竜蛇のつがいと運命論

伊藤クロエ

文字の大きさ
11 / 44
Ⅰ ”最も優秀なオメガ”カイルのお見合い話

一日の終わりと翌朝

しおりを挟む


 薄暗い家の中に入ってまず最初に思ったのは『何もかもが大きい』ということだった。
 まず天井が高い。石を積み上げて作ったいかにも頑丈そうな壁を見て、そこに取り付けられている棚の高さに首を痛めそうになる。
 外の扉を入って最初にあるのは台所兼居間のような場所だった。隅に竈があり、中央に古びた木のテーブルと椅子が一脚だけ置いてある。全体的に物が少なく殺風景なほどだ。
 試しに竈を覗いてみたが、カイルが見た事がないほど旧式で原始的な造りだ。おまけに使われた形跡がなく、周りを見ても調理器具や食器もほとんどない。

(一体誰の家なんだろう。ヴィハーンはなぜ僕をここに?)

 締め切られた窓の木戸を開けてまわるとようやく部屋に明かりが差し込んだ。するとどこもかしこもうっすらと埃を被っていることに気づく。

「誰も住んでない空き家だったんだろうか」

 いくつか扉があって、カイルは順番に開けて中を覗いてみた。一つは物置のようでさまざまなガラクタや家具が押し込められている。もう一つは家の裏手に出る扉で、最後の一つは鍵が掛かっていて開かなかった。部屋はそれで全部のようだ。

「うーん、これは一度掃除をする必要があるな。それに足りない物が多すぎる」

 裏手の扉から外に出てみるとすぐそこが崖になっていて、見晴らしのよさに思わず目を見開いた。

(これはなかなかの眺めだ)

 いつの間にか時間が経っていたようで、中天にあった太陽はかなり傾き、だんだん空が暗くなり始めている。遠く右手の方に見える港は働く男たちの数が減り、替わりに港から続く町の方に一つ二つと明かりが灯り始めていた。

「……綺麗だな」

 ステイツを出発してから何十日も経っているのに、今頃になって不意に「自分は今、住み慣れた町から恐ろしく遠く離れたところに来ているのだ」と実感する。

(ずっと、これを望んでいた)

 安全で守られた生まれ故郷の町。清潔で上品で安全で、全員が互いの顔を知っているが深い付き合いはしない。
 誰も彼もがカイルを知っているあの町から離れて、一度でいいから好きに生活してみたかった。
 ふとひんやりとした風が頬をなぶる。日中はかなり蒸し暑いが、日が傾くと急に気温が下がる土地柄のようだ。そんなところも好ましい、と思う。

「おっと」

 景色に見惚れて危うく崖を踏み外しそうになり、慌てて飛びのく。カイルはもう一度町を見下ろしてから家に戻った。誰もいない家の中を見渡すと、なんだか急に疲れが襲ってくる。

「今日はいろいろあったからな」

 まさに怒涛の一日だった。
 カイルはあくびをしながらフロックコートを脱ぎ、台所のテーブルに放り投げる。それを見て眉をひそめる母親も、そっとコートを片付けてくれる使用人もここにはいない。それがなんだか妙に愉快だった。
 カイルは鍵がかかっていない物置部屋へと向かう。ガラクタを乗り越え掛けられている布をどかすとその下から壊れかけた長椅子が現れた。

「ここでいいか」

 カイルは一度戻ってコートを取って来ると、それを長椅子の上に広げる。そしてネクタイを緩めるとごろんと横になってあっという間に眠ってしまった。



     ◇   ◇   ◇



 翌朝、コツコツと何かを叩くような音がして目が覚めた。のっそりと起き出して目をこする。一瞬自分がどこにいるのかわからなかったが、肩の痛みとギシギシに強張った身体のせいで我に返った。

「そうだ、僕はインデシアに……」

 と呟きかけて口を閉じる。

「そうだ、確か本当の名は……」

――――ここはいにしえのイーシュワラの治める土地――――

 昨日聞いた、あの腹の底に響く太い声を思い出した。

「サンカラーラ」

 声に出して言ってみると、その異国の響きに妙に気分が高揚する。人間とは明らかに違う種族の者たちが生きるこの世界には、インデシアという名よりもその名の方がずっとしっくりくる、と感じた。
 その時、ふたたびコツコツと小さな音がした。どうやら物置部屋の窓に嵌められた木戸から聞こえてくるようだ。起き上がって木戸を開けようとしたが、積み重ねられたガラクタが邪魔をする。おまけに鍵は錆びついているし戸も非常に重い。

「こりゃ無理だ」

 仕方なくカイルは起き上がって伸びをした。途端に腹が音を立てて鳴る。

「昨日は何も食べず仕舞いだったものな」

 乱れた髪を掻き上げてカイルは首に引っかかっていたネクタイを抜く。皺だらけのスーツを脱ぎシャツの首元を緩めると、埃っぽい家から外へ出た。
 改めて庭を見ると明らかに雑草と思われる草があちこちに蔓延っている。

「果物のなる木が庭に……なんてことは都合よく起こりはしないよな」

 それにしても腹が減った。だがあの埃っぽい家の中に食べ物があるとは思えない。

「そういえばシュレンとダンをほったらかしにしてきてしまったな」

 放置したのはあの政府の役人たちも同じだが、そっちは割とどうでも良かった。

(なんとか居場所を知らせて荷物を運んでもらわないと)

 今回船にはこちらの王族たちに献上するものや貿易品の見本などを積んできているが、何十日にも渡る航海に備えてカイルの個人的な持ち物もいくらか持参していた。その中には着替えや日用品も入っている。それがあればこの家での生活もだいぶんマシになるだろう。

「一度港まで降りて船に戻るか……」

 と考えていた時だった。突然ガサガサッと物音がして、叫び声とともに何かが飛び出してきた。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...