外れスキルをもらって異世界トリップしたら、チートなイケメンたちに溺愛された件

九重

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1巻

1-2

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 ここぞとばかりに、カイルアイネンが騎士のアピールをしてきた。騎士は相変わらず無表情ながら、彼の言う通り、こちらを見る青い目の中には心配そうな色が見える。
 優愛は、カイルアイネンの言葉は本当なのだろうなと感じた。

(それにどの道、私はこの人を頼ることしかできないんだし)

 ここが異世界ならば、優愛の常識は通じない。日本にいた頃のように、近くの交番に駆け込み住所と名前を告げて保護してもらうことはできないのだ。

(ミュールも私を助けてくれそうな存在のところへ直接トリップさせるって言っていたし、それがこの人なら申し出を受けて一緒に行くのが正解なのよね? それに、さっそく聖霊にも会えて、会話もできたわ)

 そう思った優愛は、首をたてに振る。

「わかりました。お世話になります」

 当然、彼女の言葉は騎士には通じなかった。
 しかし、態度から自分の提案が受け入れられたのがわかったのだろう、騎士はなんとなく嬉しそうな様子になる。――まあ、無表情は変わらないので、あくまで〝嬉しそう〟という優愛の印象でしかないが。

「×〇◇□――ラルド・ロベリーグ・スティブ」

 聞き取れない早口の後、ゆっくりした発音で「ラルド・ロベリーグ・スティブ」と言った騎士が、大きな手を優愛に向かって差し出した。

「ラルド……何?」

 首をかしげる優愛に、カイルアイネンが説明してくれる。

『名前だ。ラルド・ロベリーグ・スティブっていうのは、こいつの名前だよ。手に掴まれって言っている。あと、お前の名前も聞いているぞ』

 どうやら騎士――ラルドは、優愛に名乗ってくれたらしい。
 優愛はあわてて彼の手を取った。手伝ってもらって地面に座り込んでいた体勢から立ち上がり、反対の手で自分の胸を指さす。

「優愛です。増倉ますくら優愛。私の名前です!」

 しっかり名乗った。――なのに。

「ユア? ……デス・マスク……ラ・ユーア?」
「へ? ……い、いや、その! ……もうっ! ユアでいいです。……ユ・ア!」
(デス・マスクって何? いくらなんでも縁起が悪すぎるわ!)

 そう思った優愛は、自分を「ユア」と名前で呼んでもらおうと提案する。

「ユア?」

 コクコクとうなずいた。

『へぇ~? ユアか、いい名だな。俺はさっきも言ったが〝名剣カイルアイネン〟だ!』

 その言葉が聞こえると同時に、優愛の目の前でポン! と黒いけむりが立ち上る。けむりが消えた後には、身長十センチ、三頭身くらいの可愛いフィギュアみたいな人が現れた。
 長い黒髪をポニーテールにしていて、ラルドと同じ服装、小さな剣を腰に差している。こんに金色のまじったラピスラズリのような大きな目が、優愛を見上げていた。


「え? ひょっとして、カイルアイネンさんですか?」

 こんな不思議な存在は、彼以外にいないだろう。ミュールは、【聖霊の加護】があれば聖霊を見ることができるとも言っていた。

『おうっ! そうだ。本体は剣だが、まあ分身みたいなもんかな。昔は、もっとでかい姿にもなれたんだが、最近はこの大きさが精一杯だ。カイルさんって気安く呼んでくれていいぜ』

 カイルアイネンは、楽しそうに話しかけてくる。
 優愛はプルプル震えた。

「もうっ! そんな分身を出せるなら、どうしてもっと早く出してくれなかったんですか⁉」

 そうしたら、あんなにラルドの下半身を凝視しないですんだのに!

『あ、いや? もうずいぶん分身を使っていなかったからな。出せることを忘れていた』

 頭をかきかき、カイルアイネンはテヘッと可愛く笑う。

(か、可愛すぎて怒れない‼)

 優愛は心の中で悶絶もんぜつした。
 こうして、互いに名乗り合った二人――正確には、二人と一本の剣は歩き出す。
 これが、異世界トリップした優愛と、ソージェイア王国王都騎士団第五隊長ラルド・ロベリーグ・スティブ、そして彼の持つ名剣の聖霊、カイルアイネンとの邂逅かいこうだった。


 その後、ラルドは優愛を連れて街道に戻った。
 二人が出会った場所は街道沿いの野原で、優愛はそこに倒れていたのだ。
 戻る途中に大きな木があって、そこにラルドの馬が繋がれている。大きく立派でかしこそうな馬だ。
 ラルドは、たまたま通りかかり優愛を見つけたのだという。

『運がよかったな』

 カイルアイネンは、しみじみとそう言った。
 今は早朝で人通りはないが、もうしばらくすると街道を種々雑多な人々が通るという。通行人の中には、気性の荒い無法者や奴隷を扱うあくどい商人もいるそうで、そんなやからに見つかった単身の女性がどんな目にうかは、聞くまでもないことだ。
 もちろん、優愛の幸運は偶然ではなく神の采配さいはいなので、彼女がそんな目にうことはないだろうが、それでもラルドに助けられた事実は変わらない。
 これだけでも感謝してもしきれないくらいお世話になっている優愛なのだが、さらに彼の手を借りることになった。
 馬は一頭、人間は二人。このため、ラルドは当初優愛を馬に乗せ、自分はくつわを持って徒歩で馬を引こうとしたのだが、彼女が一人では馬に乗れないことが判明したのだ。

(だって、牧場のポニーくらいしか乗ったことがないんだもの! こんなに大きな馬なんて近寄ったこともないわ)

 言葉の通じぬ優愛は、心の中で必死に言い訳する。
 地球の馬と異世界の馬が同じかどうかはわからないが、優愛の心境的にはこちらの馬がものすごく大きく見えた。なんとか乗せてもらった馬上は想像をはるかに超えて高く、くらに座ったとたん怖くなったのだ。
 優愛は顔を強張こわばらせ、首をブンブンと横に振る。

「無理無理! 絶対無理です‼」

 日本語が通じないラルドにも、その意思は間違いなく伝わった。
 結果、優愛は馬上でラルドの前に座り体を支えてもらう形で二人乗りをすることになる。

(それだけでも、ものすごく恥ずかしくて申し訳なかったのに……私ったら、馬を走らせてから一時間も経たないうちに疲れで手綱たづなに掴まっていられなくて落馬しかけたんだもの……ラルドさんがいなかったら、きっと大ケガしていたわ)

 言葉も話せず馬にも乗れない優愛。しかも彼女は、何もない野原に一人で行き倒れていた。
 それをどんな風に解釈したのかわからないが、ラルドはものすごく親切だ。
 表情は変わらず無表情ながら、即座に馬を止め、優愛を抱き下ろす。そして彼女を片手で抱いたまま、脱いだ自分のマントを地面に敷いて、その上にそっと横たわらせてくれたのだ。
 その後、慣れた様子でお湯を沸かしてお茶をれ、さらに、携帯食らしい固い乾パンや干し肉を食べ易いようにちぎっては、温めたスープにひたして渡してくれる。
 ――それは、まるでひなを世話する親鳥のごとき過保護っぷり。

(なんていうか、間違いなく男の人なのに〝おかん〟みたいよね?)

 申し訳ないなと思いつつも、優愛はそう感じてしまった。

(カイルさんの言う通り、ラルドさんは本当に面倒見のいい優しい人なんだわ。顔は、ちょっと怖いけど)

 その怖いも、決して顔がいかつくて〝怖い〟のではなく、整いすぎて畏怖いふするたぐいの〝怖い〟だ。
 ラルドは、表情が表に出て優しく笑えるようにさえなれば、世にいうスパダリと呼んでも遜色そんしょくない人物なのかもしれなかった。
 そんな優しい人物に助けられた幸運に、優愛は心から感謝する。
 ゆっくり休憩した後で、優愛は再び馬上の人となった。
 今度は落ちないように気をつける彼女に、カイルアイネンが話しかけてくる。聖霊がコミュニケーション好きだというのは本当で、カイルアイネンは話し好きで聞き上手。彼との会話は途切れることがない。

『へぇ~? 神さまのミスで、こことは違う世界からやってきたんだって? そりゃあまたスゴイ経験したもんだな。二百年生きている俺だって、まだ神さまなんかと会ったことはないぜ』

 これまでの事情を聞いたカイルアイネンは、しきりに感心した。腕を組み、体の割に大きな頭をうなずかせる。

『そうか、それでユアは馬に乗ったことがないんだな? 尻は痛くないか?』

 地球での生活をポツリポツリと話して聞かせる優愛に、カイルアイネンはそう聞いてきた。
 ちなみに、彼女がカイルアイネンに話しかけるときは、声を出さず口の中でささやくくらいにとどめていた。そうでなければ、優愛は始終独り言をつぶやく怪しい女性とラルドに思われてしまうからだ。
 聖霊は声ではなく思念を聞き取るのだそうで、どんなに小さな声でも問題ないという。

「痛くなんてありません!」

 しかし、尻が痛いかと聞かれた優愛は、恥ずかしさのあまり大声を出してしまった。

「〇〇×□△?」

 すぐさま、ラルドが声をかけてくる。
 優愛を自分の前に座らせたラルドの頭は、まさしく彼女の頭上にあるため、声が上から降ってくる形だ。

『ラルドが心配しているぜ。疲れたようなら休憩するって言っている』

 ちなみに、カイルアイネンの分身体は、優愛の目の前で馬のたてがみにしがみついていた。ポニーテールに結んだ黒髪が、まさしく馬の尻尾しっぽみたいにはねている。
 カイルアイネンに、ラルドが言っていることを教えてもらった優愛は、あわてて首を横に振った。先ほどの休憩から、まだ一時間くらいしか経っていない。

「大丈夫です! さっきも休憩したばかりなのに、そんなに休んでもらったら申し訳ないです!」

 カイルアイネンいわく、ラルドは地方での用務を終えて王都に帰還する途中で、それほど急ぐ旅ではないそうだ。しかし、用務での旅ということは、つまりは出張。出張中にそう何度も休憩を取るのは、ダメだろう。
 首をひねって後ろを振り向き、優愛はラルドの顔を見上げ必死に大丈夫だと訴える。

「△△△〇、×××〇――」
『遠慮するなって言っている。もう少し進んだら休憩するってよ』

 しかし、言葉は通じず、結局そう言われた彼女は申し訳なさに深くうつむいた。

(こんなに休んでばかりじゃ、行程が遅れちゃうわ)

 彼女の心配など気にした風もなく、少し進んだ先で休憩できる空き地を見つけたラルドは、サッと馬を降り、再び軽々と優愛を抱き下ろす。マントを脱いで下に敷くと、今度は上着まで脱いで畳んだ上に座らせてくれた。

(絶対、お尻が痛いのに気がついているわよね?)

 優愛の頬が火を噴きそうなほど熱くなる。

「◇〇〇△×◇×□?」
『またお茶でいいか、それとも体をリラックスさせてくれる薬草茶にしようかって聞いているぜ』

 カイルアイネンの声が聞こえて顔を上げれば、確かにラルドは缶を両手に持っていた。ラベルを優愛に見せて首をかしげているので、どちらがいいかと聞いているのは間違いない。

(まさか私にカイルさんの声が聞こえるなんて、ラルドさんにはわからないでしょうしね)

 聖霊の声は、ラルドには聞こえない。

『右手に持っているのが普通のお茶で、左手が薬草茶だな』

 説明してもらった優愛は、考えてから左手の薬草茶のほうを指さした。
 一つうなずいたラルドは、お湯を沸かして薬草茶をれはじめる。

「本当に優しい人なんですね」

 優愛がそっとつぶやくと、カイルが即座に反応した。

『おうおう! そうだろう。子供時代のラルドは、傷ついた小動物や小鳥なんかを保護してはよく世話していたんだ。兄貴が死んでスティブ家を継ぐ立場になったりしなければ、家を出て薬師になりたいと言っていたこともあるんだぜ!』

 小さな体で精一杯胸をらし、カイルアイネンは自慢げに話す。だけど次にはガックリと頭を下げ悲しげな口調になった。

『本当にそうさせてやれたらよかったんだがな。スティブ家は、俺という名剣を代々受け継ぐ武の名門なんだ。その後継となったこいつには騎士以外の道はなく、しかも剣の才能があった。二十七歳の若さで騎士団の第五隊長にまでなっているのがその証拠だ』

 ラルドの夢を叶えさせてやれなかったと、落ち込むカイルアイネン。

「カイルさんも、優しい聖霊なんですね」

 思ったままのつぶやきに、カイルアイネンは照れて赤くなった顔を上げた。

『いやぁ。ま、まぁな。俺は二百年以上生きた剣だし、気遣いができて包容力があるのは当然さ! ユアも、遠慮なく俺を頼ってくれていいぜ!』

 茶化しながらも、優愛に『頼れ』と言ってくれるのは、間違いなく優しさだ。

「ありがとうございます」
『お、おう! いやぁ、そう改まって礼を言われると、なんだか照れるな。……そうだ! 異世界から来て何も知らないだろうユアに、優しいカイルさんが、いろいろ教えてやろう!』

 照れ隠しなのか、カイルアイネンは勢いよくそう言った。
 聖霊とたくさん話すのは、ミュールから頼まれたことでもある。だから優愛はためらいなくうなずく。
 すると小さな聖霊は、意気揚々いきようようとこの世界について話しはじめた。
 ――まず、この世界はタサムと呼ばれている。
 ここは、タサムで一番大きな大陸アラコアの西に位置するソージェイアという国だという。
 ソージェイアは王政で、今の王はリビェナ女王。二十九歳の王太子を筆頭に三人の王子がいて、王女はいない。
 国の西側は海。他は北から順番にアベスカ、バラーン、ネスヴァド、スモロ、ズレクという五つの国に囲まれている。
 アベスカ、バラーン、ネスヴァドとは仲がよいが、スモロ、ズレクとは冷戦状態等々などなど、立て板に水のごとく、カイルアイネンは説明する。
 小さな手足を一生懸命動かして力説する姿は、とてつもなく可愛らしい。

『まあ、冷戦状態で、今は面と向かって戦争しているわけではないんだがな。十年前には、スモロと大きないくさをして、うちが勝っている。向こうが吹っ掛けてきたいくさだったから、賠償ばいしょうとして領土をかなり削ってやったんだ。それをスモロは逆恨みしてやがるのさ。スモロとズレクは昔からの友好国で、ズレクはスモロの肩を持っている』
「向こうが吹っ掛けてきた?」

 戦争を仕掛けてくるなんて大事おおごとだ。いったい何があったのだろう?
 気になって聞いてみると、カイルアイネンは大きなため息をついた。

『ああ。スモロの王女がうちの王太子に一目惚ひとめぼれしたのさ。ところが王女は一人っ子の跡取り王女。スモロ王は、娘をとつがせるわけにはいかないんで王太子に婿むこに来いと言い出した』
「……王太子さまが婿むこですか?」

 それは、いくらなんでも難しいのではないか? 

『ああ、三人も王子がいるのだから構わないだろうって言い分だ。バカも休み休み言えってんだよな。勝手に向こうで熱を上げといて、はいそれではと王太子を婿むこに出せるはずがないだろう? スモロとの婚姻自体もうちの国にとってそんなに旨味うまみのある話じゃない。ていちょうに断ったのに逆切れして宣戦布告してきやがったのさ』

 当時の王太子は十九歳。見目うるわしく優秀で、しかもそれを鼻にかけることもないという好青年。国民の人気も高い完璧な王子さまだった。
 それに比べスモロの王女は、この件からもわかるように、わがままで身勝手。ちょうをせずに好き放題で、外見も性格も最低なのだと言う。
 ――顔の美醜びしゅうに文句をつけるつもりはありません。しかし、多少でも見目好くしようとする努力をおこたり、あげく不摂生な生活で体を動かすこともままならないほど太った女性を妻にしたいと思うほど、私は世をはかなんでおりません。
 王太子のこの断りの言葉が、宣戦布告の引き金だったそうだ。
 それを聞いた優愛は、ポカンとする。

「え? ちょっと待ってください! 王太子さまは誰からも好かれる好青年なんですよね?」

 国民の人気も高い完璧な王子さまが言ったにしては、その言葉は容赦ようしゃがなさすぎるのではないか?

(たとえ本当のことだとしても、言葉にトゲがあるわよね?)
『ん? ああ。俺も聖霊仲間からの又聞きだから、王太子がホントにそう言ったかどうかはわからない。もうちょっとオブラートにくるんだ言い方だったのかもしれないが……なんせ俺たちは思念をやりとりしているからなぁ』

 つまり言い方はどうあれ、トゲがあったのは間違いないということだ。
 顔を引きつらせる優愛には気づかず、カイルアイネンは話を続ける。

『どんな言い方だったにしろ、公式な記録は残ってないし、真相は知りようがないさ。……そもそも、王女がフラれたから開戦っていうのは史実としてよろしくないっていうんで、別にもっともらしい理由がつけられているはずだ。……まったく人間ってのは、変なところで見栄を張って、面倒くさいよな?』

 そう言ってカイルアイネンは、ガハハと笑う。
 優愛はパチパチとまばたきをした。

(えっと? ……ってことは、今教えてもらった話は、公式には伝わっていない裏話なの?)

 そんな話を、聞いてもいいのだろうか?

『そうそう。面倒くさいと言えば、今のリビェナ女王も結構面倒くさい過去を持っているんだぜ。実は女王は第二子でな、本来なら先に生まれた兄貴が国王になるはずだった。ところが、こいつがとんでもないボンクラで、とてもじゃないけど玉座に座らせられる玉じゃない。……だから女王は秘密裏に子供ができない呪いを兄貴にかけたのさ。うちの王国は長子相続が原則で、王位にくためには最低でも一人は子をしていなければならないからな。後継を残せぬ者に王になる資格はないんだ』

 ……優愛の背中を、嫌な汗が流れ落ちる。

「カイル、さん……そのお話は、皆さん――当然、ラルドさんも、知っておられるお話ですよね?」

 恐る恐る聞いてみた。

『ああ? バカ言うなよ。秘密裏だって言っただろう? こんなヤバい秘密を知っている人間は、女王と、兄の王子に呪いをかけた張本人――女王の夫の魔法長官だけに決まっている。他に知る奴がいたら、そいつはとうの昔に首と胴体がおさらばしているさ』

 ガハハと、カイルアイネンは笑い続ける。
 優愛は……とても笑えなかった。

「だったら! どうしてそんな危険な〝秘密〟を話すんですか⁉ 私は、まだ自分の胴体とおさらばしたくありません!」

 思わず首を守るように手をあて、小声だが強い口調で抗議する。

『は? いやだって、ユアは人間と話せないじゃないか? 秘密を知ったって平気だろう?』
「今は話せなくても、そのうち習って話せるようになる予定です! そのとき、うっかり話したらどうするんですか⁉」

 カイルアイネンは、たっぷり三十秒ほど黙り込んだ。話し好きな聖霊としては、大変珍しいことである。そして――

『……いや、まあ、大丈夫さ。口を滑らせなければいいだけだ』

 無責任極まりない返答だった。
 ジトッとにらむと、カイルアイネンはあせって小さな手足を振り回す。

『だ、だってだな! こんな風に話せる相手は、俺たちにとって貴重なんだよ! 聖霊はそんなに多くない。そりゃぁ、王宮に行けば、俺並みに古びて意識を持つ〝モノ〟も多少はいるから会話もできるが、普通は滅多に出会えないんだ。現にこの旅の間中、俺はずっと独り言状態だった。久しぶりに会った話し相手に、口が軽くなるのは仕方ないことだろう?』
「そのおかげで私が殺されてしまったら、仕方ないではすみません!」

 思わず大きな声で、優愛はカイルアイネンをしかりつけた。

「ユア⁉ 〇◇△?」

 とたん、薬草茶のカップを片手にラルドが飛んでくる。
 名前を呼ばれて心配そうに見つめられ、あわてて優愛は頭を横に振った。

「あ、大丈夫です。別にどこか痛いとか、そういうわけじゃありません!」

 カイルアイネンに通訳してもらわなくても、ラルドが優愛を気づかっていることはよくわかる。

「×〇◇……ユア、〇△〇×〇?」

 彼女の様子を確認して、なんともないとわかったのだろう。安堵あんどした様子で息を吐き出したラルドが薬草茶の入ったカップを差し出してきた。

「ありがとうございます」

 相変わらず無表情のラルドだが、慣れてきたのか、優愛は彼の感情を少し読めるようになっていた。

「顔は怖いけど、視線を合わせるためにかがんでくれるところとか、ゆっくり手を動かしてくれるところとか、わかりやすい優しさがたくさんありますよね?」
『そうそう! そうなんだよ! いやぁ、やっぱりユアは見る目のあるいい奴だな! さすが、【聖霊の加護】を持っているだけある! うんうん、大したもんだ!』

 間髪容かんはついれず、カイルアイネンにめられる。

「そんなにめても、さっきのことは誤魔化ごまかされませんよ! いくら話相手ができて嬉しいからって、私の命が危うくなる話までしないでください!」

 優愛がきっぱりと言うと、カイルアイネンは『わかった』と力なく答える。
 小さな聖霊ががっくりと肩を落とせば、ラルドの腰にいた剣もなんとなくダラリとぶら下がって元気がないように見えた。

『これからは気をつけるよ。……そうだ! おびにとっておきのゴシップを教えよう! 宰相のテイリング侯爵の秘密なんだが――』
「そんな話は聞きたくありません‼ そう言ったでしょう⁉」

 勢いよく話しはじめたカイルアイネンの言葉を、優愛はあせってさえぎる。

「〇××ユア⁉」

 ラルドが、また心配して駆け寄ってきた。
 どうやら聖霊と会話するだけという〝簡単〟なはずの善行は、かなり大変なことのようだ。
 そしてこの後も、こんなやりとりが延々と繰り返されたのは、言うまでもない。
 ちっともりない名剣カイルアイネンなのだった。


 その日は、もう少し馬を走らせて、見えてきた町に泊まることになった。
 今までは整地された道と野原、せいぜい耕作された畑くらいしか見ていなかった優愛にとっては、はじめて見る異世界の町である。
 石畳の道にレンガの家が並ぶ景色は、まるでヨーロッパのかた田舎いなかのよう。町へ入る前から少しずつすれ違うようになった人々の服装も、中世ヨーロッパを舞台にした映画の登場人物みたいだ。(うわぁ! すごくステキだわ)
 優愛の気分は高揚こうようした。

「○△○×……○○」

 馬から降りて歩きながらキョロキョロと周囲を見回していると、ラルドが話しかけてくる。

「……え?」

 彼を見上げた優愛は、ちょっとびっくりした。無表情が標準装備の騎士の口角が、ほんの少し上がっているように見える。

(ひょっとして、私、笑われていたの?)

 先刻から小さな子供さながらに興味津々きょうみしんしんな態度をとっていた。笑われたのだとしても仕方ないふるまいである。
 そう自覚したとたん、優愛の頬はカッと熱くなった。
 しかし恐る恐る見上げたラルドの視線は優しくて、馬鹿にしている感じはない。

『宿に入る前に兵士の駐屯所ちゅうとんじょにちょっと顔を出すって、ラルドは言っているぜ。ユアを保護したことを伝えて、身元がわかる情報がないか聞いてみるってさ。……そんなことしたって、異世界から来たユアの身元がわかるはずないんだが、ラルドは知りようがないからな』

 そんな優愛の恥じらいには気づかなかったのだろう。ラルドの肩の上に座るカイルアイネンは、いつも通りの調子で、ラルドの言葉の意味を教えてくれた。
 カイルアイネンの通訳はとても便利だが、同時に不便なこともある。

(カイルさんの言葉って、私には日本語にしか聞こえないんだもの)

 つまり優愛は、カイルアイネンにはこちらの言葉を教えてもらえないのだ。ラルドの発音を聞き、それがどんな意味かをカイルアイネンに確認することはできるのだが、こちらから話すことはできない。
 現状、自分の事情をラルドに説明するすべは、どこにもなかった。

(まあ、私が異世界から来ましたなんて、言葉が通じても信じてもらえそうにないんだけど)

 結果、ラルドには無駄骨を折らせることになる。
 申し訳ないなと思っているとそれが顔に出たのだろう、ラルドは気にするなと言わんばかりに優愛の頭をポンポンといたわるようにでた。

(本当に優しい人なんだわ)

 一見すれば、ラルドは無表情で冷たい雰囲気だ。しかし、その実態は本物の〝おかん〟なのだと、あらためて確信する。

「○○×◇――」
『あ、あと、ユアさえよかったら鑑定装置も使ってみないかって、ラルドは言っているぜ』
「鑑定?」


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