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レヴェント編

18.殺、人、鬼

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 衛兵達がやけに忙しない。城下町を歩いている少女はそう思った。
 アメジスト濃い紫の瞳にサイドアップされた緑色の長い髪、東洋のクノイチを思わせるような服装の上に、羽織をしているという少し変わった服装の少女。
 彼女の名前はアズ、である。
 日差しが眩しいほど照っている今日のような日に何かあったのか、アズは知り合いを探すついでに様子を窺うことにした。
 城下町をテクテクと歩き、衛兵たちが多く集まっている場所へ向かって行った。
 衛兵が集まっている場所着きその理由を目にすると、アズは少し驚いたような表情を見せた。
 普段、あまり感情の変化を顔に出すような性格ではないが、それでも目の前の光景はあまりにも凄まじいモノで思わず魅入ってしまったのだ。
 「すごい……」
 言葉が漏れる。純粋に感嘆の言葉だった。
 目の前にはこの町の荒くれ者たちの死骸が散らばっていた。数は軽く数十を超える、周囲の人間たちは恐怖を引き攣らせた目で死骸を覗きこんでいる。
 しかし、アズはそんなことに対して感嘆を見せたのではない。そんなこと自身にも容易にできる、いま探している連れであれば、おそらく一分も経たずに惨殺できるであろう。
 そうではない。彼女が感嘆を示したのは男達の死骸の有り様である。
 死骸になった男達は傷を見ると、首を切断された者もいれば、体を一突きされ絶命した者もいる。その全ての傷は一撃、余分など何もない純粋に殺すための攻撃。
 計算し尽くされた一撃一撃は異常なほどの鍛錬の果てでも辿り着けない、死ぬ間際の死闘を何度も何度も繰り返し、極限の集中力を持った者でなければ成しえない異常な技術。
 見る限りでは魔法の類を使用した形跡はない、故にこれは完全に個人の技量により成されたである。
 アズが過去に見た来た者の中でも、これほどのことができる者など数える程もいない。そんな中でこれほど綺麗にこのような事を出来る人物をアズは一人知っている。
 「ああ、夜兄ぃみたい……」
 彼女は自身のの名をそっと口にした。
 そして、同時に連れの人間を発見した。
 「シド、ここにいたんだ」
 「…………」
 声をかけたがその人物は一切アズの方を見ず、ただ死骸を覗いて不敵に笑みを浮かべている。
 彼女の目の前にいるのは男は、廃棄場ウェストコロニーと呼ばれる場所で出会った男である。そして廃棄場の中でも最悪の集積地と呼ばれたえんに居た過去を持つ男である。
 男の名はシド、最悪最恐、愉悦を求める殺人鬼、怪物、様々な名で恐れられている存在だ。
 彼もまたアズと同様に人探しの放浪者。
 彼女とは大分毛色が違うが、人をという点においては同じであり、アズと共に行動をしている人物である。
 シドは全身を覆い隠すような黒いローブを身に纏いローブを脱ぐと、鈍色にびいろをした和服に似た衣服を身に纏っており、腰には三本の妖刀が携えられている。
 袖から見える腕は筋骨隆々でありながらシュッと引き締まっている。全身の筋肉量はとてもバランスがよく、あらゆる状況において即座に反応できるへである。
 「アズよ……この国には面白き者がいるようだな、クカカ……」
 「否定はしないけど、貴方の探し人ではない……」
 「お前さんのでもなかろう……ク、だが、これはいいぞ」
 「そう、これをやった人に同情する……シドの探し人に選ばれるかもしれないなんてね」
 「クカカ、何を云う。俺の目的は、最初から確かなモノなど無い。俺の悲願を果たせる者であれば、どんな存在でも構わねぇさ」
 「同胞と魔王軍狩りより効率がいいとは思えないけど……まあ、貴方にしてもは周りがどうでもよくなるくらい、興味の出るものだったってことね……」
 「ああ、これはそそられる。これほどの腕、院の同胞たちか野良の異常者、もしくは――か。クカ、クカカカカ、何であれ上がる。悪くねぇ……」
 「本当に根っからの戦闘狂ね……」
 アズは愉悦を零す怪物の隣で呆れた表情をする。
 「さて、これをやった奴が顔を出すまでこの城下町に滞在するとしよう。アズ、貴様はどうする?」
 「私もそうする。長らく放浪生活だった、少しは休憩の時間も必要……」
 「そうか……であれば俺はちっと、この高ぶりをはらしに行く」
 そういうとシドは周囲の人間たちに一切感知されることなく、一瞬にしてその場を去った。
 一人残ったアズは再び死骸を見つめ、少し過去を思い出した。
 彼女は少し特殊な家系に生まれた子であり、幼い頃に両親から捨てられ捨て子となった。捨てられた場所も場所で、幼子が生き残るには厳しい環境、いつ死んでもおかしくない状況にあった。

 『大丈夫か?』

 そんな彼女の前にその人物は現れ、屍にも似た人生を救ったのだ。
 アズは地獄のような日々から救ってくれたその人に深い感謝の念を抱いている。生きる術を知らぬ少女にその術を与え、生きることの意味を教えた。
 とある日、アズはその人物に聞いた。
 「なんで私を助けてくれるの?」
 意味のない質問である。返ってくる答えがなんであれ大した意味などなく、ただ純粋な疑問、それだけだ。
 でも、返ってきた答えには少し驚かされた。

 『まあ、そうだな……――気まぐれだな』

 気まぐれ、そこに至るまでの人生で得てきた経験では考えられない答えであった。でもそれもまた彼なのだと、アズは思っていた。
 自身とは全く違う価値観で生きていて、他人の意見で自身の道を示さない。そこに意味があるとか、そこに価値があるとかじゃない、ただ純粋にやりたいことをしているだけの人生。
 言うだけでは簡単だが、それを実現させるのはとても難しいことだ。世界には力だけではどうしようもできないことがある。
 それ故にアズにとってその人物は〝命の恩人〟であり〝憧れの存在〟なのである。
 「どこにいるの? 夜兄ぃ……」
 帰ってこない問いを口にするアズ、その姿は両親を探す幼子そのもの。
 彼女は寂しげな表情をしながら目的もないまま、意味もなく城下町を歩く――
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