星架の望み(ステラデイズ)

零元天魔

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竜殺し編・焔喰らう竜

18.拒絶の光と結び

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 死を覚悟して、その死が眼前に迫った。その時――一人の少年が現れた。
 「向上アップ――レッグⅢ決定サードオン完了ロード
 走って来る少年、叢真が何かを口にすると同時――ただの人間では不可能な速度で、彼はクレアの元へ飛んで来た。
 異様な速度、地面が砕け空気を斬る音が聞こえた。人としての限界を超えている、常人の能力ではない。彼女の見立てとは大きく外れた状況。
 次の瞬間――叢真は狼型フリーカーのあぎとより速く、彼女を抱えて転がった。
 「うッ――!」
 クレアを抱えて転がる叢真。彼女は自身の身に起きた事が理解できず、転がりながら茫然と叢真を見つめていた。
 何とか停止すると、息を切らした叢真が小さく言葉を口にする。
 「レッグ限数解除リミテッド・オフ
 すると、叢真の身体が一瞬、力なく崩れ、何とか体勢を保たせた。
 「ハアハア……クレア、大丈夫か?」
 「こっちは大丈夫、君の方は」
 「ああ、なんとか」
 「…………」
 彼女は肩で息をするように荒い呼吸の叢真に、心配するような目線を向ける。
 明らかに無茶をしている。先の動きは常人の範疇を容易に超えていた。カテゴリーBのフリーカー、低級ではあるが確実に幻想種に達した存在である。
 そんな狼型フリーカーを軽く凌駕する脚力、異常と言わずなんと言えばいい。彼が行った芸当は、決して魔術を知らない一般人が行っていい事じゃない。
 やはり、君は何かが――
 「ヴァォォオオオオッッッッッ!!!」
 その疑問と同時、怒りの様な凄まじい咆哮が聞こえた。
 獲物を取り逃した焦燥か、邪魔をした叢真に対しての憤怒か、狼型フリーカーが両脚に力を込め始める。
 「クレア! 魔術で何とかできないのか!?」
 「今は少し難しい。魔力がほとんど切れて使える魔術がない」
 「なっ――!」
 攻撃はクレア頼りだったのか、その言葉を聞いて驚きを隠せない。そんな会話をしている最中も、狼型フリーカーは今にでも襲いかかってきそうな形相をしている。
 「何とかならないか。その魔力を回復する方法とか!」
 「……あるにはある」
 少し唸った後、クレアはそう言った。
 「なら早めに頼む」
 「けど……」
 「まさか、何か問題でもあるのか?」
 「問題といえば問題だけど……倫理的な話」
 「倫理的?」
 叢真はその言葉の意味が理解できずにいる。そんな中、クレアは小声で「緊急事態なんだ。仕方ない」とそう呟き、彼に目線をスッと向けた。
 「叢真」
 「な、なんだよ」
 「一つだけお願いを聞いて。今から私がすること、後でちゃんと説明する。だから、少しこっちに顔を寄せて」
 「顔?」
 そう聞き返すと頷く。叢真は何が何やら分からないまま、この状況を打開できる手段がそれしかなさそうのため、クレアのお願い通り顔を近づけた。
 すると、次の瞬間――クレアが叢真にキスをした。
 「!」
 「――――」
 何がなにやら状況を全く理解できない叢真はただされるがまま、クレアにキスをされ続けた。
 クレアの方は少し顔を赤くしつつも、キスを止めることはせずそのまま続けた。そんな中、狼型フリーカーはついに走り出した。しかし、クレアはキスを止めない。
 そして、叢真は自身の体に違和感を感じた。
 あ、れ? 体が、重く……
 突如、襲い来る倦怠感、まるで体から何かが吸われているような感覚が叢真を襲った。同時に、クレアが唇を離し、そっと立ち上がった。

 「ことわりよ、乖離を叫べ」

 それは、断罪を唄う言葉

 「地を壊し、空を砕き、海を裂く。我は〝壊〟の担い手――破壊を請う者」

 彼女が持つ全回路が発光を始める。

 「我は一切の不定を退ける者――眼前に存在する不条理、その全てを否定し、拒絶する」

 言葉と共に次々と形成される陣、彼女は内包した魔力の全てをこの一撃に賭けた。

 「断絶の光よ、全てを斉しく裂け――」

 詠唱の結びを口にする。展開された陣から光が一層強くなる。

 「――我、不条理を退けし、拒絶の光リフィゥザル・シャイン

 詠唱を完結させると同時、クレアはスッと右手を振った。
 迫り来る狼型フリーカーだが、陣は光を放ち次の瞬間、全ての動きが停止した。それは狼型フリーカーだけに留まらず、背後で燃え盛っていた火すら停止していた。
 一体何が起こったんだと驚愕する叢真が後目に、クレアは指を弾く。
 その瞬間、展開された巨大な陣はその全てが砕け、同時に眼前の全てに一閃が入る。そして、狼型フリーカーも、建物も、火も、何もかも等しく光によって切断された。
 滑り落ちるように上半身と下半身が乖離する狼型フリーカー、それを驚く表情で見つめる叢真。その時、隣に立っていたクレアが力なく崩れた。
 「クレアっ!」
 倒れそうになる彼女を抱きかかえ、声を掛ける。
 「大丈夫、少し無理しただけだから」
 「それは全然大丈夫じゃないだろ」
 彼は心配するようにそう言った。
 「否定はしない」
 「しないんかい!」
 「良いツッコミだ」
 「冗談言ってる場合じゃないだろ……はぁ、まったく」
 呆れたようなため息を吐いてそういうものの、表情は嬉しそうに笑みを浮かべていた。そんな叢真のようにクレアもまた、笑みを浮かべていた。
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