わっていたことは本当に不幸中の幸いだった。
攻撃魔法が得意な魔導士や回復魔法を操る僧侶ほどの力はないが、仲間たちの防御力や攻撃力、反射力などを上げたり敵の能力値を下げたりする補助魔法に秀でているようで、リツは最初に目覚めた森で偶然出会った守人にそれを教わった。
それから何度も死にそうな目に会いながらもなんとかたどり着いたケテルの街のギルドで支援魔法士の肩書を得てこの商隊に雇われた。それでようやくリツも日々食いつないでいけるだけの金と、自分の居場所と言えなくもない場所を手に入れたのだ。
この商隊はゴダルという名の商人のものだ。なんでも王都で結構手広く商売をしているらしい。
ここ十年ばかりの間にますます魔獣が増えてあちこちの街道が封鎖されているようで、そんな中、王都から東の商業都市エルベやさらに遠くの街へと無傷で商品を運ぶための護衛としてリツは雇われている。
ギルド経由で護衛として雇われているのはリツを含めて六人、剣を使う屈強な傭兵たちが三人と魔導士のヴェニス、僧侶のアーニャ、そして支援魔法士のリツだった。本当はもう一人、イヴァンという名の男もいたのだが、半年ほど前に夜の哨戒に当たっている時に魔獣に襲われ、翌朝無残な姿で見つかった。
その男はたびたびリツをストレスのはけ口のようにして、つまらない嫌がらせをしたり無茶な要求をしてきたりでリツも困っていたから、彼の死体を見つけた時はショックだったが惜しくはなかった。その辺り、もしかしたらリツも人の死が日常茶飯事のこの世界に馴染んできてしまった証拠なのかもしれない。
この商隊を護る者たちの中で、盾役の彼だけは金で雇われた者ではなかった。いつも深々と被った兜で顔を隠し、これまでリツが見たことがないほど大きく逞しい身体を持つ彼は羆の血をひく半獣で、商人ゴダルが所有している奴隷なのだそうだ。
獣人という種族は受け継ぐ血の濃さによって外見は実に様々らしい。
確かに彼の身体の大きさや力の強さはまるで獣そのもののように常人離れしていたけれど、兜の下から覗く鋭い目は確かに知性を感じさせたし、常に引き結ばれたままの口はとてつもない忍耐に満ちていた。
なのにゴダルはいつもひどく乱暴で冷酷で、まるで考える脳などない家畜のように彼を扱った。彼の名前も呼ばずに頭ごなしに無茶な命令ばかりしていて、それがリツはひどく嫌だった。
彼らの話では、先ほど倒した魔獣は数か月前からあの森の西の端に住みついていて、王都から東の商業都市エルベへ向かう隊商がすでにいくつも襲われていたらしい。この辺りの村や街でもあの魔獣のせいで森を抜けることができず、人の行き来が滞るだけでなく食料や物資が入って来ずに困っていたのだという。
その魔獣を倒したお礼に、と、その晩は彼らの村に招かれて暖を取る火と酒とをご馳走になることになった。
商隊の馬には厩と水と飼い葉も用意してくれるらしい。護衛たちや商隊の男たちが手厚い歓迎を期待して村の中心である広場へ向かおうとする中、リツは商隊の馬を重い荷車の頸木から外してやろうと駆けだした。
まだ若く、傭兵のグラトたちや魔導士のヴェニスのように魔獣と直接戦うことのできないリツは護衛仲間の仲でも一番立場が弱い。それに元はただの高校生だったリツにはこちらの知識も常識も足りない。生き延びるだけで精一杯、毎日が綱渡りのような今の生活で、あれこれ難癖つけられぬように率先して雑用をこなすのがリツなりの処世術だった。だが魔獣に襲われて気が立っているのか、馬は突然いななきを上げてリツに噛みつこうとした。
「うわっ」
慌てて身を引こうとした時、後ろから伸びてきた太い腕が馬首をぐい、と掴んで押しのける。すると馬は慌てて服従するように項垂れてリツから距離を取った。
リツが振り向くと半獣の大男はすでに背を向けて別の荷車の方へと歩いていくところだった。
自らを盾として魔獣の一撃を防ぐ彼には身体のあちこちに傷があって、いつも血の匂いがする。
彼の主人である商人や彼の尻馬に乗った男たちにどれほどひどい言葉を浴びせられ邪険に扱われてもひと言も文句を言わず、リツと言葉を交わしたことも一度もない。けれど彼は時々、いや何度もこうしてリツを守ってくれていた。
彼にとってはそれもただの仕事の一部で、特別なことではないのだろう。それでもリツはちゃんと礼が言いたかった。けれど男はあまりにも無口で取り付く島もなく、いつも声を掛けそびれてしまう。今も人を寄せ付けぬ空気に押されて自分から追いかける勇気もなく、ただ口を噤んでその大きな背中を見送ることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
その夜の空気はひどく生暖かかった。
村の中央の広場に大きなかがり火を焚いて、村人たちとあの太鼓腹の商人が率いる隊商の男たち、そしてリツとともに彼らを護衛をしている傭兵たちが酒を飲んで浮かれている。
リツは彼らとともに騒ぐ気になれず、かといって一人でテントに戻ると言い出す勇気もなくてただ隅に隠れるように座って炙った肉をちびちびと齧っていた。
燃え盛るかがり火を囲む人たちを、リツはぼんやりと見つめる。
この世界に落とされて三年が経った。今日もなんとか生き延びることができた、とどこかにいるかもしれない神に感謝する。
元々、リツはごく普通の男子高校生だった。ある日学校の帰りに突然歩道にトラックが突っ込んできて、リツは多分その時に死んだ。
けれど次に意識が戻った時、リツは剣と魔法と魔獣と死が常にすぐ身近にあるようなこの世界にいたのだ。
もしもこれがマンガや小説ならファンタジーの世界に異世界転生した主人公の心躍る大冒険が始まったことだろう。だが現実の話ともなれば別だ。
この世界には頼れる家族も知り合いもおらず、リツは自分一人で生き抜いていかなければならなかった。
なぜかはわからないが、この世界でリツに魔法の力が備わっていたことは本当に不幸中の幸いだった。
攻撃魔法が得意な魔導士や回復魔法を操る僧侶ほどの力はないが、仲間たちの防御力や攻撃力、反射力などを上げたり敵の能力値を下げたりする補助魔法に秀でているようで、リツは最初に目覚めた森で偶然出会った守人にそれを教わった。
それから何度も死にそうな目に会いながらもなんとかたどり着いたケテルの街のギルドで支援魔法士の肩書を得てこの商隊に雇われた。それでようやくリツも日々食いつないでいけるだけの金と、自分の居場所と言えなくもない場所を手に入れたのだ。
この商隊はゴダルという名の商人のものだ。なんでも王都で結構手広く商売をしているらしい。
ここ十年ばかりの間にますます魔獣が増えてあちこちの街道が封鎖されているようで、そんな中、王都から東の商業都市エルベやさらに遠くの街へと無傷で商品を運ぶための護衛としてリツは雇われている。
ギルド経由で護衛として雇われているのはリツを含めて六人、剣を使う屈強な傭兵たちが三人と魔導士のヴェニス、僧侶のアーニャ、そして支援魔法士のリツだった。本当はもう一人、イヴァンという名の男もいたのだが、半年ほど前に夜の哨戒に当たっている時に魔獣に襲われ、翌朝無残な姿で見つかった。
その男はたびたびリツをストレスのはけ口のようにして、つまらない嫌がらせをしたり無茶な要求をしてきたりでリツも困っていたから、彼の死体を見つけた時はショックだったが惜しくはなかった。その辺り、もしかしたらリツも人の死が日常茶飯事のこの世界に馴染んできてしまった証拠なのかもしれない。
この商隊を護る者たちの中で、盾役の彼だけは金で雇われた者ではなかった。いつも深々と被った兜で顔を隠し、これまでリツが見たことがないほど大きく逞しい身体を持つ彼は羆の血をひく半獣で、商人ゴダルが所有している奴隷なのだそうだ。
獣人という種族は受け継ぐ血の濃さによって外見は実に様々らしい。
確かに彼の身体の大きさや力の強さはまるで獣そのもののように常人離れしていたけれど、兜の下から覗く鋭い目は確かに知性を感じさせたし、常に引き結ばれたままの口はとてつもない忍耐に満ちていた。
なのにゴダルはいつもひどく乱暴で冷酷で、まるで考える脳などない家畜のように彼を扱った。彼の名前も呼ばずに頭ごなしに無茶な命令ばかりしていて、それがリツはひどく嫌だった。
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