もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

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第2章 ショコラと愉快な仲間達

新しい世界を君に

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(ご主人様からも……?)

 ショコラは箱を受け取って、じっと眺めた。

「あの、開けても……?」

「うん」

 ショコラはリボンを解いて、箱を開けてみた。

「!」

 中に入っていたのは、二冊のノートと、コンパクトな辞書だった。
 
 はじめての せかいもじれんしゅうちょう
 子どものための やさしい単語辞典
 ショコラの日記帳

 日記帳には、ショコラの名前が箔押しされていた。
 けれどショコラはそこにあるものが何なのかわからなかった。
 だからめくってみて、初めてそれがショコラのために揃えられた勉強道具なのだと、気づいた。

「寝る前に僕の部屋においで。一緒に勉強しよう」

 ショコラは思わず、弾かれたようにラグナルの顔を見た。

「遅くなってごめんね」

「い、いいんですか?」

「うん」

 ラグナルは笑った。

「新しい世界を、君にプレゼントするよ。僕のところに来てくれて、本当にありがとう、ショコラ」

「……!」

 その瞬間、何かが弾けるような音が、耳元で聞こえた気がした。

 嫌われていたわけじゃなかった。
 みんな、ショコラのために、こんなパーティを開いて、素敵なものを選んで、プレゼントしてくれたのだ。
 
 嬉しい。
 すごくすごく、嬉しい。
 なのに。

「しょ、ショコラさん?」

 リリィのぎょっとした声が響いた。

「どうして泣いてるのー?」

「なんで泣いてるのー?」

 周りに言われて、ショコラは驚いて、頬に手を当てた。

「あれ……?」

 ショコラは驚いて、頬に手を当てた。
 あたたかな涙が、頬を伝って、何滴も何滴も、こぼれ落ちていく。

「わたし……」

 胸に生まれたこのあたたかな感情を、なんというのだろう?
 ショコラにはまだ、その感情の名前がよくわからなかった。
 けれどきっと、これから理解していくのだろう。
 優しくて、あたたかくて、溢れんばかりの幸福で満たされていくというその感覚の名を。

 凍え切った指先で、そのあたたかさに触れたショコラは、どうしようもなく嬉しくなって、涙が出てしまったのだった。

 ショコラは何も言えなくなって、しばらく泣いていた。
 びっくりするくらい、涙が止まらなかった。
 ショコラの中の冷たい氷が、全部溶けて、涙となって流れ出ているようだった。

 氷が溶けきると、だんだんと涙が止まって、今度は笑顔が溢れてきた。
 涙を拭うと、ショコラは小さな声で謝った。

「ご、ごめんなさい、嬉しすぎて、涙が……」

 それから、えへへ、と笑う。

「涙が出るのは、悲しいときだけじゃないんですね」

 ラグナルも、ショコラの涙を拭ってくれた。

「……ありがとうございます。ずっとずっと、大切にします。いっぱい着て、いっぱい描いて、いっぱい食べて、いっぱい笑って。いっぱい勉強します」

 リリィが微笑んだ。

「……それが、私たちの願いでもあるんですよ、ショコラさん。ここではあなたの思う通りに過ごしてくださればいいんです。あなたの思うがままに、自由に」

「ショコラさんにひどいことをする人なんて、ここには誰一人としていませんぞ」

 ショコラはむぎゅ、とプレゼントを抱きしめて、頷いた。

「ショコラが死んだら、全部棺桶に入れておいてください」

 ヤマトが呆れたように言う。

「いや、俺のはさっさと食えよ。あと死ぬなよ」

 ショコラは笑った。
 みんなも笑った。

「さ、パーティの続きをしましょう! なんたって、メインはこの料理なんですからね!」

「ミル、ビーフストロガノフ食べる!」

「メルも!」

「ばか、ショコラに食わせてやれよ。お前らは人参でも食ってろ!」

「「やだー!」」

 ミルとメルが勝手に料理をつまみ始めたことで、なしくずし的に食事が始まったのだった。

(おいしい。うれしい。たのしい)

 なんだか、いろんな気持ちで胸がいっぱいだ。

 ここには幸せが満ちている。
 ショコラはそう強く思った。

 ◆

「あ、忘れてた」

 美味しい食事を堪能している途中。
 ラグナルが思い出したように、ポケットを探った。

「これ、おまけ」

 ラグナルがポケットから取り出したのは、銀色のシンプルな指輪だった。
 ショコラの手を取ると、左手の薬指にすっとはめた。

(あれ? 今、キュッてなったような……)

 指輪はまるでショコラの指に合わせて縮んだかのように、ぴったりサイズになっていた。

「おまけって、お前……」

 その一部始終を見ていたヤマトは頬を引きつらせていた。

「?」

 ショコラは首を傾げながら、リングを光に照らしてみた。
 銀色のそれは、上品にショコラの細い指に収まっていた。

「お風呂の時も、寝る時も、ずっとつけておいてね」

「? はい、ありがとうございます」

 ショコラには、そのリングにどれほどの価値があるかわからなかった。
 高いのかな、もらっていいのかな、と思っていたのだが、実際はとんでもない価値がある指輪だということを後に知ることになる。

「ん?」

 さらにおまけにもう一つ。
 ショコラの足先をつつくものがあった。
 ピコーと音を鳴らしてやってきたのは、ムンバ先輩だった。

「コンニチワ、ムンバデス」

「あ、ムンバ先輩さん」

「オトシモノデス」

「?」

 ムンバ先輩の上で、きらりと何かが光った。

「あれ、鍵?」

 ショコラがその鍵を手に取ると、デザートに取り掛かろうとしていたリリィが、あっと声を上げた。

「それ、開かずの間の鍵じゃないですか! 一体どこにあったんでしょう?」

 そういえば、開かない扉があったな、とショコラは思い出した。

「きっとこれも、ムンバ先輩からのプレゼントですよ」

 そう言われればそんな気もして、なんだかおかしくなって、ショコラは笑ってしまったのだった。









 自然に囲まれた美しい山の麓、エルフの里近くに、一邸の古びた館があった。
 館のダイニングルームからは明るい光が漏れ、中からは楽しそうな声が聞こえてくる。
 あたたかな光が、中にいる人たちを包み込んでいた。
 その中心にいた獣人の少女ショコラは、ちぎれんばかりにしっぽを振っていた。

(ショコラは今、とても幸せです)

 ショコラはまるで、花がほころぶかのように、輝く笑顔を咲かせていたのだった。

                          第2章  おしまい
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