もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

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第2章 ショコラと愉快な仲間達

歓迎パーティ

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 冬は日が落ちるのが早い。
 外はすっかり暗くなっていて、館の中はすでに明かりが灯っていた。
 ラグナルはショコラを抱いて、ダイニングルームのドアの前に立っていた。
 耳を澄ませば、中から何か、こそこそと話す声が聞こえて来る。
 ショコラはどきりとした。

(ど、どうしよう……ショコラを追い出す話とかだったら……)

 先ほどの不安を思い出して、胸がぎゅうっと痛くなった。
 おろおろとラグナルを見上げると、彼はいつもの顔でショコラを見下ろした。

「開けるよ」

「ちょ、ちょっと待……」

 ラグナルは聞かずに、扉を開ける。
 その瞬間、何かが弾けるような音が、多方向から聞こえてきた。
 
 パンッ

「!?」

 思わず目を瞑ってしまったショコラ。
 頭に何か、柔らかなものがふりかかってきたと、恐る恐る目を開ける。
 するとそこには、デコレーションされてキラキラ輝く部屋と、テーブルの上にはたくさんの料理があった。

「……へ?」

 きょとんとするショコラを、ラグナルが椅子に下ろした。

「ようこそ、ショコラさん。魔界へ!」

「え、ええ!?」

 そこに立っていたのは、ニコニコと笑う、館の住人たちだった。
 手にはそれぞれ、クラッカーを持っている(ショコラはクラッカーというものを知らなかった)。クラッカーから飛び出た紙のテープやキラキラをかぶったショコラは、目を瞬かせて、状況を飲み込めずにいた。

「ようこそなの」

「ようこそ~」

 ミルとメルが飛び回りながら、きゃっきゃと笑って、「本日の主役」タスキをショコラに引っ掛けた。

「こ、これは……うひゃあ!?」

 遅れてラグナルがクラッカーを鳴らしたものだから、ショコラは飛び上がって驚いた。

「ようこそ」

「な、な、なに……?」

 困惑しているショコラに、リリィが笑って言った。

「遅くなってごめんなさいね。ヤマトの退院祝いも兼ねた、ショコラさんの歓迎会です」

「かんげい、かい?」

 ショコラがきょとんとしていると、シュロが優しく言った。

「来てくれてありがとうと、ショコラさんをお迎えするパーティですよ」

「え……?」

 なおも混乱するショコラに、ラグナルが言った。

「つまり、ショコラのためのパーティってこと」

 ショコラは驚いて、言葉も出なかった。

「ごめんなさいね、今日はなんだかよそよそしくって。朝からミルとメルがかわいくするってきかなくてですね」

「だってかわいーのがいいもん」

「ショコラ、かわいい部屋でお迎えしたいもん」

「「ねー」」

 双子はショコラの周りをきゃっきゃと飛び回った。

「そんな……本当に、わたしのために?」

「ええ、もちろんですよ。あ、あとヤマトもね」

「俺は別にいいっつーの」

 いつも通り、悪人顔のヤマトはひらひらと手を振った。

「ま、今日のためにいろいろ用意したから、残さず食えや」

「!」

 並べられた料理の数々に、ショコラは息をのんだ。

(こんな……わたしのために、用意してくれるなんて)

「ショコラはてっきり……みなさんに嫌われてしまったのかと……」

 ショコラがほっとしたというように言うと、リリィたちは驚いていた。

「え、えーっ!? そんなわけないじゃないですか」

「そうですよ、ショコラさん。ここにいる人はみんな、あなたのことが大好きですぞ」

「なんで悪さもしてないやつを嫌いになるんだよ」

「「ショコラ好きー!」」

「それに、今日はこれだけじゃないんですよ!」

 リリィが胸を張っていった。

「なんと今日は、みんなからショコラさんに、プレゼントがあります!」 

「「ありまーす!」」

 ミルとメルが声をそろえて言った。

「ぷ、プレゼント?」

「はい、ご飯の前に、プレゼントタイムです!」

 シュロがカラコロと台車を押して、やってきた。
 そこには大量の、カラフルな箱や瓶が乗っている。

「ではまずは私から」

 リリィがこほんと咳をすると、やたらともふもふした塊にリボンがかけられたものをショコラに手渡した。

「私からはこの、もふもふセットを!」

「も、もふもふせっと……?」

「これで寒い冬を乗りきってくださいね」

 ショコラが恐る恐るリボンを解くと、そこにあったのは、もふもふのルームウェアセットだった。パジャマも、靴下もスリッパも、そして毛糸のパンツも、全てもっふもふなのである。マシュマロのような肌触りのそれは、女の子らしいピンクと白で、とても美味しそうな色合いだった。

「特にこの毛糸のパンツは女の子必須ですよ。お腹を冷やしちゃ、ダメですからね!」

「ほ、本当にもらってもいんですか?」

「当たり前ですよ。わざわざショコラさんのために買ったんですから」

「あ、ありがとうございます! すごく嬉しいです。寒くなってきたので、毎日着ます」

 ショコラはモコモコを抱えながら、よろよろとお辞儀をした。なんだか少し、鼻がつんと痛くなった。
 むぎゅ、ともふもふセットを抱きしめていると、見かねたヤマトが、荷物を台車に戻してくれた。

「わたくしめは、これを」

 次にショコラにプレゼントを渡したのは、シュロだった。
 シュロのプレゼントは、小さめの旅行鞄のようなものだ。

「これは……?」

「どうぞ、中を開けてみてください」

「? はい」

 ショコラは鞄を倒して、かちゃりと金の留め具を外した。そしてゆっくりと、上ぶたを持ち上げる。
 すると、すらりとステージのようなものが広がった。
 そこにはぎっしりと、絵の具や筆やパレットや、色鉛筆やクレヨンや、ありとあらゆる画材が詰まっていた。

「うわぁ……!」

 ショコラは目を見開いた。

「ショコラさんは、絵がお上手でしたから、このようなものに興味があるのではないかと思いまして」

「す、すごいです……! わたし、こんなにたくさんの色を、初めて見ました!」

 目の前に広がる極彩色の世界に、ショコラは目を輝かせた。

「ほっほっほ。お絵描きをたくさんしてくださいな」

「わ、わたし……お絵描きしても、いいんですか?」

「もちろんですよ」

 ショコラは胸の中から喜びが溢れてきたのがわかった。
 子供の頃、絵を描くのが好きだった。
 けれど、絵を描く暇もなければ、なんとかして描いた絵も捨てられた。
 でも、ここでなら。
 もうそんなことはないのかもしれない。

(そうだ。わたし、お絵描きが大好きだったんだ)

「……シュロさん、ありがとうございます。わたし、これでお絵描きをします!」

「はい。たくさんなさってくださいね」

 ショコラは知らなかったのだが、シュロが用意した画材は、すべて最高級画材なのだった。
 ラグナルが笑って言った。

「よかったね。やりたいこと、増えたでしょ?」

「……はいっ!」

 ショコラはなんだか、休みの日が楽しみになった。

「おらよ」

 ニコニコするショコラに、ヤマトがぽいっと何かを投げて渡した。

「おわっ」

 慌ててキャッチすると、それは大きな瓶詰めだった。

「ジャーキーの詰め合わせ」

「! ジャーキー!」

「食って太れ」

 ヤマトはぶっきらぼうにそう言った。

「これだけだとよ、リリィが」

「女の子にジャーキーだけなんて、いただけません」

「っていうから、ほらよ」

 さらにヤマトは瓶を放った。
 それはキャンディの瓶詰めだった。
 ショコラは目を輝かせた。

「こ、これ、ショコラがひとりで食べてもいいんですか?」

「おうよ。全部食え」

「あ、ありがとうございます! これがあれば、もう飢えずに済みますね!」

「いや、この先飢えることなんてないと思うが……」

 ヤマトは呆れていたが、ショコラはどれほど食料が大事かを知っている。
 本当に嬉しくなって、ショコラは瓶に頬ずりした。
 すると、カシャっとした音と同時に、部屋にフラッシュが満ちた。
 ショコラがびっくりして上を見上げると、ミルメルが笑いながら、何か黒い物体をその手に持っていた。一つ目の、不思議な物体だ。

「ミルたち、ツーハンで買っちゃった!」

「買っちゃった!」

「「カメラー!!」」

 じゃーん、と大げさに見せびらかして見せる。

「ミルたちのだけど、写真をショコラにあげる!」

「いっぱいとってあげる!」

 そう言って、ミルとメルはカシャカシャ、とショコラのキョトンとした顔をとった。

「かめら……?」

 ショコラが首をかしげると、リリィがほら、と教えてくれた。

「写真を撮る魔道具ですよ。ニュースとか、新聞とかでよく見るでしょ?」

「しゃ、写真ってこれで撮っていたんですね!?」

 ショコラはびっくりした。

「あ、ありがとうごいます! ショコラ、写真になるのが楽しみです!」

 それと同時に、変な顔を撮られないようにと、顔をシャキッとさせた。

「ああ、いいですねぇ。こうやって楽しい記録をいっぱい残すのは」

「プリンターもありますぞ。アルバムでも作りましょうか」

 シャキッとした顔をしているショコラを見て、ミルとメルが爆笑していた。
 なんだか耳としっぽまで、シャキッとしている。
 そんなショコラに、ゴソゴソと台車を漁っていたラグナルが、ラッピングされた箱を手渡した。

「僕からはこれ」

「!」
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