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Ⅰ ”最も優秀なオメガ”カイルのお見合い話
初めての外出
(彼のあの微妙な反応はいったいなんだったんだろう?)
カイルはパドマの命令で皿を拭きながら、おとといヴィハーンに朝の挨拶をした時のことを考えていた。
(我ながら上手く発音できたと思ったんだが)
『ちょいと旦那! さっさと手を動かさんと! ちんたら拭いてたらお天道様が目を回しておっちん死まうよ!』
すかさず横からパドマの声が飛んでくる。すると庭で薪を割っていたダラーが入って来て笑った。
『ラーシュカの旦那もあんだー頑張っていなさるじゃあねぇか。そんも、お前さんみてぁになんでも上手なもんはそうはおらんおらん』
『もう……お前さんったら……』
今日も二人は仲がいいなぁ、とカイルは皿を拭きながら思う。おしゃべり好きで仲が良く面倒見のいいトカゲ夫婦のおかげでカイルは聞き取りだけならほぼ完璧にできるようになっていた。
(この間だってヴィハーンの話す内容はほとんど理解できたものな)
そういえばヴィハーンの方も、カイルがうっかり母国語で話した言葉を理解していたように思う。あれには驚かされた。
(ヴィハーンもどこかで僕たちの言葉を勉強した? いや、まさかな)
これまでサンカラーラと合衆国とのやり取りは、ダンと彼の手帳に書かれていた商人のようなごくごく少数の貿易商同士が非公式に行っていただけだと聞いている。それ以外の者がカイルたち人間族と交流した話はないらしい。
その時、カイルは先日ヴィハーンに言われたことを思い出した。
「ミセスパドマ、えーと『ヘシュカ 何?』」
話す方はまだまだ不得手だが、頑張って話せば通じるものだ。パドマは尖った黄色の目をカイルに向けて答えた。
『ヘシュカ? ああ、えらーいお姫さん方がおつむに被る布のことだわね』
「お、お姫様?」
そんなものを被れとあの男は言ったのか。いくらオメガとはいえ人並み以上の身長や体格のカイルがお姫様扱いされるとは、どうにも違和感や座りの悪さしか感じない。
「あー、なら僕には必要ないかな」
『ヘシュカがどうしたね?』
「ええと『わたし、ヘシュカ、被る、言われた』」
言われた、と初めて受動態を使えたことに密かに満足していると、パドマとダラーが顔を見合わせて首をかしげた。
『言われた? 誰に』
『家、わたし 貸した男』
『ああ……《ダラ・イーシュワラ》』
「え? なんです?」
初めて聞く単語にカイルは皿を拭く手を止めた。それを見てパドマがフン、と鼻を鳴らしながらも答えてくれる。
『あんたの家はそりゃあ大きかろう? 大きな家を建てるのは大きな民《イーシュワラ》だいね』
「イーシュワラ……確かこの国のことをヴィハーンは『いにしえのイーシュワラの治める国《サンカラーラ》って……」
『イーシュワラはサンカラーラを造った神様たち。神様は大きくて大きくて大きい。でもあんたの家は普通の大きい。だから神様に近い《ダラ・イーシュワラ》』
”大きくて大きくて大きい神様たち”とは間違いなくカイルがあの神殿のようなところで会った女王たちのことだろう。確かにカイルの倍以上はありそうな大きさだった。でもそこまで大きくはないヴィハーンは、パドマによれば”神様に近い《ダラ・イーシュワラ》”というらしい。
『神様の仲間ならお姫さんのヘシュカの話をしたっておかしかないだろ』
「なるほど……ってだから僕はお姫様じゃないんだけど」
『それにあんたのおつむは珍しいからね』
そう言ってパドマはカイルの頭をじろりと見上げた。
『スーリヤの髪なんて生まれてこの方見たこたぁないからね』
「スーリヤ? 金髪ってことかな……『わかった、ありがとう』」
確かに、女王やヴィハーンたちは皆黒髪だし、それ以外のパドマたちや港で見かけた男たちはみな大なり小なりトカゲに似た風貌で髪はなかった。そんな中で悪目立ちしないように、というヴィハーンの親切心だったのだろう。
そう納得したカイルは家に戻ってから今度こそダンに紹介された商人のところに行こうと決めた。白いシャツとベスト、スーツにネクタイ、さすがに暑くてコートはやめたが持って来ていた帽子を被ることにする。
「金髪を隠すなら布じゃなくてこれでもいいよな」
のんびり草を食んでいるロバに手を振って、カイルはここに来て初めて港町へと降りて行った。
◇ ◇ ◇
家の裏の崖から毎日眺めていたとおり、港町は非常に活気があった。ゆったりとしたズボンや腰布だけをまとった男たちが大きな荷を担いでひっきりなしに行き来しているのが見える。だが彼らはカイルを見かけると物珍しげにジロジロと見てくるが、どちらかといえば遠巻きにして話し掛けてはこなかった。
カイルは目が合えばにこりと笑って、手帳に書かれた地図を頼りに歩いて行く。その時、見覚えのある巨躯が前の方を歩いているのに気が付いた。
「え、あれヴィハーンか?」
痩せてひょろっとした港の男たちの中で、巨大な尾を揺らして歩く筋骨隆々の大男の姿は非常に目立っている。なんという偶然か、と嬉しくなってカイルはその大きな背中に呼び掛けた。
「ヴィハーン!」
するとなぜかぎょっとした顔で彼が振り向く。
『よお、おめさん今日もご機嫌そうだいね。朝飯は食いなさったかいな』
ニコニコ顔でダラー式の挨拶をすると、またしてもヴィハーンが苦虫をかみつぶしたような顔をしてカイルを見下ろした。
『……それも隣人とやらに習った言葉か』
『はい。話す、少し、上手なった』
『どこがだ』
ヴィハーンが大きくため息をついてカイルを睨む。
(あれ? また機嫌が悪くなったみたいだぞ?)
ダラーは見るからに気さくな性格だ。だから彼の毎朝カイルに向かってしてくれる挨拶もきっとフランクであたたかい語感の言葉のはずだ。ヴィハーンには親愛の情を示したくて彼を手本としているのだが……今度こそ上手に完璧に発音できたと思ったのに、と内心冷や汗をかく。そこでなんとか空気を換えようとカイルは明るい口調で言った。
『ヴィハーン、町、よく来る?』
『こんな騒々しいところに来るくらいなら飲まず食わずで洞窟にでも籠っていた方がましだ』
「そ、そうか……」
取り付く島もないとはこのことだ。しかもヴィハーンは帽子を被ったカイルのスーツ姿をいかにも不機嫌そうな顔で見下ろした。
『ヘシュカを被れと言ったはずだ』
「あー『ヘシュカ、身分いい女性。わたし、男』」
だから必要ない、と言うと彼の眉間の皺がますます深くなる。どうやらカイルが何を言っても気に入らないらしい。もはやお手上げ状態だ。
「ヴィハーン。そうしかめっ面ばかりでは、せっかくの男前がだいなしだぞ」
肩をすくめてそう言うと、突然ヴィハーンがカイルの首根っこを掴んで歩きだした。
「おい、さすがにそれは乱暴すぎないか!?」
まるで猫の子のように引きずられてカイルは抗議する。
「自分の歩幅を考えろ! 早いって!」
密かに足の長さには自信のあったカイルだが、頭三つ分よりもっと背が高そうなヴィハーンに勝てるはずもない。結局そのまま無理矢理連れていかれた先はレンガ造りの商店のようだった。
カイルはパドマの命令で皿を拭きながら、おとといヴィハーンに朝の挨拶をした時のことを考えていた。
(我ながら上手く発音できたと思ったんだが)
『ちょいと旦那! さっさと手を動かさんと! ちんたら拭いてたらお天道様が目を回しておっちん死まうよ!』
すかさず横からパドマの声が飛んでくる。すると庭で薪を割っていたダラーが入って来て笑った。
『ラーシュカの旦那もあんだー頑張っていなさるじゃあねぇか。そんも、お前さんみてぁになんでも上手なもんはそうはおらんおらん』
『もう……お前さんったら……』
今日も二人は仲がいいなぁ、とカイルは皿を拭きながら思う。おしゃべり好きで仲が良く面倒見のいいトカゲ夫婦のおかげでカイルは聞き取りだけならほぼ完璧にできるようになっていた。
(この間だってヴィハーンの話す内容はほとんど理解できたものな)
そういえばヴィハーンの方も、カイルがうっかり母国語で話した言葉を理解していたように思う。あれには驚かされた。
(ヴィハーンもどこかで僕たちの言葉を勉強した? いや、まさかな)
これまでサンカラーラと合衆国とのやり取りは、ダンと彼の手帳に書かれていた商人のようなごくごく少数の貿易商同士が非公式に行っていただけだと聞いている。それ以外の者がカイルたち人間族と交流した話はないらしい。
その時、カイルは先日ヴィハーンに言われたことを思い出した。
「ミセスパドマ、えーと『ヘシュカ 何?』」
話す方はまだまだ不得手だが、頑張って話せば通じるものだ。パドマは尖った黄色の目をカイルに向けて答えた。
『ヘシュカ? ああ、えらーいお姫さん方がおつむに被る布のことだわね』
「お、お姫様?」
そんなものを被れとあの男は言ったのか。いくらオメガとはいえ人並み以上の身長や体格のカイルがお姫様扱いされるとは、どうにも違和感や座りの悪さしか感じない。
「あー、なら僕には必要ないかな」
『ヘシュカがどうしたね?』
「ええと『わたし、ヘシュカ、被る、言われた』」
言われた、と初めて受動態を使えたことに密かに満足していると、パドマとダラーが顔を見合わせて首をかしげた。
『言われた? 誰に』
『家、わたし 貸した男』
『ああ……《ダラ・イーシュワラ》』
「え? なんです?」
初めて聞く単語にカイルは皿を拭く手を止めた。それを見てパドマがフン、と鼻を鳴らしながらも答えてくれる。
『あんたの家はそりゃあ大きかろう? 大きな家を建てるのは大きな民《イーシュワラ》だいね』
「イーシュワラ……確かこの国のことをヴィハーンは『いにしえのイーシュワラの治める国《サンカラーラ》って……」
『イーシュワラはサンカラーラを造った神様たち。神様は大きくて大きくて大きい。でもあんたの家は普通の大きい。だから神様に近い《ダラ・イーシュワラ》』
”大きくて大きくて大きい神様たち”とは間違いなくカイルがあの神殿のようなところで会った女王たちのことだろう。確かにカイルの倍以上はありそうな大きさだった。でもそこまで大きくはないヴィハーンは、パドマによれば”神様に近い《ダラ・イーシュワラ》”というらしい。
『神様の仲間ならお姫さんのヘシュカの話をしたっておかしかないだろ』
「なるほど……ってだから僕はお姫様じゃないんだけど」
『それにあんたのおつむは珍しいからね』
そう言ってパドマはカイルの頭をじろりと見上げた。
『スーリヤの髪なんて生まれてこの方見たこたぁないからね』
「スーリヤ? 金髪ってことかな……『わかった、ありがとう』」
確かに、女王やヴィハーンたちは皆黒髪だし、それ以外のパドマたちや港で見かけた男たちはみな大なり小なりトカゲに似た風貌で髪はなかった。そんな中で悪目立ちしないように、というヴィハーンの親切心だったのだろう。
そう納得したカイルは家に戻ってから今度こそダンに紹介された商人のところに行こうと決めた。白いシャツとベスト、スーツにネクタイ、さすがに暑くてコートはやめたが持って来ていた帽子を被ることにする。
「金髪を隠すなら布じゃなくてこれでもいいよな」
のんびり草を食んでいるロバに手を振って、カイルはここに来て初めて港町へと降りて行った。
◇ ◇ ◇
家の裏の崖から毎日眺めていたとおり、港町は非常に活気があった。ゆったりとしたズボンや腰布だけをまとった男たちが大きな荷を担いでひっきりなしに行き来しているのが見える。だが彼らはカイルを見かけると物珍しげにジロジロと見てくるが、どちらかといえば遠巻きにして話し掛けてはこなかった。
カイルは目が合えばにこりと笑って、手帳に書かれた地図を頼りに歩いて行く。その時、見覚えのある巨躯が前の方を歩いているのに気が付いた。
「え、あれヴィハーンか?」
痩せてひょろっとした港の男たちの中で、巨大な尾を揺らして歩く筋骨隆々の大男の姿は非常に目立っている。なんという偶然か、と嬉しくなってカイルはその大きな背中に呼び掛けた。
「ヴィハーン!」
するとなぜかぎょっとした顔で彼が振り向く。
『よお、おめさん今日もご機嫌そうだいね。朝飯は食いなさったかいな』
ニコニコ顔でダラー式の挨拶をすると、またしてもヴィハーンが苦虫をかみつぶしたような顔をしてカイルを見下ろした。
『……それも隣人とやらに習った言葉か』
『はい。話す、少し、上手なった』
『どこがだ』
ヴィハーンが大きくため息をついてカイルを睨む。
(あれ? また機嫌が悪くなったみたいだぞ?)
ダラーは見るからに気さくな性格だ。だから彼の毎朝カイルに向かってしてくれる挨拶もきっとフランクであたたかい語感の言葉のはずだ。ヴィハーンには親愛の情を示したくて彼を手本としているのだが……今度こそ上手に完璧に発音できたと思ったのに、と内心冷や汗をかく。そこでなんとか空気を換えようとカイルは明るい口調で言った。
『ヴィハーン、町、よく来る?』
『こんな騒々しいところに来るくらいなら飲まず食わずで洞窟にでも籠っていた方がましだ』
「そ、そうか……」
取り付く島もないとはこのことだ。しかもヴィハーンは帽子を被ったカイルのスーツ姿をいかにも不機嫌そうな顔で見下ろした。
『ヘシュカを被れと言ったはずだ』
「あー『ヘシュカ、身分いい女性。わたし、男』」
だから必要ない、と言うと彼の眉間の皺がますます深くなる。どうやらカイルが何を言っても気に入らないらしい。もはやお手上げ状態だ。
「ヴィハーン。そうしかめっ面ばかりでは、せっかくの男前がだいなしだぞ」
肩をすくめてそう言うと、突然ヴィハーンがカイルの首根っこを掴んで歩きだした。
「おい、さすがにそれは乱暴すぎないか!?」
まるで猫の子のように引きずられてカイルは抗議する。
「自分の歩幅を考えろ! 早いって!」
密かに足の長さには自信のあったカイルだが、頭三つ分よりもっと背が高そうなヴィハーンに勝てるはずもない。結局そのまま無理矢理連れていかれた先はレンガ造りの商店のようだった。
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